第116話 誰だって同じ

 試合が始まり、どちらが先に動くのだろうかと観客が固唾を飲んで見守っていたら、先に動いたのはアルだった。

 彼は駆け出して手に持つ雷槍ライトニングを突きを放つ。至極、真っ直ぐな突きと侮ってはいけない。雷槍ライトニングは名前の通り雷の如く閃光を迸らせる。

 けたたましい音が耳をつんざき、稲妻の如く青白い閃光がライを襲う。


 真っ直ぐ向かって来る稲妻にライは驚くこともなく、淡々と受け止めて見せた。


「ッ……」


 アルは出し惜しみなしで本気の一撃を放ったつもりだった。それが、まさかこうもあっさり受け止められるとは思いもしなかった事だろう。アルは目の前の光景に息を呑み、動揺していた。


「終わりか?」

「へッ……! まだだよッ!!!」


 後ろへ跳ぶように下がったアルは連続で突きを放つ。そのどれもが速く、並大抵の人間なら体が穴だらけになるだろう。

 しかし、相手は人外のライ。しかも、四天王の三人と死闘を繰り広げた猛者である。何十、何百と雷速の突きを放たれようとも当たる事は無い。全て紙一重で避けるライはアルの懐へと侵入した。


 すぐさま、身を翻してアルはライから距離を取り、ライトニングをくるりと反転させて石突で迎撃する。

 が、やはり当たらず。アルの石突は軽く体を仰け反らして避けられる。勿論、アルは手加減など一切していない。本気でやっている。ただ、ライの反応速度がおかしいだけだ。


雷槍ライトニング使ってる時のアルってヴィクトリアにも匹敵する素早さだよな?」


 引き攣った笑みで稽古場で戦っているライを指差すクロイスはダリオスに話しかけている。クロイスの言葉を聞いてダリオスは頷いた。


「ああ、その通りだ。経験を積んでいればどこから攻撃が来るのかをある程度予測出来るが……ライのあれは見てから反応している」

「ハハ、マジかよ……」


 もう笑うしかないだろう。アルも弱いわけじゃない。むしろ、最近ではヴィクトリアにも負けず劣らずの実力を有しているのだ。

 しかし、目の前の光景はどうだ。雷槍を手にして本気で戦っているアルが手も足も出ない。まるで、手の平で転がされているようにしか見えないのだ。


 クロイスは知っている。アルが先輩である他の勇者に負けないよう必死で努力している事を。だからこそ、面倒を見ており応援しているのだ。


 それゆえに歯痒い。応援しているアルが何も出来ない様を見ているのが。


 クロイスは勘違いしている。彼はライが聖剣と魔剣に選ばれた特別な人間だと。聖弓に選ばれているクロイスは聖武具がどれだけの力を人にもたらすかを理解していた。

 多くの研鑽を積み、聖弓に選ばれたクロイスはそう簡単には勇者になれないことを痛感していた。


 だから、ライの事をあまり好んではいない。どうせ、聖剣と魔剣による加護バフで強くなって調子に乗っているくせにと心の中では思っているのだ。


 しかし、実際は違う。ライは確かに聖剣と魔剣に選ばれはしたが、その後は想像を絶するような苦労ばかりだ。

 最初は闘気も魔力も一切なく、戦闘技術もない全くのど素人。それでも必死に足掻きながらも仇を討つ為にひたすら前を向いて走ってきたのだ。


 常に相手は挌上。自分よりも圧倒的に強い敵とばかりライは戦ってきた。それこそ、何度も死の淵に立たされ、命を賭けて戦った。何も知らないからといってライを否定するのはどうかと思うが、何も知らないからこそ仕方なきことだろう。


「ふう、ふう……」

『主よ、彼の実力はもう分かっただろう?』

『マスター。本気の一撃で終わらせてあげるのも慈悲ですよ?』

「…………」


 アルは決して弱くは無い。ただ、相手が悪かった。これが村を出た時のライだったならば完全勝利は間違いなかったのだろうが、復讐の旅路で多くの強敵と戦ってきたライは今や人類最強と呼んでもいいくらい強くなっている。

 それこそ、ダリオスやアリサでも勝てないくらいに。もう何年かあればいい勝負は出来たのかもしれないが、それは例え話だ。それに、アルが強くなるのなら当然ライも強くなるので本当にいい勝負が出来るかどうかは分からない。


