第32話 事情説明

「ところであんたがそこの獣人を殺したの?」


 そう言って彼女が指差したのはライが何度も刺し殺した獣人の死体だった。


「そ、そうです」

「ふーん。武器は?」


 もっともな質問だった。今のライは何も装備していない。服は所々破れており、戦闘をした跡はあるが獣人を倒したという証拠がない。なにせ、ライが持っている武器は弓矢だ。それも最初に獣人に蹴られた際に地面に散らばったまま放置している。

 つまり、今のライに獣人を倒したという明確な証拠になる武器がない。


「怪しいわね……。確か、魔族の中には人に化けるのが上手な奴がいるって聞いたことあるけど、もしかしてあんた……」


 武器も持っていないライが獣人を倒したとは思えないアリサは鋭い目つきで彼を見据えたまま剣を抜こうとした。


「ま、待ってくれ! 俺は人間だ! それにこの獣人を倒したのはホントで……えっと、その……」

「何よ、言いたいことがあるならはっきり言いなさいよ」

「…………」

「黙ってたら分からないわよ。それとも何か言えないことでもあるわけ?」

「…………そうです」


 辛そうにしているライの顔を見てアリサは剣を抜くのをやめた。ひとまず、彼の話を詳しく聞いてからでもいいだろうと判断したのだ。たとえ、ライが敵だろうと自分なら負けないという絶対の自信が彼女にはあった。


「そ、いいわ。今は聞かないであげる。子供達も心配だし、一旦町へ戻りましょう。話はそれから聞くわ」

「あ、ありがとう」

「お礼はこっちのセリフよ。あんたは知ってか知らずか分からないけど、私のパパの領内の子供を助けてくれたんだから」

「へ……? パパ? あの、もしかしてアリサさんのお父さんってゼンデス様ですか?」

「そうよ? ゼンデス・グレアム。それが私のパパ。そして、私が娘のアリサ・グレアム。よろしくね」


 なんともまあ数奇な出会いであった。まさか、つい先日聞いた話の主と遭遇するとは夢にも思わなかっただろう。しかし、話に聞いていた通り、強烈な人物だなとライは改めて思った。


 それからライは彼女たちに合流して一緒に町へ戻ることになった。その途中でライは助けた子供達を発見する。どうやら、子供達は四人の帰りを待っていたようだ。


「お兄ちゃんッ!」


 子供達の中にいた一人の少女が飛び出す。彼女はライに短剣を渡された少女だ。ライもそれが分かり飛び出して来た彼女を受け止める。


「おっと、大丈夫だった?」

「うん! アリサちゃんがいたから大丈夫だったよ!」

「そっか。無事でよかったよ」

「助けに来てくれてありがと、お兄ちゃん!」


 お礼を言われて満更でもないライだったが、自分のせいで彼女達を怖い目に合わせてしまったことを思い出して少し落ち込んだ。それを見抜いたのか、ライの背中をアリサが叩いて励ました。


「私が助けたけど、あんたがここに来なかったらこの子達は人知れずに食い殺されてたわ。だから、あんたが助けたと言ってもいいの。だから、もっと胸を張りなさい」

「ッ……ありがとう」

「ふふん、これも勇者の務めよ。ほら、もっと笑いなさい!」

「ああ!」


 励まされてライはアリサに言われた通り笑みを浮かべて子供達を安心させた。これが彼女の魅力の一つなのだろうとライは知るのだった。


 その後、四人は子供達を保護して町へと戻った。


 ◇◇◇◇


 町へ戻った一行は子供達を家族の下へ返しにいく。全ての家族が泣いて喜んだ。もう二度と帰ってくることはないだろうと諦めていたのだから、それも仕方がないだろう。最後にライは酒場にいた男の下へ向かった。運命の悪戯か、それともただの偶然か、最後に残ったのはライが一番最初に助けた女の子で短剣を渡した子でもあった。


「君がタリアちゃんだったのか……」

「お兄ちゃん。私の名前知ってたの?」

「君のお父さんと約束してたんだ。君を必ず見つけ出すって」

「へえ~、そうだったんだ!」


 そのような会話を終えてタリアの父親が待っているであろう家に向かった。家の戸を叩くと、タリアの父親が出てくる。彼はライの顔を見て驚き、それからタリアを見て泣き崩れた。


「おお……おおお……タリア~ッ!」

「ただいま、お父さん」

「うっ、うぅぅ、よかった、ホントに良かった!」


 ひとしきり泣いた後、タリアの父親は立ち上がりライの手を取って何度も頭を下げた。


「なんてお礼を言ったらいいか分からないけど、本当にありがとう! 君は恩人だ! 俺に出来る事ならなんでもしよう! なんでも言ってくれ!」

「いや、いいですよ。それよりこれからもタリアちゃんを大切にしてください」

「ああ、それは勿論だ!」

「それだけでいいです、俺は」

「しかし、そういうわけには……」


 と、ライがお礼を断ろうとしていたら後ろで見ていたアリサが彼の頭を叩いた。


「痛ッ! なにするんですか!」

「あのね~、こういう時は素直に受け取っておくべきなの! 向こうは命よりも大切なものを助けてもらったんだから、何かしてあげないと落ち着かないのよ?」

「そ、そういうものなんです?」

「自分の立場になって考えてみなさいよ。モヤモヤするでしょ?」


 言われてみれば確かに何とも言えない気持ちになる。なるほど。確かにこれは気持ち悪いとライは納得した。


「じゃあ、その俺旅をしてるんでお金を貰えれば……嬉しいです」

「おお、そうか! わかったよ! ちょっと待っててくれ」


 嬉しそうにタリアの父親は家の中へ引っ込んでいく。それからすぐにタリアの父親が子袋を持って出てきた。彼が持っている子袋の中身はお金だろう。それを彼はライに笑顔で渡した。


「さあ、受け取ってくれ!」

「ありがとうございます」

「いやいや、お礼を言うのは俺の方だよ。本当にありがとう!」


 そうしてライはタリアの父親からお礼を受け取って別れた。


 これで獣人に誘拐されていた子供達を全員家族の下に送り届けたので、ライは約束通りアリサ達に事情を説明すべく宿へ戻った。

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