第72話 顔を隠す時は大体こういう嘘を吐く

「やりましたよ。シュナイダー! これで資金の方は問題ありません! 勝利のブイです!」


 ドヤ顔でシュナイダーにピースサインを向けるシエル。なんとも微笑ましい光景だ。かつての彼女はここまでではなかった。悪い事ではない。むしろ、いい事だ。聖女という枷から解き放たれたシエルはどんどん年相応の反応を見せるようになっている。


 ただ、シュナイダーは厳しかった。少し上手くいったくらいで調子に乗るなと尻尾で彼女の背中を叩いた。


「あいたッ! うぅ、調子に乗るなったことですか?」


「そのとおり」とシュナイダーはそっぽを向いて先に行ってしまう。シエルはシュナイダーに置いて行かれない様に慌てて走った。傍から見ればどちらが主人なのか良く分からない光景である。


 シュナイダーのおかげでシエルは騙される事なく資金を調達し、その資金を使って食料と水を買い込むのだが、その途中に彼女は足を止めてしまう。シエルの視線の先には珍しいものが売られていた。


 それは仮面。


 なんの変哲もない仮面だがシエルはこれさえあればライも町に入れるのではないだろうかと考えた。そうすれば町で買い物も出来るし、宿に泊まることも可能だ。

 シエルは我ながらナイスアイデアと自分を褒めた。


 早速、仮面を購入しようと店へ向かう。シュナイダーがそれに気がついて彼女を止めようとしたのだが、ライの為だと一歩も引かないシエルに根負けしてしまう。シエルは見事に仮面を購入したのだった。


「これでライさんも町に入れますね!」


 とても喜んでいるシエル。彼女はすっかり忘れている。帝国に向けて旅をしていることを。この先、ライは町に入れなくても大して困らないのだ。シエルもいるから買い物も彼女に頼めばいいのでライは何の不自由もない。強いて言えば柔らかいベッドで寝ることが出来ないくらいだ。


 その後、ルンルン気分でシエルはライから頼まれていた食料と水。それから衣服を購入して、町の外に隠れているライと合流するのであった。


 ライはシエルが買ってきた食料や水を見て満足そうに頷いていたが、何故か手渡された謎の仮面に戸惑っていた。これは一体何の為に買ってきたのだろうかと。


『……変装のためではないか?』

『仮面舞踏会ではないでしょうから、それなんでしょうか』

「(え、え、え? これどう反応するのが正しいの?)」


 仮面を受け取って困惑しているライとは正反対にシエルはニコニコと満面の笑みを浮かべている。これでライも気にすることなく町に入れることが出来ると思っているシエルは早く仮面を被って欲しそうにしていた。


「……ありがとう」

「どういたしまして! これでライさんも町に入れますね!」

「うん……。そうだね」


 抑揚のない声で喋るライに全く気がつかないシエル。彼女は良かれと思ってやっているのでライも文句を言えないのだ。シエルの良心を踏みにじるような真似だけはしてはいけない。そう思ってライはシエルに同意する他なかった。


「それでは町へ行きましょう! うふふ、私宿屋に泊まったことってなかったんです。だから、これからちょっと楽しみなんですよ!」


 心の中でライは泣いた。これ程までにいい子を責めることなど出来よう筈がない。己の浅ましさにライは恥じた。


「そっか。でも、結構当たり外れとかあるから、あんまり期待しないほうがいいよ」

「大丈夫です! それも旅の醍醐味ですから!」


 なんと美しい事か。純粋無垢な眼差しにライは浄化される気分であった。


 という訳でライはシエルから貰った仮面を被り、町の中へ入った。当然、注目された。ローブについているフードで顔を隠しているシエルにへんてこりんな仮面を被っているライ。注目されないわけがない。


 どこかのサーカス団にも見えなくはないが、不審者の方がイメージ的にはピッタリだ。一応、シュナイダーがいるので訳ありの貴族にも見えなくはない。


 大通りを歩くライは視線を感じる。かなり怪しまれているのが手に取るように分かるライはシエルに耳打ちした。


「シエル。早いとこ宿屋を見つけよう。さっきからずっと見られてる」

「え? そうですか? 私には良く分かりませんが……ライさんがそう言うならそうした方がいいですね」


 大通りから移動して宿屋を探しに来たライ達。そんな彼等の元に兵士が尋ねてきた。どうやら、住人の誰かが通報したらしい。兵士は怪訝な顔をしてライ達に詰め寄る。


「そこの者達。少しいいかね?」

「私達ですか?」

「ああ、そうだ。町の人から通報があってね。怪しい二人組みを見たと聞いてるんだが……どうも君達らしい」


 ジロジロと兵士は件の二人組みを見詰める。片方は仮面を被った男で、もう片方はローブにすっぽりと顔まで隠した性別不明の人物。ただし、服の上からでも凹凸のある体つきから女性にも見える。


 そんな怪しい二人組みの背後にはこれまた立派な馬がいる。今まで見たことのない立派な馬だ。もしかすると、目の前の二人は何か訳ありの貴族なのかもしれないと兵士は予想した。


「一応訊かせて貰うが、この町には何の用事で来た?」

「えっと、食料と水を買うためです」


 そう言ってシエルが指を差したのはシュナイダーに括り付けている食料や水が入った鞄。それを見た兵士は念のために中身を確認したいと申し出た。


「中身を確認させてもらってもいいかな?」

「はい。構いませんよ」

「では、失礼して」


 兵士はシュナイダーに近付いて鞄の中身を確かめる。鞄の中にはシエルが言っていた通り、食料と水、それから衣服などが入っていた。嘘ではないと確認した兵士は鞄を閉じてシュナイダーから離れると二人に頭を下げた。


「疑って申し訳ない。しかし、もう一つだけ確認させていただきたい」

「なんでしょうか?」

「顔を確認させてもらえないだろうか?」

「それはどうしても必要なんですか?」

「いや、そのようなことはない。ただ、その格好がどうにも怪しくてな」

「なるほど。すいませんがお断りします。こちらの彼は顔に大火傷負っていて人前に顔を出せないのです。そして、私も同じ事情です」

「なんと! そういうことだったのか。それはすまなかった」

「いえ、ご理解いただきありがとうございます」


 シエルの話を信じた兵士は流石にそのような事情の者に無理を言うわけにはいかないと二人を解放する事にした。

 二人は兵士と別れた後、宿屋へ向かう途中でライがシエルに話しかけた。


「よく咄嗟にあんな嘘つけたね」

「えへへ、実は前から考えてたんですよ!」

「そ、そうなんだ……」


 彼女が名女優になれるかどうかは分からないが、少なくとも楽しそうなのでライは何も言うことはなかった。

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