第34話 悶々

「さてと、聞きたいことも聞けたし、私達はこれで帰るわね」


 そう言ってアリサは座っていたベッドの上から降りた。ライから訊きたいことを聞き終えた彼女は満足げに部屋を出ていく。その後を追うようにエドガーとベルニカが出ていくのだが、最後にベルニカが扉を閉める前にライへ一言。


「もし、また会うことがあればお嬢様と仲良くして頂ければ幸いです。それでは」


 伝えることを伝えたベルニカは頭をペコッと軽く下げて扉を閉めて出て行った。残されたライはポカンとしていた。最後に言っていたことはどんな意味があるのだろうと。

 言葉通りの意味しかないのだが、彼は今一つ理解していない。また会うという事まで考えが至らないのだ。


「なんていうか嵐みたいだったな……」

『うむ。確かに』

『愉快な人でしたね』

「うん……」


 しばらくの沈黙。それから欠伸をしたライはベッドへ寝転ぶ。その際、前に嗅いだ時よりもいい匂いがして悶々とする羽目になった。


『目を瞑っておこう』

『安心してください』

「(余計なお世話だッ!!!)」


 二人の余計なお節介にライはふんと鼻を鳴らすと、そのまま勢いよく布団を被った。疲れていた彼はあっという間に眠りへ落ちるのであった。


 ◇◇◇◇


 翌朝、目を覚ましたライは宿の裏手にある井戸へ顔を洗いに向かった。まだ少し眠気が残っているのかライは大きな欠伸をかいた。すると、そこへ大柄な男がやってきた。ライはその大柄な男を見て、思い出したかのように挨拶をする。


「あ、おはようございます。エドガーさん」

「ああ、おはよう! ライ少年! いい朝だな!」


 フランクな挨拶に驚くライだが、それよりも気になるのはバシバシと背中を叩くことだ。地味に痛い。出来ればやめてほしいのだが、本人は悪気はなさそうなので文句も言えない。しかし、痛い。叩かれた箇所は真っ赤になっているのではないだろうかとライは顔を引きつらせていた。


「ふむ。いい筋肉をしている。ライは村人なのだろうが何をしていたのだ?」

「俺は狩人をやってたんですよ。だから、体は鍛えてました」

「おお、そうか! だからか。良い体をしていると思った! お嬢と同じく聖剣に選ばれるのも納得だな! ハハハハハッ!」

「いや、筋肉で聖剣に選ばれるわけでは……」


 豪快に笑っているエドガーはライの言葉が届いていないのか笑い続けていた。朝から元気なことだと呆れるライは顔を洗って、その場を後にした。


 部屋へ戻ったライは旅支度を整えてから朝食を取りに食堂へ向かう。そこには何人かの宿泊客がいたが、アリサ達の姿はなかった。「いないのか」と呟いたライは思わず口に手をやった。今、自分は何を言ったんだとライは困惑した。


『気になるのか?』

『まあ、印象に残りますからね』

「(うるさい……!)」


 ムスッとしながらライは朝食を取った。その様子に彼の中にいる二人は我が子の変化を嬉しそうに見ている親のような目をしていた。もっとも、二人は剣なので目どころか顔すらないが。


 朝食を終えたライは部屋に戻って、すぐに宿を出ようと荷物を抱えた。そのまま部屋を出ていき、受付に向かい部屋の鍵を返した。


「お世話になりました」

「また利用してね」


 返事はせずにペコッと頭を下げてライは預けている馬を取りに行く。


 馬を取りに行くと、そこには何故かベルニカがいた。どうしてここにいるのだろうかとライが見ていたらベルニカが彼の視線に気が付いた。


「あら、おはようございます。昨日はよく眠れましたか?」

「ええ、まあ。ところでベルニカさんはここで何を?」

「私はこの子達のお世話をしていたんです」


 そう言って彼女が振り向く先には馬が二頭。勿論、ライが貸してもらった馬ではなく彼女達が使っている馬だ。丁度、人数分の三頭いる。どれもライの馬に負けず劣らずの名馬である。


「それにしても驚きました。まさか、ここにシュナイダーがいるなんて」

「シュナイダー? 誰です、それは?」

「ああ、すいません。私としたことが説明していませんでしたね。あそこにいる馬の名前です」


 ベルニカが指を差したのはライがゼンデスから貸してもらった馬だった。まさか、そのような名前だったとは思わず、目を丸くしたライは彼女に事情を話すことにした。


「実は、あの馬、いえ、シュナイダーは俺が貸してもらった馬なんです」

「まあ、そうなんですか。もしや、旦那様からですか?」

「はい。色々と理由がありまして……」

「そうですか。詳しくは聞きませんが旦那様が信用した証でしょう。あの子を大切にしてくださいね」

「それは勿論です!」

「ふふ、それを聞ければ十分です。それよりもライ様はもう旅立たれるのですか?」

「えっと、その、はい」


 少しバツが悪そうに後頭部をかいているライは腰を低くした。


「別に怒っているわけではありませんよ。それよりもこちらが予想していたよりもお早い出発で少し驚いただけです。ちなみにどちらへ向かわれるのですか?」

「北です。ずっと北の方です」


 その時、ベルニカは思わず構えてしまいそうになった。目の前にいるライから尋常ではない殺気が放たれたことにより、彼女は咄嗟に武器を抜きそうになったのだ。その事にベルニカは取り乱さないように心を落ち着かせる。


「そうなんですね。私達も用事を済ませたら北に向かうことになるのでまた会うかもしれませんね」

「そうなんですか。運が良ければ・・・・・・また会えるかもしれませんね」


 その一言が妙に引っかかったベルニカ。しかし、追及することはしなかった。彼が一瞬だけ覗かせた底冷えするような一面にベルニカは警戒心を抱いたのだ。これ以上、踏み込んではならないとベルニカは社交辞令のような別れの挨拶をしてライと別れるのであった。


「…………考えを改めなければなりませんね。彼はお嬢様には危険かもしれません。アレ・・は人ではない。何かもっと別の……」


 それ以上は考えなかった。考えれば考えるほど暗い気持ちになるから。ベルニカはライを危険人物と断定したのだった。

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