第68話 運が悪かった、それだけ
突然乱入してきたシュナイダーにシエルとライが連れ去られてしまい、現場にいた人々は混乱した。その中でダリオスとゲイルだけが顔を見合わせて笑う。これは好機だと。
聖王軍は聖女のシエルを連れ戻さなければならないと、すぐに馬を用意して後を追いかけようとしたら、ダリオスが聖槌をワザと落として邪魔をした。
「おっと、手が滑ってしまった」
ドカンッと激しい音を立てて聖槌が聖王軍の進行方向の前に落ちた。とてつもない衝撃が彼等を襲い、近くにいた者達は吹き飛んで転んでしまう。
「うわッ!? ダリオス様! 何をするのですか!」
「すまんすまん。先の戦闘での疲れが出てしまったようだ」
真っ赤な嘘である。ダリオスは先程の戦闘で疲れてはいない。むしろ、元気が有り余ってるくらいだ。
彼が聖槌を投げたのは単純に気に食わなかったから。命を懸けてまで戦った勇者へ対する態度がなっていない彼等にダリオスは怒っていた。聖国は魔に対して厳しいところはある。だからある程度なら目を瞑るが、今回の件は度が過ぎている。
助けてもらった癖に魔剣の使い手だからといって、全ての責任をライに負わせようとするやり方は全くもって理解できない。
「くッ……! 急ぎ、聖女様を連れ戻すのだ!」
聖王軍は焦る。こうしている間にもシエルは遠く離れていく。もしも、聖女が聖都からいなくなればどうなるか。
それは最悪の事態が想定される。民衆は不安が爆発して間違いなく国家に対して不満を向けてくるだろう。暴徒と化して王城にまで押しかけてくるかもしれない。
そうなってしまえば泥沼である。守るべく民衆が敵となるのだから。
それだけは絶対に避けなければならない。聖女もいない今、身内で争っている場合ではないのだから。もし、そうなってしまえば聖国は滅びてしまうだろう。
危機感を抱いた聖王軍だったが、今からシュナイダーを追いかけても追いつくことは出来ない。
シュナイダーもライと一緒に多くの戦場を駆け抜け、時には主と一緒に戦い傷つき、再生を繰り返した結果、世界最高の名馬になっているのだ。その脚力は世界一と呼べるものになっている。
だから、追いかけても無駄である。すでにシュナイダーは二人を連れて聖都から脱出している頃だろうから。
「ゲイルじいさん。俺は帝国へ戻る。聖女がいなければ意味がないからな」
「そうか。少年、いや、ライにはよろしく言っておいてくれ」
「ああ、わかった」
ダリオスは踵を返してゲイルの元から去っていく。彼は聖女の護衛に聖国へ来ていたが、その護衛対象がいないのであれば意味がない。ダリオスは帝国へと急ぎ戻り、ライの事を皇帝に報告することを決めたのだった。
残ったゲイルは聖女がいなくなってしまったことで不安にざわめく民衆を見て嘆いてしまう。もしかすると、近い内に帝国へ引っ越した方がいいかもしれないとゲイルは溜息を吐いた後、自身の家へ帰るのであった。
◇◇◇◇
聖王軍が躍起になってシエルとライを追いかけている頃、二人は聖都を出ていた。シュナイダーのあまりの速さにシエルは圧倒されていた。こんなに速い馬がこの世に存在するなんて思わなかったと。
しかし、そんな事よりも気がかりなのはライの様子。先程から俯いており、何も喋らない。息はしているから生きているのだが、まるで屍のように反応がない。
やはり、先程の光景がよっぽど堪えたのだろうかとシエルは胸中に不安を抱く。
それからシュナイダーが走る事、数時間。聖都は見えなくなっていた。かなり遠くまで逃げてきた事にシエルは安堵の息を吐く。これで、しばらくはゆっくりできるだろう。
恐らく追っ手はいるだろうが、ここまで離れていれば追いつかれる心配はない。シエルはシュナイダーにどこか休める場所に止まるようお願いした。
「あの、どこか休める場所に行ってくれませんか。その、あなたのご主人様を休ませてあげたいの」
