第90話 こうしちゃいられねえ!

 首が折れて虫の息だったライはシエルの懸命な救助活動によって一命を取り留める。闘気と魔力を使い果たしていたので今回は冗談抜きで危なかった。シエルの迅速な対応が無ければ本当に死んでいただろう。


「……シュナイダー。俺はいつもお前に助けてもらってる。本当に感謝している。だけどさ、今回はマジやばかったぞ!」


 流石に今回は命の危険どころか三途の川を渡りそうだったライはシュナイダーを叱っている。シュナイダーも今回は自分が悪かったと思ってるらしく耳がシュンとしていた。


「まあまあ、いいじゃない。生きてるんだから」

「いや、それはどうだけどさ……。でも、ちょっと言っておかないと。また同じことになってもいけないし」

「命の恩人というより命の恩馬? でもあるんだから、あんまり叱るのは可哀そうでしょ」

「まあ、そう言われたら、何も言えないんだけど……」


 アリサが庇っていることを理解しているのか、どこか期待に満ちた目をしているシュナイダーを一瞥するライは何とも言えない気持ちになる。なんとなくだがシュナイダーは反省してはいるが、またやらかしそうな雰囲気もしているのだ。果たして、ここで許してもいいのだろうかと頭を悩ませるライは唸るばかり。


「う~ん……」


 両腕を組んで唸っているライ。そこへシエルが声を掛ける。


「あの……ライさん。もう許してあげたらどうですか? シュナイダーもこうして反省してますし」


 シエルの言う通りシュナイダーは謝罪をしているかのように頭を下げている。アリサにもこれ以上責めるのは止せと言われ、シエルにも許すように言われてしまったライは後頭部を乱暴に掻き毟ってシュナイダーに近づいた。


「はあ。シュナイダー、今度は気を付けてくれよ。俺も気を付けるからさ」


 ひとまず許す事にしたライはシュナイダーの頭をポンポンと叩く。許された事を理解したシュナイダーは顔を上げて一度だけ鳴くのであった。


 それから怪我人であるライとシエルとアリサの三人をアリサ達が乗ってきた馬車にベルニカとエドガーが運ぶ。三人共、闘気、魔力、そして体力を使い果たしているので自力で歩く力がほとんど残っていない為、素直に運ばれていく。


 瓦礫の山と化した町に避難していた人達が帰ってくるのを見ながら、一行は急いで町を出て行く。本来ならば事情を説明しないといけないのだが、今回はライがいる為、それが出来ない。下手をしたら難癖をつけてくる輩が現れるかもしれないからだ。


 まずはライとシエルの保護を優先しなければならない。現状、最高戦力と言ってもいいライと他者の怪我を治す事が出来る治癒士の二人は欠かせない存在である。

 故に町の住民には申し訳ないが、今回の件は後ほど皇帝から復興を支援してもらうしかない。


「なんとかバレずに町から出れたわね」

「まあ、向こうはそれどころじゃないでしょうから」

「後で皇帝陛下に言っておかないといけないわね~」


 馬車の御者を務めているベルニカとアリサは話している。その会話を聞きながら、ライはぼんやりと町のほうを眺めていた。


「ライ。あまり気にするな。お前が悪いわけではないのだ」

「……いや、まあ、そうですね」


 気を遣ったのかエドガーはライが自身の所為で町が崩壊したのだと思い込んでいた。だから、ライには気にするなと声を掛けるのだが、当の本人は別に気にしていなかった。むしろ、仇を討てなくて後悔しているだけ。町のことは頭からすっぽりと抜け落ちていた。


 ガタガタ、ゴトゴトと揺られてライ達は帝都へと向かうのであった。


 ◇◇◇◇


 魔王城へと帰還した四天王は任務失敗の報告を魔王にする。普通なら四天王三人がかりで倒せなかった事に激怒するだろうが、魔王ガイアラクスは頭を抱える。自身の計算が間違っていたせいで余計にライが成長してしまった事に。


 四天王の実力なら間違いなく勝てると踏んでいた。


 しかし、いざ終わってみればライが成長しただけでなく、他の勇者であるアリサが初代勇者と同じ黄金の闘気に覚醒し、聖女シエルが出鱈目な力を手に入れたのだ。もう何がなんだか分からない事態であろう。ガイアラクスもこのような報告を聞いてしまい、匙を投げたくなる気分であった。


「お前達には苦労をかけたな……」

「いえ、我らの力量不足で陛下には多大なご迷惑をお掛けしてしまいました! 如何様な罰でも受ける所存です!」

「お前達は私の命に従い、十分にやってくれた。罰など与えぬ。むしろ、すまなかった。遠見の魔法で見ていたが私の所為でお前達に苦労をかけた。それに私がもっと考えていればライも始末出来ていただろうに……余計に成長させてしまった」


 一番の問題はやはりそこである。自分達の脅威になる前にライを始末する予定であったのに、四天王達を向かわせた事でライは尋常ではない成長を遂げてしまった。今や、魔族の天敵で魔王軍最大の障害になっている。

 これは早急に手を打たなければならない次元の話ではない。もう手遅れである。今更、ライを始末することはほぼ不可能であろう。唯一可能性があるのはガイアラクス本人が出撃することだけ。


 今のライは魔力と闘気の両方を他者から吸収でき、尚且つ聖剣と魔剣はお互いの能力を使える上に魔力と闘気のどちらかがあればいい。

 戦えば魔力を奪われ、戦わなくても闘気で際限なく強化されていく。どうやっても倒せる未来ヴィジョンが見えない。


 手がないこともない。ライを倒す方法はいくつか存在する。

 まず、今回のように遠距離から狙撃により一撃で頭部を破壊する方法。ただ、問題は今のライがどれだけの感知能力を持っているかだ。それが分からない以上、この方法は確実とは言えない。


 そして、次に街ごと吹き飛ばす大規模な魔法。ただし、これも可能性は低い。第一にライが大規模魔法の着弾までいるかどうか。魔王たちは知らないが、今のライは守るべき者と守らない者を選択するようになっている。

 全てを守ることは不可能であるし、自身へ悪意を向けるようなら守る必要がないと割り切っているのだ。それゆえに街が焼け野原になるような魔法が飛来しても逃げ出す可能性が高い。


 つまり、こちらも失敗する可能性が高い。


 他にもあるとすれば火魔法で塵になるまで燃やし尽くすか、氷魔法でライを永久に凍結させるか、土の中か水の中にでも埋めて窒息死させるかだ。

 どれもこれも難しいが、他にはないだろう。


 そして、何よりも厄介なのが魔王を含め四天王達は強さが完結しているということだ。勿論、鍛えればまだ強くなるだろうが劇的に変わるわけではない。ライの成長率に比べれば微々たるものだろう。


「……魔界へ赴き、ドワーフに装備を作らせよう」

「陛下。彼らは言う事を聞くのでしょうか?」

「戦争には参加しないが依頼すれば仕事はこなす連中だ。サイフォス、交渉は任せてもいいか?」

「はい。お任せください」

「では、各自体を休めよ。後に魔界へと赴き、ドワーフに自身の装備を作ってもらえ。私は魔界と人間界を繋ぐゲートの拡張と安定を急ぐ」


 こうして魔王軍は戦力強化の為、一度戦線を下げる事になった。

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