第33話 「綺麗な剣ね」
宿へ帰った一行は詳しい話をライから訊くため、彼の部屋に集まった。一人部屋だったので四人もいると狭い。それにエドガーが人一倍大きいので圧迫感が凄まじい。彼、一人だけとても窮屈そうにしている。
「さてと、それじゃ、一から十まで全部話してもらうかしら」
鎧を脱いでラフな格好をしているアリサはドカッとベッドに腰を下ろした。尊大な態度に両腕を組んでライを見下ろしていた。
「えっと……」
『主よ、戦っている姿を見られていないのだ。誤魔化せるぞ』
『そうですね。私だけ見せれば向こうも納得すると思いますよ?』
「(でも、子供達が話してたりしないかな?)」
『その心配はなかろう。もし、知っていたら最初から問い質しているだろう』
「(あー、確かに。じゃあ、エルだけ見せれば納得するかな)」
『恐らく大丈夫だと思いますよ』
「(それじゃ、それでいくか)」
脳内会議を終えたライは三人が見ている中で聖剣を取り出した。その光景を見ていた三人は驚きに目を見開く。突然、ライの手から剣が現れたのだ。三人も様々な経験をしているだろうが、人の体の中から剣が出てくる瞬間など見たことがないだろう。
「ちょっ! 何よ、それッ! どっから出したのよ!?」
「え? どこって体の中からですけど……」
「え! 何? 私がおかしいの!?」
見てわからないのかと不思議そうに首を傾げているライにアリサは混乱して二人へ確かめるように目を向けた。当然、二人も原理が全く分からない目の前の光景に混乱していた。
どうやら、自分は正常でおかしいのはライの方だと分かったアリサは一度落ち着くように深呼吸をする。
「すう……はあ……。よし。えっとライって言ったわね。あんたのそれはなんなの?」
「剣ですけど?」
「見たらわかるわよ! だから、それが一体どんな剣なのかを教えなさいよ!」
「あ、そういうことですか。えっと、これは聖剣エルレシオンと言いまして」
「ちょっと待ちなさい! 聖剣? 今、聖剣って言った?」
「え、ええ、そうですけど……?」
これをどう見れば剣以外に見えるのだろうかと首を傾げるライだが、彼女が気になっている部分はそこではない。聖剣という単語だ。現在、聖剣と呼ばれるのは彼女が持っている炎の聖剣イグニスレイドだけだ。
それなのにライが平然と自分が持っている剣を聖剣だと言うものだから彼女は驚いているのだ。なにせ、聞いた事も無いのだから。
「もっとよく見せてもらえるかしら?」
「(エルって渡しても問題ない? ブラドみたいに魔力とか吸収しない?)」
『問題ありませんよ。彼女が人間であるなら持つことは出来ます。ただし、私との意思疎通は不可能で能力も発動しません』
「(じゃあ、大丈夫か)」
念のため、エルレシオンに確認を取ったライはアリサに聖剣を渡した。すんなり聖剣を手放した事にアリサは驚愕した。普通、聖剣は国宝に等しい価値がある。いくら相手が勇者であろうとそう簡単に渡していい代物ではない。
だというのに、彼は簡単に手放した。それが意味するところは主に二つ。彼が超弩級の間抜けか、奪われても取り返せる自信がある強者かだ。
「むむむ」と唸りライを見詰めるアリサは眉間に皺を寄せていた。
「あの……」
「な、なによ!」
「剣を見なくていいのですか?」
「い、言われなくてもこれから見るわよ!」
「そ、そうですか……」
なんで怒っているのだろうかと不思議に思うライは首を傾げるばかりで、アリサが何故怒っているのかを知ることはなかった。
「…………」
その一方でアリサはライから受け取った聖剣エルレシオンに目を奪われていた。その全てが美しかった。今、彼女は自身の手にある聖剣がこの世のものとは思えないほどに美しいと感じていた。並の者なら、その美しさに目を眩ませライから殺してでも奪い取っているだろう。
しかし、彼女は勇者だ。それに炎の聖剣に認められているほどの人間だ。そのような愚行は犯さないだろう。
「綺麗な剣ね」
たった一言。されど、その一言に彼女の感情全てが込められていた。アリサの短い言葉を聞いたライは静かに聖剣を受け取った。もっと、色々と追求されるのかと思っていたが、思ったより拍子抜けであったとライは気軽に考えていた。
「それで、その剣はどこで手に入れたの?」
「少し暗い話になるんですけど、いいですか?」
「じゃあ、いいわ」
「え? いいんですか?」
「だって、その話ってきっとあんたの話したくない過去とかでしょ? もしくは思い出したくない過去とか」
当たっている。アリサの推測は正しい。聖剣を手に入れた過程はライにとって苦く辛い思い出でもあった。出来るなら話したくないし、思い出したくもない過去だ。
「そうです……」
「そ。それなら無理して話さなくてもいいわ。私としてはあんたが聖剣の所有者って分かっただけで十分だし」
「それでいいんですか?」
「それだけ分かれば十分じゃない? だって、私も聖剣に選ばれてるんだし」
アリサにとってこれ程単純な話はない。ライも聖剣に選ばれているということは、彼女と同じと言っていいのだ。つまり、ライも彼女からすれば勇者なのだ。ならば、疑うようなことは何もない。
「あんたが勇者かどうかは分からないけど……聖剣を持った以上は戦いなさい」
「はい……!」
呆気ない終わりにブラドとエルレシオンは渇いた笑みを浮かべていた。それと同じくアリサの護衛を務めているベルニカとエドガーも曖昧に笑っていた。これからも、彼等は己の主人に苦労する事だろう。
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