第23話 いつか恩返しを
ゼンデスの娘が勇者と知ってライはどう反応すればいいのか迷った。同情すればいいのか、それとも何も言わない方がいいのかと。結局、悩みに悩んだ末にライは彼と違って親でもないので何も言わないことにした。それが正しいと信じて。
「ふう。すまない。愚痴のようなことを言ってしまって」
「いえ、大丈夫です」
「そう言ってくれると助かるよ。さて、話を続けようか。聖武具について話そう。まず、聖武具というのは神々に祝福された武具で非常に強力な武器だ。持つだけで一騎当千の力を得られると言われている」
その説明を聞いてライは魔剣と聖剣について思い出す。確かに魔剣と聖剣は破格の性能を有している。ゼンデスの言う通り扱うことが出来れば一騎当千の力は得られるだろう。ただし、資格がなければ使えないが。
「そして、聖武具は各国にそれぞれ保管されている。数は合計で六つある。その内の二つは我が国ランギルス王国が所有している炎の聖剣イグニスレイド、雷の聖槍ライトニング。ちなみに私の娘が選ばれたのは炎の聖剣イグニスレイドだ」
「そ、そうですか……」
「ああ。雷の聖槍ライトニングはまだ候補者すらいないそうだ」
「そうなんですね。あとの四つは?」
「残り四つの内、一つはリンシア聖国に光の聖杖ルナリス。残りの三つがオルクス帝国にある。土の聖槌ベルグボルド、水の聖弓テクスディーネ、風の聖武具ヴェンテスター。既に所有者が決まっている」
「あの、聖武具ヴェンテスターは一体なんなのですか?」
「ああ、それは手甲と脚具だそうだ。二つ合わせて一つらしい」
「へえ~、二つで一つの聖武具なんてあるんですね……」
『我等とは違うぞ』
『私達はマスターが特異なだけで普通ですからね』
「(別になにも言ってないじゃないか!)」
特に何も思っていなかったが二人のツッコミによりライは心の中で怒鳴ってしまう。
「これらの聖武具は雷の聖槍を除けばすべて所有者がいる。その者達を我々は勇者と呼んでいるのだ」
「なるほど……」
「まあ、古今東西、魔王を倒すのは勇者と決まっているからな」
「あ、そこから来てるんですね」
そう言われれば納得である。昔から魔王を倒すのは勇者と相場が決まっている。勿論、必ず勇者が勝つというわけではないが。それでも、ゲン担ぎという意味では妥当だろう。
「と、まあ、これが私が知っている全てだ」
「ありがとうございます。おかげで色々と知ることが出来ました」
「ハハハ、あまり役に立つ情報ではないがね」
「アハハハ~……」
そんなことを言われてしまえば出来るのは苦笑いである。確かに今後何か役位立つかと言われたら、大して役には立たないだろう。強いて言えば彼の娘が炎の聖剣に選ばれたことくらいだろうか。もっとも、それが何の役に立つかは分からないが。
「そうだ。一つ思い出したんだが、確かアルバ村からは二人ほど志願兵が出てたはず。名前はアルとミクと言ったかな。君の知り合いだろう?」
「え、ええ。まあそうです」
まさかゼンデスの口からその名前が出てくるとは思わなかったライは少したじろいでしまう。
「二人がどうなっているか知りたいかね?」
「えっと……少し」
「何やら訳がありそうだな。深くは聞かないでおこう。それで二人についてだが、王都にある勇者育成所という所で訓練に励んでいる。噂だとアルという少年が雷の聖槍に選ばれるかもしれないらしい」
「え……? アルがですか?」
「うむ。私としては喜ばしい限りだ。我が領内から二人目の勇者が生まれるかもしれないのだから。まあ、娘の方は出来れば勘弁してほしかったが……」
途中からゼンデスが何を言っているのか聞いていなかった。ライはアルが勇者に選ばれるかもしれないと聞いてから上の空だった。ミクという最愛の女性に選ばれただけでなく聖槍にまで選ばれるなんて、許せるようなことではなかった。
羨ましい、妬ましい、憎たらしい、とライの心にグルグルと黒い感情が渦巻いていく。どうして、彼だけがいつもいつも特別なんだとライは嫉妬に狂いそうになった。が、そんなライを正気に戻したのは彼を特別扱いする二人だった。
『落ち着くのだ、主よ。嫉妬するなとは言わないが今は抑えるんだ。それに主の方がもっと特別なのだぞ? 我等に二人に選ばれるなど、前代未聞の事なのだから』
『そうですよ、マスター。確かに彼も優秀なのでしょうが、私たち二人を使役出来るマスターには敵いません。どうか胸を張ってください』
「(……うん)」
嫉妬にズボンを握りしめていたライは二人の言葉を聞いて元に戻った。ただ少し自分に嫌気が差した。アルに嫉妬しながらも自分が特別だと分かると心が落ち着いたことに。
「さて、長話になってしまったが君はこれからどうするつもりだい?」
「領主様のお察しの通り、俺は復讐のために旅を続けます」
「そうか。ならば、少し待ってほしい。ウェンディ」
ゼンデスは傍に控えていたメイドのウェンディを呼び寄せるとライに聞こえないように耳打ちをした。ウェンディが頷くと部屋を出ていく。それを見ていたライはどういうことだろうかと首を傾げた。
それから、しばらくしたらウェンディが袋を持ってきた。中身が気になったライは思わず見てしまう。ウェンディは袋をゼンデスに渡した。すると、ゼンデスは受け取った袋をライへ渡す。
「ライ。これを君に」
「え?」
袋を受け取ったライは袋の重さに驚いてしまう。一体、中には何が入ってるのだろうかと触ってみるとお金が入っていることに気が付いた。しかも、かなりの大金である。
「え、あの、これって!」
「餞別だ。受け取りたまえ」
「こ、こんなに受け取れません! 多すぎます!」
「これから君は旅に出るのだろう? なら、そのお金は必要なはずだ」
「お、俺、お金は持ってます!」
「村から集めた金か?」
「ッ……。そ、そうです」
「どれくらいだ?」
「え? それは……」
正直、村から集めたお金は心許ない。この街へ入る際にも入場料として取られたし、宿泊費も含めればほとんど残ってはいない。だから、はっきり言えばゼンデスからの施しは渡りに船だった。
「その反応を見る限り、もうほとんど残ってないのだろう?」
「う……はい」
「ならば、黙って受け取りなさい。それに君はたった一人でご家族や村人の埋葬をしたのだろう? それくらいの報酬があってもいいんだ」
「……ありがとうございます!」
涙を滲ませながらライはゼンデスの好意に感謝した。彼は本当に素晴らしい人物だと改めて思った。ライはいつかこの恩を返すのだと誓うのであった。
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