第88話 そいつだけでも置いていけーッ!

 三者三様の戦いが繰り広げられていたが、運命は交差する。ライ、シエル、アリサの三人が同じ場所に揃ったのだ。お互いに背中合わせであるが、はっきりと感じていた。


「まさか、三人集まるとは」

「ふふ、奇遇ですね」

「ええ、ホントね」


 それぞれの正面にいるのは因縁の相手。とはいっても、ライ以外は特に因縁ではない。ただ、そうは言っても長年戦ってきた魔王軍であり、顔すら知らなかったとはいえ四天王であるので因縁がないわけでもない。


 向かい合わせの相手に三人は構える。ライはすでに魔力、闘気の両方が底を尽きかけている。無理もない。相手は四天王のヴィクター。今回はシエルから莫大な闘気を譲り受けていたが、ヴィクター相手に出し惜しみは出来ない。

 それにヴィクターから吸収した魔力は再生にほとんど回していた。それもあって、闘気を障壁や身体強化に当てていたが、やはり消耗は抑えられない。

 むしろ、よく持った方である。


 そして、同じようにアリサも底を尽きかけており、シエルのドーピングも効果が切れかけていた。


 つまり、後がない。ここで決着をつけなければ敗北は免れないだろう。


 しかし、それは相手も同じだった。


 ヴィクターもライの攻撃によって大半の魔力を失い、カーミラはシエルの出鱈目な攻撃力にほとんどの魔力を再生に回したせいで魔力は残り僅か。

 サイフォスは魔力量は四天王の中で一番少ないが、身体能力は四天王で一番高い。とはいえ、アリサとの戦いで満身創痍となっている。いつ倒れてもおかしくはない。


 そう、お互いに傷つき、魔力も闘気も底をつきかけ、戦う力はほとんど残っていない状態だ。


 次の一撃がお互い最後になるだろう。


 両者、それぞれ最後の攻撃態勢に入った時、邪魔が入る。それはいきなり空から現れて両者の間に割り込んだ。

 ライ達は空からの邪魔に気がついて飛び退くように後ろへと下がる。

 対して四天王の三人は空から降りてきた飛竜ワイバーンを見て構えを解いた。


「スカーネル! 何故ここに!?」

「キヒヒ、撤退だ」

「なんじゃとッ! ふざけたことを言うな! 今ここで奴等を殺しておかねば妾達にとって最大の脅威となるのじゃぞ!」

「陛下からのご命令だ。逆らうつもりか? キヒッ、それでもいいがどうする?」

「陛下からだと……。わかった。口惜しいが陛下からのご命令とあれば」

「賢い判断だな。では、いくぞ」


 スカーネルが乗っている飛竜に乗り込む三人。突然の事に固まっていたライ達だったが、三人が逃げようとしていることを理解して、襲い掛かる。

 その時、スカーネルが手を振ると空中に魔法陣が浮かび上がり、そこから腐敗した匂いを漂わせる巨人が出てきた。


「ゾンビトロールだ。足止めには丁度いいだろう。キヒ!」

「クソ! 逃げるな! 最後まで戦え!」


 ライがどれだけ叫ぼうとも四天王は振り返ることなく飛竜に乗って飛び去っていく。追いかけようとするライの前にゾンビトロールが立ち塞がる。


「どけえッ!!!」


 こちらに向かって伸ばしてきた腕を切り裂いてライは空を駆ける。障壁を足場にして最後の力を絞り、飛竜を追いかける。

 あの日、何も出来なかったが今は違う。あと少しでこの復讐の刃が届くのだ。あと一歩の所まで来ているのだ。他の四天王など眼中にない。仇であるヴィクターさえ討ち取りさえすればいいだけ。


 だが、無情にも届かない。飛竜の飛行速度はとても速く、今のライがどれだけ頑張っても追いつけない。もしも、ライが万全の状態であったのなら話は違っていたのだろうが、今のライには彼等を追いかけるだけの力は残っていなかった。


