第37話 荒れる

 その日の晩、ライはいつものように精神世界でブラドと剣の鍛錬を行っていた。しかし、昼間の出来事がライの精神に大きな影響を与えているようでいつも以上に精彩さを欠いていた。


『主。今日はここまでにしておこう』

「まだだ! まだ続けるぞッ!」

『今の主では無理だ。これ以上は精神が持たんぞ』

「ブラド! 俺は弱い……! この世界で誰よりも……ッ!」

『……そうだな。魔力や闘気を持つ者達に比べたら主は弱い。下手をしたら最弱と言っていいかもしれん』

「そうだ! だったら、その差を少しでも埋める為に我武者羅にならないでどうするんだよ! こんなんじゃいつまで経っても……敵討ちなんて出来やしないッ!」

『その通りだ。だが、今の状態では鍛錬も無意味なものとなる。その理由くらいは主は分かっているだろう?』


 当然理解していた。ライは自分がただ嫉妬に駆られて荒れているだけだと。その嫉妬により生まれた怒りを、ただブラドにぶつけているのだ。鍛錬と称した八つ当たりである。


「……わかってる。こんなことしても意味がない事なんて……! でも、そうでもしないとやってられないんだよ!」

『比較するなとは言わん。しかし、拘りすぎるのはよせ。主は主だ。他の者とは違う才能が』

「どこにあるんだよ、そんなもの!」


 自分に特別なものなど何もないことなど理解しているライはブラドに向かって吠える。魔剣と聖剣に選ばれたのは特別なことだろう。それこそ二人がかつて言っていたように前代未聞のことだ。


 だが、それがどうした。


 二人は資格さえあればライではなくともよかったはずだ。ブラドは圧倒的な魔力量を持っていれば持つことが出来る。エルレシオンは彼女に認められた人間なら誰でも構わない。


 本来ならライが持つことなど烏滸がましいことなのだ。選ばれるべき存在が他にもいたはずなのに、二人はライを選んだ。それが間違いだったのだとライはマイナス思考に陥っている。


「……なあ、ブラド。言ってくれよ。俺にどんな才能があるって言うんだ」

『主には類まれな精神が――』

「それはもう聞き飽きた! それ以外に何があるんだよ!」

『…………』

「ほらな。何もないから言えないんだ。結局、俺なんて二人がいなければ何も出来ない凡人なんだよ……」


 慰めの言葉は何も浮かばなかったブラドはただ静かにライを見つめていた。ブラドはかつての契約者達の事を思い出していた。

 誰も彼もが才能に満ち溢れている者ばかりであった。ライのように魔力も闘気もない只の人間など一人もいなかった。


『主よ、我は多くの契約者を見てきた。確かに才能で言えば主は史上最低だ。このようなことを言うのは卑怯だと思う。だが、敢えて言わせてもらおう。たかが、この程度で諦めるつもりか?』

「…………そんなわけないだろ」

『ならば、立て。劣等感に苛まれようとも立ち上がるのだ! 先程の言葉を思い出せ! 自分のような凡人は我武者羅にならなければならないと、そう言ったのは主であろう!』

「ああ、そうだ……ッ!」

『さあ、立ち上がれ。どんなに苦しかろうと辛かろうと主が出来ることは一つだ!』

「……強くなることだけ」

『分かっているなら剣を取れ。休んでいる暇はないぞ!』

「ああ、ああッ!」


 情けない話だがブラドはライの復讐心を煽るような事を言って奮い立たせた。今、ライは劣等感に苛まれ挫けていた。それを奮い立たせる方法は一つしかない。劣等感すら霞んでしまうライの復讐心に訴えかけることだ。そうすればライは立ち上がる。故郷を家族を殺されたライの最大の原動力は純粋な怒りである。


『無茶をしましたね』

『ああ言うしかなかった……』

『私も同じ事言うと思います。貴方と同じく私の契約者の中でもマスターは一番非力でしたから……』

『情けない話だ……。たった一人の青年の心さえ救えぬとは……』

『本当にそう思います。悠久の時を生きているというのに……』


 鍛錬が終わりライが就寝している間、ブラドとエルレシオンは自己嫌悪に陥っていた。ライは類まれな精神の持ち主でもあるが、まだ未熟な部分は沢山ある。だから、今回の出来事は精神に大きな負担を与えてしまった。

 本来であれば二人がフォローしなければならなかったがライからすれば二人の言葉など持っている者の言葉でしかなかった。だから響くことはない。ライと同じように持たざる者の言葉であったならまた違ったかもしれない。


「……ごめん。ごめん、父さん、母さん」

『……寝言か』

『今回みたいに精神に大きな負担がある時はいつもですね……』

『一番苦しんでいるのは主自身か……』

『己の非力さを一番憎んでいるのでしょうね……』

『我等は剣。ただの道具だ』

『優しく頭を撫でてあげることも出来ません……』


 寝言を零したライを慰めることも出来ないと嘆く二人。いつの日か、ライの側に寄り添える人物が現れることを願うだけだった。


 ◇◇◇◇


「……もう朝か」

『おはよう、主』

『おはようございます』

「おはよう……。あー、二人とも、昨日はごめん。沢山酷い事言って」

『構わぬ。溜め込んで鬱になるよりはマシだろう』

『そうです。私達なら気にしませんから遠慮なく仰ってください」

「ありがと……」


 その後、朝食を取って鍛錬に励んだ後、情報取集の為に町へ出掛けるのであった。

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