第115話 頼み
昔話に三人が花を咲かせていたら、メイドがお茶菓子を持ってくる。それを受け取った三人は話を続けた。
とはいえ、ほとんど話し終えたので喋りすぎて疲れてしまった喉を癒す為にお茶を飲む。お茶を飲んで、その味に感想を言って、また昔話に戻ってしまう。村では一生味わう事も出来ないようなお菓子を口にしながら。
やがて、お茶菓子も無くなり、話題も尽きた。静まり返った三人であったが、ふとアルがライの目を見て真剣な表情をする。こういう時は、真面目な話だろうとライも気を引き締めた。
「なあ、ライ。俺と勝負してくれないか?」
「勝負? なんのだ?」
「惚けるなよ。お前も分かってるだろ?」
アルの雰囲気からライも気がついていた。アルは今のライと戦ってみたいことを。一体どれ程のものなのかとアルは知りたいのだ。ライの実力を。そして、自分とどれだけ離されたかを。
「本気でか?」
「ああ。ここには聖女シエル様もいる。お互い本気戦っても問題はないだろ?」
「下手したら死ぬぞ? それでもいいのか?」
「流石に死ぬのは勘弁だ。でも、全力で頼む」
「…………」
間違いなくアルは本気だ。冗談を言っているような空気ではない。そのことにライは頭を悩ませて返答に詰まってしまう。果たして、どのように答えればいいのかと。
「ちょ、ちょっと! アル、ライ! やめてよ! 明日には移動しなきゃならないんだよ! 無駄に体力を使うのはやめたほうがいいし、それに他の勇者達に怒られるよ?」
ミクの言う事ももっともだ。今ここで二人が戦えば他の勇者達に迷惑が掛かってしまうだろう。明日には最前線へ向かって出発しなければならにのに、無駄な体力を消費してどうするのだと責められるに違いない。
だとしても、アルは引けなかった。ちっぽけであるが男のプライドがそうさせている。どうしても確かめたくて仕方がないのだ。白黒の勇者と呼ばれ、アリサとシエルに慕われており、今回の作戦の鍵になっているライと自分がどれだけの差があるのかを。
「ミクの言うとおりだとは思う。でも、お前は違うんだろう? アル」
「ああ。これは俺の我が侭だ。ミク、ごめんな。どうしても知りたいんだよ、俺は。ライとどれだけ違うかを」
「……アルの馬鹿。本当は止めないといけないんだけど、引けないんでしょう?」
「うん。ごめん」
「じゃあ、いいよ。アルの好きにすればいい。でも、次は無いからね」
「わかってるさ」
ミクのお許しも出たことで三人は稽古場へと移動する事になる。その道中、ライがアリサとシエルを呼び出した。
ライは二人に事情を説明して一緒の稽古場へ向かおうとしたのだが、アリサがいい機会だからと言ってダリオス達といった勇者達を全員稽古場へ呼び寄せた。
思わぬ事態になってしまったアルとライは後で怒られたりしないだろうかと怯えつつも、稽古場に辿り着いた瞬間、不安な気持ちは吹き飛んでいった。
「へえ~。まさか、アルとライが試合をね……。片や、最前線で鍛えられている
「ライだろう。ヴィクトリアにも勝っているのだぞ。アルも発展途上でも見込みはあるが……ライには遠く及ばん」
ダリオスに横にいたヴィクトリアは思わぬ方向からの攻撃により精神的ダメージを受けて致命傷である。胸の内を抉られてヴィクトリアは吐血している。まあ、悪いのは喧嘩を売っておいて無様に負けてしまったヴィクトリアなので自業自得であった。
「はっきり言いますね~。まあ、俺は彼のこと知らないんで、この機会に知っておきますよ」
ヴィクトリアの事情はさておき、ライの事を断片的にしか知らないクロイスは丁度いい機会だと笑っていた。ダリオスが認め、アリサが惚れて、シエルが夢中になっている件の
「随分と見物客が増えたな……」
「なんかすまん。俺のせいで」
「いや、いいよ。シエル様を呼んだ時点でこうなるってことくらいは予想してたからな。でも、まあ、まさか皇帝陛下まで来るとは思ってなかったけど……」
そう言って稽古場の外にいた皇帝ノアから視線を外してアルは苦笑いする。ライも同様に苦笑いをしている。勇者が全員集まってくることは予想はしていたのだが、ノアは全くの予想外だった。
政務を抜け出してきたのだろうが、緊張感が生まれてしまう。とんでもない事になってしまったと二人は渇いた笑みを浮かべた。
「ハハハハ~……」
引き攣った笑顔をしていた二人だったが、審判役を務めてくれるアリサが中央に来ると、表情を引き締めた。
これから、試合が始まる。アルとライの本気の勝負。恐らくは、無事では済まないだろう。
「それじゃ、準備はいい?」
中央に立つアリサは二人に問い掛ける。その問いに答えるようにライは聖剣と魔剣を構え、アルは雷槍ライトニングを構えた。
両者、準備は万端。後は合図を待つだけとなる。二人のまとう雰囲気が変わったのを見てアリサは手を挙げる。
「いざ、尋常に……始めッ!」
アリサの手が振り下ろされて試合が始まった。
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