第89話 白星シュナイダー

 ゾンビトロールを倒して喜んでいたシエルは最大の功労者であるアリサの方を振り返った。すると、彼女が倒れている事に気がつき大慌てだ。急いで倒れているアリサの下へ向かい、安否を確かめるシエル。


「大丈夫ですか、アリサ!」

「大丈夫よ。だから、そんなに大声出さないで」

「よ、よかった~~~」


 倒れているアリサが死んでいたと思っていたシエルは彼女が生きていた事にホッと胸を撫で下ろすと、その場に腰を下ろした。

 四天王という脅威もいなくなり、ゾンビトロールも倒した今、彼女は全身から力が抜けるように座り込む。


「あ、あはは~。なんだか力が抜けて……」

「極度の緊張状態だったからね。仕方ないわ。それにシエルは初めての戦闘だったんでしょ?」

「はい……」

「だったら尚更ね。多分、明日くらいには筋肉痛で悶え苦しむわね~」


 妙に意地悪そうな顔でシエルを脅すアリサは楽しそうである。シエルの方はというと、アリサからの脅しを聞いて震えていた。話には聞いた事があるが、自分が経験するとは思いもしなかったシエルは襲ってくるであろう筋肉痛にどうしようかと怯えるのだった。


 二人が戦いの余韻に浸っていると、そこへアリサの従者であるベルニカとエドガーがやってきた。二人は住民の避難や逃げ遅れた人達の救助活動を行っていたのだ。まあ、二人は従者であって主であるアリサとは実力が離れすぎているので正しい判断であった。


 そんな二人は戦闘が終了した事を知って、急いで駆けつけたのだ。先程、アリサが放った閃光の下にやってきた二人は倒れているアリサと、その側に腰掛けているシエルを発見する。

 楽しそうに話している二人だったが、エドガーはすぐに顔を背ける。シエルの格好が男性に見せてはいけない格好だったからだ。それを察してベルニカは手近にあった布をシエルに被せた。


「わぷッ……! なんですか、急に!?」

「申し訳ございません。シエル様。ですが、ご自身の格好をよくご覧になられた方がいいかと」

「え……?」


 いきなり布を被せられたシエルは驚いて大きな声を出してしまったが、ベルニカに指摘されて自身の姿を見下ろすと、顔を真っ赤に染めて布で隠した。はみ出ていたおっぱいを。


「あの! アリサは……知ってたんですか?」

「え? 知ってたけど」

「どうして教えてくれなかったんですか!?」

「だって、指摘して動けなくなっても困るし……」

「それはそうですけど……!」


 そう言われると何も言い返せないシエルはだんまりになってしまう。アリサの言うとおり、もしも彼女がシエルに胸がはだけている事を教えていれば、間違いなく戦況は悪い方向に転んでいただろう。いい判断ではあったが、もう少しばかりシエルに気を遣ってもよかっただろう。


「(うぅ……。まだ結婚もしてないのにライさんに見られた)」


 俯いて悲しんでるかと思えば、シエルはライに見られたことを一番後悔していた。まだ、結婚もしていないのに男性に胸を見られたのだ。

 その事実がシエルにとっては大きかった。もっとも、彼女の方が酷かったりする。なにせ、ライのアレをバッチリと見ており、しっかりと脳裏に刻んでいるのだから。今でも鮮明に思い出せるくらいは出来るはず。


「そうだ! エドガー! 私の事はいいからライを探してきて! 多分、その辺に落ちてるはずよ!」


 その辺に落ちてるというのはどうかと思うが、その通りなので仕方がない。ただ、もっと別の言い方はあっただろう。


「承知しました! 今すぐに探してきます!」

「急いで! 考えたくないけど、ライが今回の犯人だと思ってる奴等もいるから、そいつらよりも早く見つけて!」

「御意!」


 重騎士のエドガーはガシャガシャと音を立てて瓦礫の山を巡っていく。

 戦闘が終わった事を知ったのか、ちらほらと人が町へ戻ってきていた。中には崩れ落ちて涙を流す者もいたが、誰も慰めようとはしない。皆同じ思いなのだから、当然であろう。


「(不味いな。お嬢の言っていた通り、先にライを見つけないと憎悪の矛先になってしまうかもしれん)」


 今回町が破壊され瓦礫の山と化してしまった。勿論、ライの所為ではないのだが一つの原因とも呼べる。ライがこの町にいたから魔族が現れてしまい、その戦いに不幸にも巻き込まれたのだ。


 ライがいなければと考える者が出てもおかしくはない。


 そうなる前にライを見つけなければと、エドガーは足を動かすのであった。


 しかし、ライが見つかることはない。どれだけエドガーが探し回ってもライが見つかることはなかった。これはおかしいと思い、一度アリサ達の下へ戻るエドガー。

 アリサ達の下へ戻ったエドガーはライが見つからなかったことを報告する。


「嘘でしょ? なんで見つからないのよ!」

「いや、そう言われましても……」

「ちゃんと探したの?」

「ええ。隅から隅まで探してみましたが、それらしい人物は見つかりませんでした」


 長年自分に仕えてくれているエドガーが嘘をついてはいないと分かるアリサは頭を悩ませる。一体どこへライは消えたのだろうかと悩んでいたら、ボロボロになったライを背中に乗せたシュナイダーが現れた。


「やあ、皆。心配かけたようでごめん」


 ライが見つからなかったのは彼自身の所為である。ライは逃げていく四天王を追いかけて空を駆けたのだが、その時に町を出ていたのだ。その所為でライは町の近くに落下していた。だから、町を探しても見つからなかったのだ。


 しかし、シュナイダーだけは違った。最後にライが空から落ちていくのを見ており、匂いを頼って探し出したのだ。地面に埋もれて怨嗟の声を発していたライを見つけて、ここまで運んできた。


 シュナイダーに運ばれてきたライを見て一同驚きの声を上げると同時にシュナイダーを褒めた。ドヤ顔するシュナイダー。そして、その拍子に落馬して首を折るライ。ゴキッという音が鳴り渡る。


「おげぇッ!」

「あッ……」


 その音を聞いて一同はライが死んだことを知る。今回の勝者はシュナイダーに決まった瞬間であった。



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