返事こそしなかったシュナイダーだが、シエルの言葉は理解できたらしく彼女の言うとおり、道から外れて木陰へ移動する。
木陰に着いたシュナイダーが立ち止まると、シエルも地面に降りてライへ声を掛ける。
「あの……ここなら誰もいませんから、今は休んでください」
「…………」
ゆっくりとシュナイダーから降りたライは木の下に移動すると、三角座りになり顔を隠してしまった。明確な拒絶である。ライはすっかり人に怯える様になってしまったのだ。
無理もない。あれだけの人数から心無い言葉をぶつけられ、石を投げられ、悪意を向けられた事など今までなかったのだ。どうすればいいのか分からないライにとっては恐怖でしかなかっただろう。
「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……ッ!」
そんなライを見てシエルは泣いて謝った。本来であればライは感謝される立場であったのに、ただ魔剣を持っているというだけで迫害され助けた相手から拒絶されたのだ。その悲しみは計り知れない。
彼は何も悪くない。悪いのは彼等だ。
それでもシエルは謝った。彼女はダリオス達と共にライを庇った。ライを批難するようなことはしていない。だから、謝る必要がないのだが、彼女は自分が守り続けてきた人たちの愚かさに嘆き悲しんだ。
彼女のせいではないのだが、シエルは自分の生まれ育った国の人達があそこまで非道だとは思わなかったのだ。だから、シエルは頭を下げる。どうか、全ての人が彼らのような人間ではない事を覚えていて欲しいと願って。
『主よ……』
『マスター……』
「(…………分かってる。責めるのはお門違いだ。彼女は何も悪くない。悪いのは……誰でもないんだ。あの人達も俺が本当に勇者だったら、きっともっと違ったんだろう。ただ運が悪かった。それだけだろ……)」
運が悪かった。ガレオンが魔剣と言わなければ、民衆の前で戦わなければ、聖国がもっと寛容であれば、話は違っていた。ただそれだけのこと。ライはそう割り切って顔を上げて泣いているシエルへ声を掛けた。
「聖女様。逃がしてくれてありがとう。貴女のおかげで俺は大丈夫ですから、顔を上げてください」
「いいのですか……? 私は、私達は貴方に沢山酷い事を……」
「いいんです、とは言えませんがまあ仕方なかったんですよ。運が悪かったと言えばいいんです。そう割り切る事にしました。それに、ダリオスさんやゲイルさん、聖女様が俺の味方なら心強いですからね」
「それでいいのですか……? 貴方には怒る権利が」
「……まあ、魔剣ぶん回して追い掛け回してやりたい気持ちもありますけど、そういう人達なんだろうと諦めます。それよりもダリオスさんやゲイルさんと美味い飯を食ってた方がいいですから」
「貴方は……とても優しい人なんですね」
目尻に溜まっていた涙を拭ったシエルは笑顔を浮かべる。それを見たライはドキッとしたが、すぐに返事をした。
「いや、優しくなんてないですよ。ハハハ……」
「フフ、では、そういうことにしておきます」
「アハハ~……」
そこでようやくライは気がついた。聖女が自分と一緒にいるのは非常に不味いのではと。
「(た、大変だ! すぐに聖女様を聖都にお連れしないと!)」
『一緒に連れて行けばいいのではないか?』
『それがいいですよ。彼女も魔族に狙われていましたし、丁度いいかもしれませんよ』
「(いや、ダメだろ! 俺と一緒じゃ不味いって!)」
『何が不味いんだ?』
『むしろ、聖都の人たちからすれば最も安全なのでは?』
突然、頭を抱えて百面相を始めたライにシエルはキョトンしていた。一体、彼は何を考えているのだろうかとシエルは今も百面相に忙しいライを見て楽しそうに笑うのであった。
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