第123話 勇者進軍

 スカーネルの卑劣な罠によってライが地中深くへと捕まってしまい、勇者達が救出のために出撃した。

 一番槍を務めるのはアリサだ。彼女は惜しみなく黄金の闘気を身に纏い、死霊の群れに突っ込む。


「おいおい! どんだけ速いんだよ! ったく、お転婆なお嬢さんだぜ!」


 アリサのとんでもない速さに愚痴を零すクロイスだが、彼はダリオスに命じられた通りの仕事を果たす。後方から聖弓テクスディーネを用いてクロイスは矢の雨を降らせる。

 テクスディーネは水の聖弓と言われており、矢は空気中の水分を利用して生成するのでほぼ無尽蔵で打つことが出来る。そこにクロイスの腕も加わり、テクスディーネは絶大な威力を発揮した。


「吹き飛びなァッ!!!」


 放たれるは水の矢。空に弧を描いて飛んでいく矢は空中で分裂して、まさに雨あられの様に死霊の群れに降り注ぐ。次々と死霊に矢が着弾すると、それと同時に死霊が爆発していった。


 そこへアリサが猪の如く特攻し、眼前にいた死霊の群れを聖剣イグニスレイドで薙ぎ払う。それと同時に刀身から炎の斬撃を飛ばして、さらに死霊の数を減らした。


 しかし、それでもまだまだ足りない。死霊の数はほんの僅かに減った程度だ。

 後方から確認できるクロイスは歯痒そうにしている。先程の一矢は間違いなく数百は消し飛ばしているはずだと。だが、所詮数百。数万の死霊からすればほんの少しでしかない。


 しかも、死霊はいくらでも替えがきく。今もスカーネルが失った分をすぐに補充している。死体を操る死霊術士は人類側からはしたら厄介極まりない相手である。加えて死霊は生前よりも力を増している場合もあるので、厄介さはさらに増すだろう。


「キヒヒヒ! 無駄だ。死体はいくらでも補充できる。どれだけお前達が頑張ろうとも私の死霊に限界はない!」

「などと言っているのでしょうね」


 丁度スカーネルが自信満々に両手を掲げて叫んでいると、聞こえていないが予想して返答したのはシエルだ。

 彼女の戦場は常に聖都の大聖堂であった。戦う力もなく、ただ送られてくる負傷兵を癒すことしか出来なかった彼女だが今は違う。


 ライと共に聖都を飛び出て、ほんの少しの旅路であったが、その中で彼女は成長した。勿論、目を瞑るところもあるが、やはり一番は聖剣との契約で得た力だ。


「待っててください、ライさん。今度は私が貴方を助けます」


 シエルは光の聖杖ルナリスの先端を死霊の群れに向ける。そして、彼女はありあまる己の闘気をルナリスへ注ぎ、天へ向かって突き上げると同時に高らかに叫んだ。


「不浄なる者達よ! 聖なる光によって消え去るがいい!!!」


 放たれるは扇状に広がる極光。聖杖ルナリスから放たれた光に触れた死霊は爆発することもなく、粒子になって消えていく。

 その光景にスカーネルはかつてないほど動揺していた。聖女シエルが新たな力を得たという情報は帝都に忍ばせている隠密から聞いていたが、まさかこれ程とは思っていなかった。


 戦場に出ている時点でおかしいとは感じていが、よもやこれ程までに力を付けているとはスカーネルも想定外だった。それに爆発の魔法も不発に終わってしまい、完全にしてやられた。


「……修正しなければ。聖女シエル。ライ程ではないが間違いなく我が軍の脅威となる存在だ」


 勿論、いい顔をしていないのはスカーネルだけではない。シエルの本質というか人間性を誰よりも知っているアリサは微妙な顔をしていた。


「アイツ……ホントに聖女だったのね」

「聞こえてますよ、アリサー--ッ!!!」

「うげ……おまけに地獄耳」

「私は正真正銘本物の聖女ですぅー--ッ!」


 その点については先程の一撃を見れば間違いないだろう。ただし、最近は怪しい箇所もいくつかあるが今は指摘しないでおこうとアリサは戦闘に集中するのだった。


 戦場はさらに激しさを増す。風の勇者ことヴィクトリアが風の聖武具ヴェンテスターを手足に身に着けて、戦場を駆け抜ける。

 まさに疾風。彼女は一陣の風となりて死霊を次々と切り裂いていく。彼女が過ぎ去った後には爆発音が鳴り渡る。しかし、そこに彼女はいない。


「ハッハー! アタシこそが最速さ!」


 風の聖武具ヴェンテスターを身に着けたヴィクトリアの速度は、それこそライに勝る。とはいえ、残念ながら攻撃力は劣るが、それでも速度は随一なのだから死霊相手には無双である。


 それと同じく雷の聖槍ライトニングを携えて、戦場に轟音を響かせるアル。彼はライトニングを力強く握りしめて、真っすぐに突貫。雷光の如く一条の光が駆け抜けると、次々と死霊が爆発していく。


「待ってろよ、ライ。必ず助けてやるからな!」


 それぞれの勇者が動き出し、活躍している中、ダリオスは感慨深そうに戦場を見渡していた。


「ふふ……ああ、この光景こそが俺の目指したものだ。ようやくだ。ようやく届くかもしれない」


 現有者の中で最年長で最古参のダリオスはついにここまで辿り着いたのだと涙を流しそうになっていた。

 これまで長い間、最前線で戦って来たのだ。それこそ、ライ達が子供のころから。

 どれだけ多くの犠牲があったか。どれだけ多くの戦友ともを失ったか。そして、どれだけの悲しみの涙を流したか。

 涙の数さえ覚えていない。共に戦場を駆け抜けた先代勇者も志半ばで倒れていく者もいた。


 しかし、それもようやく終わるかもしれない。


 長き戦いに終止符が打たれる日が確実に近づいている。


「……ああ、まだだったな。まだ終わってない。俺としたことが……ライ、お前がいなければな!」


 ダリオスは土の聖槌ベルグボルドを高く振り上げると、力の限り振り下ろした。

 それだけで数百の死霊を吹き飛ばした。凄まじい破壊力に後方で見ていたクロイスは口笛を吹いていた。


「ヒュー。さっすが~。やっぱり、当代最強の勇者だぜ、アンタは」


 破壊力ではライすら超える一撃。まさに最強と呼ぶに相応しい実力だ。


「勇者ダリオス。当代最強の名に相応しい男よ。だが、先へは進ませんぞ」


 スカーネルは手をかざして、新たな死霊を召喚する。少しでも時間を稼げるように、少しでも敵の戦力を削れるように。スカーネルは様々な種類の死霊を召喚したのであった。

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