第69話 新たな仲間

 どうしよう、どうしようとライが頭を抱えていた。恐らく自分は聖女を誘拐したとか身に覚えのない罪で聖国に狙われるだろうとライは焦る。ただでさえ魔剣の持ち主ということで目の敵にされているというのに、聖女誘拐犯にまでなってしまえば聖国では生きていけないだろう。


 もっとも、聖国に住むことはないが。


 それよりも問題なのがシエルの存在である。ライは復讐を終えるまで止まる事はない。言い換えれば終わりの見えない旅だ。いつでも終わらせる事ができるような半端なものではない。

 ゴールこそ決まっているが、その道のりは果てしなく厳しい。道半ばで死ぬ事も有り得るだろう。それこそ今回のようにだ。


 そのような旅にシエルを巻き込むのはダメだとライは考えた。彼女には自分と違って帰るべき居場所がある。


 ならば、帰すのが道理というものだろう。ライは考えが纏まった。シエルをなんとかして聖都に送り返そうと。


「あの、このようなことを言うのはどうかと思うのですが私なんだかワクワクしてるんです。今までずっと聖都の中でしか生きてこなかったので、外の世界は初めてなんです!」

「……ソウデスカ」


 このような台詞を聞いてライは何も言えなくなってしまった。

 そもそもシエルはライを助けてくれたのだ。そんな恩人であるシエルの意思を無視するのは酷な話であろう。

 まずは話し合うべきだとライは口を開いた。


「聖女様」

「はい? なんでしょうか?」

「聖都に戻られる気はないのでしょうか?」

「え……。やっぱり、私迷惑でしたか?」


 ライの言葉は遠回しに存在が迷惑だと言っているようなものでシエルはやはりそうだったのかと目に涙を溜める。


『マスター……。もう少し言葉を選んだ方がいいですよ』


 乙女心というよりも蝶よ花よと育てられたお嬢様気質であるシエルは繊細な心の持ち主だ。だからこそ、ライの心情を察して涙を流したりした。

 それをエルレシオンの言葉で思い出したライは酷く後悔する。助けてもらっておいて、その存在を迷惑に思ってしまうなんて自分は酷い人間だと。深く反省するのであった。


「すいません。その……聖女様。俺の話を聞いてもらった上で今後どうするか決めてもらっていいですか?」


 泣きそうだったシエルもライが頭を下げるのを見て頷いた。まずは彼の言うとおり話を聞こうとシエルはライの話に耳を傾ける。


 そして、ライから聞いた話にシエルは涙を流した。魔族に故郷を滅ぼされ、家族を失った事を知ったシエルは深く傷つき悲しんでいるであろうライの心を癒すかのように抱きしめた。


 突然の抱擁に驚くライだったがシエルが涙を流す理由を知って、ただ黙って受け入れる事にした。


「ごめんなさい。その……突然抱きついたりして……」

「ああ、いえ、別に平気ですよ。それにしても流石聖女様って感じですね」


 誰かの為に泣ける人間はそういないだろう。シエルの優しさにライは胸が温かくなるのを感じた。


「それで、その、どうします? 俺は復讐を終えるまでは立ち止まるつもりはありません。だから、俺についてきても辛く険しい旅になるだけですよ?」

「……覚悟は決めました。これからは貴方について行きます!」


 シエルの瞳からとてつもない強い意志を感じたライは、彼女へ手を差し出した。


「それじゃ、これからよろしくということで」

「はい! よろしくお願いします!」


 こうしてライは新たに聖女シエルを仲間に旅を続ける事になった。魔剣ブラド聖剣エルレシオンに相棒のシュナイダーにシエルが加わった。賑やかな旅になりそうだ。


 ◇◇◇◇


 魔王城。獣魔部隊を束ねる四天王サイフォスの前にガレオンが跪いていた。今回の任務失敗の報告をガレオンはしていた。


「申し訳ありません。聖女暗殺は失敗に終わりました」

「そうか……。詳細を知りたい。詳しく話してくれ」


 それからガレオンは聖都での襲撃について全て話した。概ねこちらの作戦通りに進んでいたのだが、イレギュラーが発生した事も伝えた。


「そうだったか。聖槌の勇者ダリオスではなく魔剣と聖剣の使い手ライまでいたとは。すまない。こちらの情報不足のせいだ。お前には辛い思いをさせてしまった」

「いえ! そのようなことはありません! サイフォス様の作戦は完璧でした! ただ、今回は聖女の運が良かっただけかと」

「そう言ってくれると助かる。しかし、ジーガを失ってしまった。彼は良い戦士であったのに……」

「ジーガも覚悟はしておりました。戦場に出れば仕方なき事。あまりご自身を責めるのはお辞めください」

「そうだな。すまない。私は情報を集めてから、もう一度作戦を練り直す。それまでお前は休んでいろ」

「はッ!」


 ガレオンが部屋を出て行き、サイフォスは窓際に移動して空を眺めていた。すると、そこへノックもなしに客が訪れた。不届き者の気配を感じて振り返ったサイフォスの前にカーミラが厭らしい笑みを浮かべて立っていた。


「くふふ。聞いたぞ。どうやら、聖女を始末できなかったらしいな」


 どこから聞いていたのかカーミラはサイフォスが魔王から命じられていた聖女暗殺に失敗した事を嗅ぎ付けた様だ。その嫌味ったらしい態度にサイフォスは苛立ちを感じるが表には出さなかった。


「それがどうした? 陛下に言って私を罰してもらうつもりか?」

「そんなことはせん。それよりも聞いた話ではライが今回の件に絡んでいるそうじゃないか。妾にも一枚噛ませてもらえんかのう?」

「なに? 随分と彼に拘っているな。やはり、傷つけられた恨みは忘れられんか?」

「当たり前じゃッ! 一日たりとも忘れたことはない! あの男は妾の手で八つ裂きにするまではこの恨み晴れるものか!」


 激昂するカーミラを見てサイフォスは考える。彼女は魔王から人間の内情を探ってくるように命じられており、現にライと遭遇したのもその一環だ。まあ、カーミラの性格は残虐なものであり、恋人や夫婦を引き裂くのを趣味にしている。

 それを邪魔したのがライというわけだ。しかも、傷を負っただけでなくおめおめと逃げ出したのだから、その屈辱は計り知れないだろう。


 そこでサイフォスが考えたのは漁夫の利作戦である。カーミラにライの居場所を教えて彼女と戦わせる。勝っても負けても四天王であるカーミラと戦えばライが疲労困憊になるのは間違いない。

 そこに部下の誰かを向かわせればいい。そうすれば厄介なライは確実に消す事が出来る。そう考えたサイフォスはカーミラにライの居場所を教えることを約束するのであった。

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