 地上へと落下するライは必死な形相で手を伸ばすが、飛竜は雲の彼方。届かぬ激情おもいにライは泣き叫ぶ。


「ふざけるな! 置いていけ! ヴィクターだけでも置いていけ! ちくしょう! ちくしょうおおおおおおおおおおおおおおッ!!!」


 地面に落ちたライは見えなくなったヴィクターへ向かって何度も口汚く罵った。卑怯者、臆病者、裏切り者と何度も何度も叫んだ。約束を破り家族を殺した挙句の果てに戦いからも逃げたヴィクターをライは恨み辛みを吐き続けるのであった。


 ライが飛竜を追いかけていき、残されたシエルとアリサは目の前のゾンビトロールをどうにかしなければならないと奮闘していた。

 二人とも残り僅かな闘気と体力を極限にまで絞りつくしてゾンビトロールを相手にしている。


 ゾンビトロールは馬鹿でかい図体に加えて驚異的な再生能力を持っている。どれだけ二人が攻撃を加えようとも倒れる気配はない。このままでは勝てないと判断した二人は一度大きく距離を取り、作戦を練る。


「シエル。悪いけど、少しだけ時間を稼いでくれる?」

「どうするんですか?」

「私のありったけを叩き込むわ。だから、力を溜める必要があるの」

「なるほど。その間、私が敵を引き付けておけばいいんですね!」

「ええ。出来るかしら?」

「無論、出来ますよ! いいえ、やってみせます!」

「ふふ、頼もしいわね」

「えへへ、まあ、多分今だけなんですけど……」

「あら、別に今だけじゃないんじゃない?」

「え? でも、私の今の力は借り物ですから時間が経てば使えなくなりますよ?」

「それがどうしたの? また使えるように頑張ればいいだけじゃない」

「あ……」


 そう言われてシエルは納得した。アリサの言うとおり、鍛えればいいだけの話。過去の英霊達の力や技術は聖剣エルレシオンが持っている。それなら、ライに頼めば聖剣と意思疎通が出来るので鍛えることは可能だ。


「確かにそうですね! 私、自分は戦える力がないのだと嘆いてばかりで鍛えようなんて考えた事もありませんでした! でも、アリサのおかげで目が覚めました! この戦いに勝ったらライさんに鍛えてもらえるように頼んでみます!」

「……それは聞き捨てならないわ。私もライと鍛錬してみたいもの」

「でしたら、一緒にどうですか?」

「……いいの? 嫌じゃないの?」

「どうして嫌なんです? 私はアリサと一緒でも全然いいですよ!」

「…………はあ。私が馬鹿だったみたいね」

「ん?」


 キョトンと首を傾げるシエル。アリサはどうして溜息を吐いているのだろうかと考えるが答えは分からない。


「なんでもないわ。それじゃ、お願いできる?」

「ええ、任せてください!」


 拳を握り締めるシエルがゾンビトロールの正面に立つ。彼女の後方にアリサは剣を構えて闘気を高めていた。残り僅かな闘気しかないが、全てを聖剣イグニスレイドに込める。


 シエルが稼いでくれている貴重な時間をアリサは決して無駄にはしないように闘気を高めた。


 そして、イグニスレイドの刀身に黄金の闘気が収束し、眩い光を放つ。


「シエル! 離れなさい!」

「はい!」


 ゾンビトロールから後ろへ大きく跳ぶように離れたシエルを見てアリサは剣を天高く掲げた。


「これで終わりよ!!!」


 振り下ろされた剣から放たれたのは灼熱の閃光。ゾンビトロールの全身を飲み込んでしまうほどに極大な光。

 ゾンビトロールを飲み込んだ灼熱の閃光は大空へと消えていく。その閃光に飲まれたゾンビトロールは塵一つ残さず、消滅した。流石に再生することも出来ず、完全に勝利したアリサは満足そうに笑みを浮かべると、そのまま後ろへ倒れるのであった。

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