第35話 問題なし

 馬もといベルニカから教えてもらったシュナイダーを連れてライは宿を出ていく。シュナイダーに跨り、宿の方を最後に一目見ておこうとライが顔を向けた時、アリサが飛び出てきた。しかも寝間着姿で。


「ちょっと! 私に挨拶もないわけ!?」

「わッ! いや、そういうわけじゃないですけど……」

「普通、別れの挨拶くらいするでしょ! それとも私にはしたくないわけ?」

「いや、まだ寝てると思ったんで……。実際、寝間着ですし」

「そうよ! さっきまで寝てたわよ! でも、エドガーがあんたが出て行くって教えてくれたから飛び起きたんじゃない!」

「そ、そうなんですか……。それはなんだかすいません」

「別に怒ってないわよ。それで聞いておきたいんだけど、あんた帝国に向かうつもり?」

「はい、そうです」

「そう。なら、また会うかもしれないわね。私もパパに顔を見せた後、すぐにそっちへ向かうから。それまで死ぬんじゃないわよ!」

「……はいッ!」

「それじゃ、しばらくお別れね。またね、ライ」

「そちらもお元気で、アリサさん」


 再会の約束を交わしてライはシュナイダーと共に町を出て行く。その後ろ姿を見ていたアリサは自室へ戻ろうとした時、ベルニカが現れて引き止められる。


「お嬢様。彼とは何を話していたのですか?」

「え? なにってまた会おうねっ言っただけよ。後はどこに行くか聞いたくらいかしら」

「お嬢様。悪いことは言いません。もし、次に彼と再会しても顔を合わせないようにしてください」

「それはどうしてよ? アイツは別に変な奴じゃないけど?」

「違うのです、お嬢様。彼は彼は人ではありません」

「どういうこと? 魔族って意味じゃないわよね?」

「それは勿論です。ですが、彼は心の奥底に鬼を飼っています。私は先程馬の世話をしていたのですが、その時たまたま彼と話したんです。彼がこれから旅立つと聞いてどこへ行くのかと訊いたら……彼の雰囲気は一変しました。おぞましいほどの殺気を彼から感じたのです。アレは人ではない。恐ろしい別の生き物です」

「なにそれ? つまり、アイツは危険人物だから近づかない方がいいってわけ?」

「はい! 彼はきっと周囲に破滅をもたらすかもしれません……」

「ぷっ……! アハハハハハハハハッ!」


 アリサはベルニカの話を聞いてお腹を抱えてしまうほど笑った。真剣に話していたのに突然お腹を抱えて笑い出すアリサにベルニカはポカーンとしていた。


「な、何を笑っているのですか、お嬢様! 私はお嬢様のためを思って」

「分かってる。分かってるわ、ベルニカ。でも、無用の心配よ。アイツが悪鬼のたぐいだとしても私負けないし」

「そ、そういう問題ではないのですが……!」


 ベルニカが言いたいのはライがいずれ大きな災厄になるかもしれないから近づかないで欲しいという事だ。しかし、アリサはだからどうした自分は強いからと自信満々に言い放った。


「大体、もしベルニカの言う通りの人間なら子供達を助けるようなことなんてしないでしょ」

「言われてみればそうかもしれませんが……」

「それに誰だって人には言えないような秘密や過去は持ってるの。だったら、アイツにだってそれがあるだけの話じゃない」

「それはそうかもしれませんが、あの尋常ではない殺気は……」

「それを向けられたの?」

「いえ、無意識に滲み出てきたものだと……」

「なら、大丈夫でしょ。暴走して誰かを襲うような真似をしてないんなら心配する必要はないわよ」

「本当に大丈夫なのでしょうか?」

「私を信じなさいって!」

「そう……ですね。そうします」

「そうそう。それがいいわ! それじゃ、私達もパパの所へ帰る準備をしましょ!」

「はい。畏まりました、お嬢様」


 その後、ベルニカは慌てていたせいで気が付かなかったがアリサが寝間着姿だと知って説教をした。アリサは領主の娘であり勇者でもある。だから、もっと淑女としての自覚を持つようにと小言を何度も言った。


「もう、うるさい! 私がどんな格好しても私の自由じゃない!」

「それはそうですが、寝間着姿で外を出歩くなと私は言ってるのです!」

「わかったわよ、もう! ベルニカはいちいちうるさいんだから!」


 ぷんすか怒りながらアリサは自室へ戻り、寝間着から着替えた。髪も整え、見てくれは完璧な美少女である。


「どう、これでいいでしょ!」


 言動は些か問題はあるかもしれないがベルニカはアリサの格好を見て満足そうに頷くのであった。


 ◇◇◇◇


 朝早くに町を出たライはひたすらに北へ向かった前進していた。鳥のさえずりを耳にしながらライの旅は続く。


『気持ちのいい朝だな』

『小鳥達も陽気に歌っているようですね』

「そうか?」


 ブルルッとシュナイダーが鳴いた。恐らく彼もそう思っているのかもしれない。まあ、馬の言葉は分からないので勝手な憶測でしかないが、多分そうなんじゃないかとライは思っている。


「それにしても……シュナイダーって言うんだな」


 ポンポンとシュナイダーの背中を軽く叩いたライに答えるように彼はもう一回鳴いた。


「そうだよって言ってるのかな?」

『そうではないか? 賢い馬だからな』

『メスだぞって言ってるかもしれませんよ』

「え? 流石にメスにシュナイダーって名前つけないだろ」

『分かりませんよ』

『確認してみたらどうだ?』

「え~、いいよ。別にどっちでも」


 他愛もない会話で盛り上がり、ライは進んでいく。北を目指して。

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