第106話 朝チュン! シミの数は数えたか!?

「……」


 翌朝、天井のシミを数え終えたライは窓から差す光に目を細める。昨夜は色々と凄かった。もう言葉では言い表せられないくらい凄かった。


 ライは両隣に眠っている勇者アリサ聖女シエルを交互に見詰める。一糸纏わない姿をしている二人はとぐっすりと眠っていた。

 昨日はとても満足したのだろう。寝顔を見れば分かる。大満足したのだ。


「(話に聞いていたより凄かった……)」


 経緯は酷いものであったが、結果は見てのとおりだ。ライは知ってしまった。禁断の蜜の味を。人が何故性欲に支配されるかを身を以って体験したのだ。


『……当世はあれほどなのか?』

『進化しているのですよ、きっと……』


 進化しているのは勿論なのだが、昨晩のは彼女達のポテンシャルである。恐らく、ライが一般人だったら今頃ベッドの上で冷たくなっている。魔剣による影響でアチラも強化されていたのが幸いだった。下品な話であるが三振り目の魔剣と呼べる。


 今や初代勇者と同じく金色の闘気を扱える当代最強の勇者アリサ。そして、同じく人類最高峰の闘気を持つ聖女シエル。そんな二人に襲われて無事でいられるのは世界でもライだけだろう。嬉しい反面、悲しいことだ。

 もしも、浮気でもしようものならば人類最高の戦力が二人掛りで襲ってくるのだから、流石にライも勝てはしない。ある意味で人生いのちを握られてしまったのだ。


 それに加えて三人が今後喧嘩するようなことがあれば最悪だ。ただの近所迷惑どころではない。国の存亡がかかってしまうレベルの喧嘩になるだろう。

 聖剣と魔剣使いで不死身のライに金色の闘気を持つアリサに人類最高峰の闘気量を誇るシエル。

 そんな三人が喧嘩をすれば大災害だ。もっとも、今のところそのようなことは起こらないだろう。上下関係は形成されつつあるから。


 尻に敷かれるか、手の平で転がされているくらいが丁度いいのだ、男は。


 二人を起こさないようにベッドから抜け出そうとしたライだったが、彼の両腕はアリサとシエルによって枕にされていたので抜け出せない。

 二人が起きるまでもうしばらくはこのままだ。男にとっては幸せなことだろう。アリサとシエルという美少女に挟まれて添い寝までされているのだ。


 しかも、昨晩は言葉には出来ない数々の事を致したのだ。これで文句を言うような奴がいれば市中引き摺りにして晒し首にされるのは違いない。


「(しかし……昨日は凄かったな~)」


 昨晩の事を思い出して呑気に欠伸をしているライだが、忘れている事がある。それは三人がただ出かけただけだということを。

 先日、夕暮れには戻ると御者に伝えていたのに、戻ることなく二人と致してしまった。恐らく、いや、間違いなく城の方では三人が戻ってこない事に慌てており、捜索隊を出しているだろう。


 ライがもう少し賢ければ話は違ったのかもしれないが、残念ながら彼は既に夢の中へと誘われていた。


 ◇◇◇◇


「ライ、アリサ、シエルの三名が街に行ったきり、戻らないと?」

「はい」

「魔族の仕業か?」

「いえ、あの三人が魔族に遅れを取るとは思えません。恐らくですが、他に事情があるのかと思われます」

「ふむ、確かに。あの三人ならば問題はないだろうが、しかしどこへ行ったというのだ?」

「その個人的な意見ですがアリサとシエルはライに対して並々ならぬ思いを抱いていると思いまして……」

「…………まさか、駆け落ちではあるまいな?」

「それは違います。実は三人の行方を知ってはいるのですが……」

「知っているのならば何故言わん?」

「プライベートなことなので……」

「…………ああ、そういうことか」


 城では既に三人が帰ってきてないことで騒がしくなっていた。皇帝ノアが三人を探そうと捜索隊を編成しようとしていたのだが、それをダリオスが止めた。

 ダリオスはノアに全てを打ち明ける。勿論、いくつかの部分は濁しているがノアにはそれで十分だった。


 敵前逃亡ではない。ただ、まさか三人が一緒に寝ているなど口が裂けても言えないだろう。どうして、ダリオスがその事を知っていたのか。

 それはダリオスがヴィクトリアと街を歩いている時に、三人が歓楽街の奥へ消えていくのを目にしていから。


 夜が明けても帰ってこなかったということは、つまりそう言うことだろうと分かる。故にダリオスはノアにありのままを報告するのを躊躇った。

 しかし、ダリオスの配慮も虚しくノアは全て知ってしまった。ノアは顔にこそ出してはいないが頭を抱え込むほどの大問題であると思っていた。


 なにせ、ライは戦争が終われば自由を求めていた。だから、放置しても問題はなかった。

 だが、アリサとシエルは訳が違う。二人にはライ以上の価値がある。

 領主の娘であり貴族の一員であるアリサは政治の道具に使えた。

 そして、シエルは唯一の治癒能力を持つ稀有な人材。リンシア聖国から飛び出してくれたおかげで簡単に引き抜くことが出来る。彼女の力を使えば多くの人間を掌握することだって出来ただろう。


 そんな二人がまさかライと結ばれたとなれば損失は計り知れない。口巧みに言いくるめることは可能だろうが暴力で訴えられれば、まず勝ち目はない。そもそもライの口振りからして国に関わるのは真っ平御免だろう。

 ダリオスを抑止力に使おうも、三人にならば障害にすらならない。もう完全に手遅れである。


 取り込むことは出来ない。かといって迫害するようなことをすればどうなるか目に見えている。勿論、暗殺も不可能だ。


 選択を間違えたわけではない。ただ単にノアの判断が遅かっただけのこと。アリサとシエルの行動が予想の遥か上だったのがノアの誤算だった。


「ダリオスよ。三人を帝国に取り込む方法は何かあるか?」

「……恐らく無いかと。ライは人の悪意を身を以って体験してます。それに加えてアリサとシエルが傍にいるならどのような手を使おうとも不可能と思います」

「ふッ……やはり、そうよな。私と同じ考えだ」

「陛下。私も彼等の味方です。どうか寛大な措置を」

「……ふう。手痛いが戦争が終わり次第、三人には自由を与えよう」


 三人共、人であり何かしらの弱点は必ずある。それこそ、ライならば幼馴染の二人を人質に取ったりすれば枷をつけることは出来よう。

 しかし、そのような事をしてライに反感を買えばいつ裏切るか分からない。獅子身中の虫になられても困るのだ。


 それならいっその事、遠ざけておくのが一番いい。いくらか恩を売っていざと言うときに助力してもらえるような形にしておくのが最善の選択だろうと、ノアはそう考えるのであった。


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