第36話 新たな勇者誕生

 ライが誘拐事件を解決してから一か月が経過した。今、ライは新たな町へ来ている。以前のように何か事件が起きている訳でもなく、活気に溢れている町だ。道行く人たちの顔は生き生きとしている。


『平和だな。戦争しているとは思えん』

「(まあ、ここはまだ前線から遠いからね。関係ないんだと思うよ。実際、俺の村も前線から遠かったから平和だったんだし……)」

『人の寿命は短いですからね。恐らく死ぬまで魔族を見ることもない人もいるのではないでしょうか?』

『ふむ、そういうものか』


 エルレシオンの言う通り、ほとんどの人間は魔族を見ることもなく生涯を閉じる。だが、例外も当然ある。それがライの村だ。辺境の地にあっても魔族が来ることはある。何故ならば、魔族には人間にない飛行能力を持った種族がいるからだ。ライの村を襲った魔族も飛行能力を持っていた。


 だから、一概に絶対安全とは言えないのだ。まあ、尤もライのように魔族が襲ってくるようなことは滅多にない。


「(とりあえず、宿を探そう。シュナイダーを預けても良さそうな宿を)」

『そうですね』

『うむ。後は飯が美味い宿だな!』

「(はいはい。分かってるよ)」


 相変わらず食い意地が張った魔剣だなと笑みを零しながらライは宿屋を探した。見つけた宿屋は以前宿泊した宿屋より料金が高かったが馬を預けることが出来るのがこの一軒だけだったので我慢した。


「お金も無限じゃないから出来るだけ節約したいんだよな~……」


 宿のベッドで横になっているライは天井を見つめながら愚痴を零した。ライはゼンデスから譲り受けたお金がまだあるが、それでも無限ではない。いずれ底を尽きてしまうのだ。そうなれば宿屋に泊まることはおろか町で食料や水を買うことも出来なくなる。


 とはいってもライは狩人をやっていたので食料などは道中の猪や鹿といった野生動物がいるから問題はない。一番の問題は安眠が出来ないことだ。町は衛兵などがいて安全を確保してくれているから宿で安心して眠ることが出来るのだが、野宿ではそうはいかない。


 狼や野盗といった危険があるのだ。その為、ライは野宿の際はいつでも起きれるように浅い眠りに留めている。そのせいで野宿が続いた際は寝不足で万全の状態ではないことが多い。そんなところに、もし魔族と遭遇したらひとたまりもないだろう。


『何か稼ぐ方法はないのか?』

「強いて言えば傭兵になることかな……」

『傭兵ですか……』

「どうしたの、エル? 傭兵に何かあるの?」

『いえ、かつて私の持ち主だった方に傭兵の方がいましてね……。金にがめつい方で、よく人を裏切っていました』

「へえ~。エルの所有者の中にも悪人みたいな人はいるんだな」

『まあ、金にがめついから悪人という事はありませんでしたがお金で簡単に人を裏切るのはどうかと思ってます。とはいえ、お金がなくては生きていけないのは確かですが……』

『そうだな。我等も金が無くなればそうなるかもしれんな』

「考えたくはないけど、そうなるかもね」


 傭兵になっても路銀を稼ぐこともあるかもしれないと結論付けてライは話を終えて、外へ出て行くことにした。


 何か情報はないかと酒場を求めて町を歩いていると、一人の少年が紙の束を持って道の真ん中で大声を出した。思わずライがそちらに顔を向けると少年が一枚の紙を手に取って大きな身振り手振りで宣伝を始める。


「号外! 号外だよッ! 新しい勇者が生まれたッ! 雷の聖槍に認められたのはアル! アルバ村のアルという青年ッ! さあさあ、この新聞に新たな勇者様の事が書いてあるから早い者勝ちだよ!」


 遠くから聞こえるその声にライは足が止まった。先程耳にした名前はなじみ深いものだ。いいや、なじみ深いどころではない。幼馴染にして憎き恋敵。ライにとってその名前は禁句に近いものだ。


「アルが勇者……? ハハ、冗談だろ?」


 引き攣った笑みを浮かべてフラフラとライは新聞を知っている少年に近寄る。人ごみをかき分けて中心にいた少年を見つけるとライは彼の肩を掴んだ。


「なあ、アルが勇者って嘘だろ……? なあ!」

「な、なんだよ、あんた! 離せよ!」

『主ッ! その少年に聞いても意味がない! 新聞を買うんだ!』

「ッ……。ごめん。一部くれ」

「ああ、はい。お兄さんさ、新しい勇者の事知ってるのか?」

「…………いいや、知らない」

「そっかー。知ってたら色々と話を聞きたかったんだけどな」


 その後、ライは覚束ない足取りで宿へ帰った。その手に新聞を握りしめていた。


 宿屋へ帰ったライはベッドに腰かけて少年から買った新聞を読んでみた。その内容は弱冠十六歳の青年アルが雷の聖槍ライトニングに選ばれたというものだった。

 その記事には色々と書かれており、アルは新たな勇者として最前線へ向かうことになったと書かれていた。その内容を読んだライはくしゃりと新聞を握りしめてワナワナと震え始める。


 ギリギリと歯を鳴らし、その表情は嫉妬に塗れている。


「なんなんだよ、お前はッ! どうして、お前ばっかり! なんで、なんでだよ……ッ! ちくしょう……ちくしょう!」

『マスター……』

『今は静かにしておこう』


 どうしようもないほどにライは荒れた。幼馴染であるアルは勇者にまで選ばれて、どこまでも特別な存在が羨ましかった。せめて自分にも何かあってもいいではないかと嫉妬の嵐だ。魔剣と聖剣に選ばれていることを忘れてライはアルを憎んだ。


 ひとしきり愚痴を零した後、ライは不貞腐れてしまう。新聞をズタズタに引き裂くとライは布団の中で丸くなって眠るのであった。


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