第83話 思い出は胸の中に

 目の前の人物がいきなり撃ち殺されたことに騒然とする兵士だったが、すぐに倒れているシエルとライの下へ走った。

 まずは撃ち殺された人物のフードを捲る。すると、そこには行方不明だったシエルがいたのだ。驚く兵士だったが、すぐに嘆きへ変わる。


 彼女は胸部を撃ち抜かれており、まだ死んではいないが助かる余地はない。それにシエルだけが唯一の治癒士なのだ。その彼女は完全に意識を失っている。最早、死ぬのは確実だろう。


 そして、次に兵士が確認したのはライ。シエルと同じようにフードで顔を隠してはいたが、すぐにバレた。兵士はライを噂の人物と断定し、連行しようとしたのだが兵士の胸にポッカリと穴が空く。


「へ……?」


 間抜けな声を出して兵士は倒れる。それを近くで見ていた別の兵士は腰を抜かして尻餅をついていると同じように胸に穴が空いた。次々と兵士は殺されていく。その光景に怯えて周囲にいた兵士は逃げていった。


 ◇◇◇◇


「ふむ……。ライは生きておるか?」

「ああ。当たっていないようだ。しかし、死んでいるかもしれん。アレだけの騒ぎがあってもピクリとも動かん」

「油断は禁物だ。確実に仕留めるまでは気を抜くな」

「わかっておる。では、邪魔もいなくなったことだし、確実に止めを刺そうか」


 ライ達がいる遠くはなれた空にカーミラ、ヴィクター、サイフォスの三人が浮かんでいた。カーミラとヴィクターは己の翼で空を飛んでいるがサイフォスは鷲獅子グリフォンに搭乗している。

 四天王の三人はずっと機を窺っていたのだ。ライを確実に仕留める機会を。


 今のライは魔力が失っているため発見する事は出来なかったが、代わりにシュナイダーの魔力を見つけたのだ。森林火災のせいで匂いすら追えなくなったが、運よくシュナイダーが魔剣の影響で魔力を帯びていたのが魔族にとって幸いだった。

 そのおかげでライを見つけることができたのだから。


 しかし、何故狙撃だったのか。三人が協力すれば町ごと破壊できる大規模な魔法で一掃出来たはず。それをしなかったのはシエルの存在が厄介だったからだ。

 三人が町ごと吹き飛ばすような魔法を使えば住民が騒ぎ出してシエルは結界を張っただろう。そうなれば、ライを殺すことが出来なくなる。故に狙撃で確実に仕留めにきたのだ。


 シエルを見つけたのはつい先程であるが、彼女が狙いやすい場所に出てきてくれたことも感謝しなければならない。彼女のおかげでこうしてライを確実に殺すことが出来るのだから。


 ◇◇◇◇


 深い眠りについていたライは懐かしい声と共に揺り起こされて目を開ける。


「ライ、起きなさい。いつまで寝てるの?」

「……母さん?」

「早く起きるんだ、ライ」

「……父さん?」

「ほら、早く起きなさい」

「あれ……なんで?」

「寝ぼけてないで、シャキッとしろ」

「どうして……?」


 二人は死んだはず。既にこの世にはいない存在。しかし、目の前には確かに二人がいる。これは夢か幻か。ライは混乱していた。


「ライ、このままだと手遅れになるぞ」

「今度は守るんでしょ?」

「父さん、母さん?」

「私達はもう貴方を助けてあげられないけど」

「もう一度だけ引っ張ってやる」


 よく分からないままライは両親に手を引っ張られる。暗い、とても暗い闇の中から、彼は両親に手を引かれて眩しい光の下へ出た。


 その光を見てライはようやく覚醒する。全てを思い出した。自分が何をしていたのか、これから何を成さねばならないかを。


 そして、涙を流して振り返る。思い出となってしまった二人へ。視界は涙で朧気だが、はっきりと見える。最愛の両親の姿が。


「母さん、父さん! 全部、全部終わったら会いに行くよ! また会いに行くよ!!! だから、もう少しだけ待ってて……必ず会いに行くから」


 ボロボロと涙を流してライは前を振り向く。今度こそ失わない為に、今度こそ守り抜くために。


「行ってらっしゃい」


 重なる優しい二人の声。もう二度と聞く事のできない声。身体を痛めてまで自分を生んでくれた母、その大きな背中でいつも守ってくれた父。何よりも無償の愛を注いでくれて、かけがえのないものを沢山くれた二人。


 その声に押されてライは強く、強く踏み出す。本来であれば蹲って泣いてもよかったはずだ。でも、ライは誓ったのだ、あの日に。必ず復讐をすると。決意したのだ、決して立ち止まらないと。だから、もう一度戦う為にライは一歩を踏み出した。


 パチッと目を覚ましたライは飛び起きる。夢を見ていたようで目からは涙が流れていたが、すぐに腕で涙を拭うとブラドとエルレシオンに声を掛ける。


「(ブラド! エル!)」

『主、目を覚ましたか!』

『マスター! 良かった。もう二度と目を覚まさないと思っていましたよ!』

「(ごめん。心配かけた! でも、もう大丈夫! それより、状況を教えて欲しい)」

『そうだった! 主よ、大変だ! シエルが撃たれた! すぐに再生をせねば死んでしまう!』

「なんだと!?」


 慌てて周囲を見渡すと血の海で酷い惨状であった。その中でシュナイダーがシエルに寄り添っているのを見つけたライは大急ぎで駆け出した。


「シエル!!!」

『完全に意識を失っています。シエルが撃たれてからかなりの時間が経ってしまいました……』

「(助けれるのか!?)」

『分からぬ。傷は治せるが意識が戻るかどうかは……』

「(なんとか出来ないか!? まだ遅くないんだろう!)」

『可能性はあります』

『まさか、アレを試すつもりか!?』

『それしかないでしょう!』

「(おい、俺にも分かるように言ってくれ!)」

『……主よ。先のカーミラとの戦いで主にも大きな変化が生まれたが我らも同じく変化した。我は闘気を使え』

『私は魔力を扱えます』

「(そ、それでシエルは助けれるのか!?)」

『私が彼女と仮契約をして蘇生を試みます』

「(え!? それって俺との契約を切るって事?)」

『いえ、違います。本来であればマスターが死なない限りは出来ません。しかし、私に新たな力が宿った今なら可能かと』

「(……わかった。迷ってる場合じゃないんだよな。やってくれ、エル)」

『お任せを』

「(ブラド。悪いけどお前は俺に付き合ってくれ)」


 ライは聖剣をシエルに託して、魔剣を召喚すると立ち上がる。見詰める先には三人の影。カーミラ、サイフォス、ヴィクターとライは視線がぶつかる。


「アレは……ッ! ヴィクター!」

『主、落ち着くのだ。怒りは技を鈍らせる。研ぎ澄ませ、心を。そうすれば技のキレは増し、敵の首に届く』

「…………ふう。ごめん、無理だわ。仇を前にして冷静でいられるはずがないッ!」


 冷静になろうと大きく息を吸い込んだが、やはり無理だった。ライは仇を前にして心を落ち着かせるなど出来そうもないと魔剣を構える。器用な真似は出来ないが、憎悪を糧としてヴィクターを斬ることは出来るとライは駆け出した。

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