第70話 ライザップ

 新たな仲間、聖女シエルを連れてライは旅を続ける。

 今のところ、大きな問題はないが一つだけライの心が穏やかではない問題が発生している。

 それは旅の必須である足の馬がシュナイダーの一頭しかいないので二人乗りをしているのだが、ミク以外の異性と密着をしたことが無かったライは悶々としている。

 後ろにシエルを乗せれば彼女は落ちないようにライにしがみつくのだが、その際に胸が当たるのだ。

 では、前に乗せればいいではないかと思うのだが、前に乗せるとシエルの女性らしく丸みを帯びた臀部がライに当たる。


 そのせいでライは心中穏やかではない。


「(馬を調達せねば……)」

『役得だからいいではないか』

『彼女は乗馬経験がないのですから、今のままでいいではないですか』

「(俺の理性が保たないんだよ……ッ!)」

『……主も男だからな~』

『フフ、若いっていいですね~』


 ライの悩みに二人は親気分である。見目麗しいシエルと二人旅なのでライがうろたえるのも仕方がないだろう。微笑ましい光景に二人は心温まる。贅沢を言えば、ライの心の支えになってほしいと思っていた。

 シエルがライと結ばれることを二人は心の底から願っている。失恋した上に故郷と家族を失い、更には聖国での酷い仕打ち。助けた相手からの拒絶にライの精神は相当参っていた。


 そこにシエルという心優しい人間が寄り添ってくれたのだ。二人からすればこれ程嬉しいことはない。今まで誰もライを癒すことが出来なかったのだが、これからはシエルがいる。彼女ならばライの心を支えてくれるだろう。


「ここから先に少し大きな町があるので、そこで食料と水を買いこみましょう」


 焚火をしている二人は今後について話し合っていた。聖都から出たとはいえ、まだ聖国内なのだ。ライの目的地である帝国まではまだまだ遠い。

 それに今まで一人旅だったが、今は二人もいるのだ。食料も水も二人分必要である。


 ちなみにこの道中、ライが仕留めた鹿や猪や兎といったものしか食べていないシエルは聖都にいた頃より逞しくなっている。

 とはいえ、やはり聖女もといお嬢様であるシエルは固い地面よりも柔らかいベッドで眠りたいという欲求は残っていた。


「そうだな。ついでに服も買いたい」


 そして、ライの方にも少し変化が起こっていた。シエルに対して敬語をやめたのだ。これはシエルの方から頼んだのだ。折角、これから一緒に旅をするのだからもっと親しくなりたいということで。

 どうしてシエルがそのように考えたのか。それはシエルが同年代で仲のいい友人が一人もいなかったからだ。シエルは聖女ということもあって、いつも護衛や付き人と行動し、親しい友人をつくる暇などないくらい聖女として尽力していたせいだ。


 しかし、今は違う。


 今は何の縛りもなく只のシエルとして彼女はライに求めたのだ。いつもと変わらない口調で接して欲しいと。

 最初こそライは躊躇ったのだが、元々敬語が苦手なこともあったので今ではすっかり素の口調である。

 ただ、シエルだけは昔から躾られた口調なので丁寧な言葉遣いのままである。


「服ですか? それはどうしてなんです?」

「…………俺の戦い方は見てると思うけど、特攻だから敵の攻撃を喰らうんだ。それで、ズボンとか破れたりして、その……裸になったりする」

「え!」


 そこまで聞いてシエルはカアッと顔を赤くする。何を想像したのかは容易に分かるような反応だ。間違いなく焚火のせいで顔が赤くなったわけではない。


「あ、あの、その、ごめんなさい! 気が利かなくて!」

「ああ、いや、別にいいよ。実際にその現場を見られる前に教えることが出来たし」

「はぅ……!」

『おやおや、何を想像してるのやら』

『うふふ、可愛らしいですね~』

「(お前等ちょっと黙れよ!)」


 なんともほっこりする光景にブラドとエルレシオンはニヤニヤしていた。


「それでここから問題なんだが、流石に俺が町に入るのは不味いと思うんだ」

「あ、そうですね。どこまで情報が伝わってるか分かりませんからね」

「シエルの方は聖女として有名だけど、顔とかはあんまり知られてないんだよな?」

「はい。私は聖都の外に出たことはありませんから知ってるのは患者の方や兵士の方だけです。だから、多分私は町に入っても問題はありません。一応、変装はしていきますが」

「うん、それがいいよ。どこに知ってる奴がいるか分からないし。それとシュナイダーも連れて行くといい。シュナイダーがいれば安心だから」

「はい。分かりました」


 近くで休んでいたシュナイダーは自分の名前が呼ばれたので、二人の方へ顔を向ける。それを見たシエルは笑みを浮かべてシュナイダーにお願いした。


「町ではよろしくお願いしますね。シュナイダー」


「任せておけ」と言わんばかりにシュナイダーが頷いたのを見てシエルは微笑む。

 これで、今後の方針も決まったので寝ることにした。シエルはシュナイダーの近くに行き、ライは焚火の番をすることに。


「いつも、すいません」

「いいよ。もう少し慣れてきたらシエルにもやってもらうし」

「はい! 任せてください!」

「ふふ。じゃ、おやすみ」

「はい。おやすみなさい」


 シエルが眠りに就き、ライは精神世界での修業を始める。いつもと同じく二人にしごかれるライ。

 いつもの事ながら二人に一撃も入れることが出来ないので自分が本当に成長しているのか実感の沸かないライは、終わった後に二人へ話している。


「(俺って強くなってるのかな?)」

『間違いなく強くなっているぞ』

『自信を持ってください』

「(でも、ガレオンの時は危なかったし……)」

『アレは相手が強かった。ガレオンは間違いなく魔王軍の中でも上位の強者のはずだ』

『シエルを殺しにきたのですから、それ相応の実力だったはずですよ。だから、そう肩を落とさないでください。貴方は成長しています。それは間違いありません』

「(そっか。そういう風に考えておくよ!)」


 焚火を絶やさないようにライは枯れ木を投げ入れる。パチパチと弾ける音を聞きながら、ライは少しだけ眠りについた。勿論、すぐに起きられるように浅い眠りだ。


『……主は間違いなく強くなっている。心身共にな。しかし、此度の魔王は中々に強かだな』

『ええ。力任せには攻めてこないところを見ると、かなり頭が切れる相手です』

『ヴィクターとやらも相当な実力者だった。その上に立つのだから尋常ではない強さだろう』

『はい。今のままでは間違いなく……マスターは勝てません』

『我の再生能力で肉体もかなり強化されてきた。それに加えて――』

『闘気と魔力の融合ですね? マスターの体の中で起こっている不可思議な現象。これが今後の鍵となるでしょうね』

『うむ……。魔力と闘気の融合。我等も知らぬ謎の現象。これが吉と出るか凶と出るか……』

『吉と出れば恐らくマスターの強化につながるでしょう。ですが、凶と出ればどうなるか……。最悪、死を招く結果になるかもしれません』

『要注意だな』

『はい』


 夜は深まっていき、やがて草木も眠りに就いた。その中でブラドとエルレシオンだけが起きていた。ライの体に起きている変化。それが一体どのようなものなのか。それはまだ誰にも分からない。



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