「アル……」

「もう分かってる。俺はお前に勝てない。一思いにやってくれ」

「……ごめん」

「いいさ。俺が弱いだけだ。お前は何も悪くない」

「…………ごめん」

「謝るなよ。余計惨めになるだろ」

「……わかった。アル、見てくれ。今の俺の最高の一撃を」

「おう! 特等席で見てやるよ!」


 ニカッと笑うアルにライは闘気と魔力を解放して聖剣と魔剣を振りかぶった。真っ直ぐに振り下ろされる二振りの剣は吸い込まれるようにアルへ直撃する。

 普通なら即死だろうが、そこは聖剣と魔剣。アルに直撃する直前で鈍らと化して、胸部を粉砕するだけに終わった。


「アルッ!!!」


 ライに斬られて吹き飛ぶアルにミクが駆け寄る。そこへすかさず、シエルが近寄りアルを治療した。

 淡い光に包まれたアルはすぐに完治した。勇者のアルでなければ即死であっただろう。いくら聖剣と魔剣が鈍らになったとはいえ、ライが本気で叩き付けたのだ。良く死ななかったものだと褒めてもいいくらいだ。


「ゴホッ……ハア。思った通り、やっぱり強いな、ライは」

「お前らと別れてから色々とあったからな」

「そっか。なあ、ライ」

「なんだ?」

「父さんや母さんは死んだのか?」

「何言ってるんだ。そんな訳ないだろ」


 平然を取り繕ってライは嘘を吐くが、アルにはお見通しだった。


「もう嘘を吐かなくていい。お前が嘘を言ってるくらい分かってる。俺らのことを気遣ってくれてるんだろ?」

「何言ってるかさっぱり――」

「ライ。お前、嘘吐くとすぐに右下を見る癖があるって知ってたか?」

「え?」

「なんて嘘だよ。でも、その反応を見る限りだと、やっぱり嘘吐いてたんだな」

「…………ごめん」

「いいさ。お前にも事情があったんだろ? でも、本音を言えばお前の口から聞きたかったよ」

「ごめん、俺……」

「本当ならなんで嘘吐いたんだーとか、どうして黙ってたんだーとか、怒鳴りたいけどさ、村から出て色々と学んだんだよ、俺も。多分、お偉いさんが言うなって釘刺してたんだろ? ほら、俺は勇者だから家族の仇だーとか言って無謀な行動させない為に」

「……お前、凄いな」


 全部当たっていた。アルの言うとおり、上層部は勇者の暴走を恐れて情報を隠匿していたのだ。

 アルはその意味を理解している。自分がどのような立場になったかを理解し、上層部の思惑も見抜いていた。

 だからこそ、ライを咎めるような事はしない。彼にも彼なりの事情があったことくらいは分かる。だって、幼馴染なのだから。


「なあ、アル。確かに俺は口止めされてたけど、言うつもりは最初から無かったんだ。あの日、魔族がうちの村に現れて家族を殺された時、俺は復讐を誓った。だから、その復讐は俺の手で終わらせようと決めたんだ。誰にも譲らない。たとえ、それが幼馴染のお前であっても……そう決めたんだ」

「その場にいなかった俺には復讐する権利がないってか? 同じ故郷の出身だって言うのに」

「そうじゃない。お前にだって当然ある。だけど、あの日、何も出来なかった俺は沢山泣いたし、死ぬほど後悔した。でも、今は違う。戦う力がある。後一歩の所まで来てるんだ。だから、頼む。俺に任せてくれないか?」

「……そっか。お前がそう言うなら任せる。それに俺じゃ駄目なんだろ? いや、違うか。勝てないんだろ? 俺達の家族を殺した魔族に」

「やっぱ、お前凄いよ。良くそこまでわかったな」

「なんとなくだよ。まあ、それはいいさ。それよりも、俺とミクの分も任せる。お前なら出来るんだろ?」

「必ず。俺は必ず復讐を果たす」

「だったら、それで許してやる。本当は一発くらい殴ってやりたかったけどな」

「一発くらいなら問題ないぜ?」

「言ったな、この野郎!」


 そう言ってライの胸を叩くアル。そこにミクも加わり、かつての仲が良かった三人の幼馴染の姿があった。


「ハハハ、アルには敵わないかもな」

「何言ってるんだ、俺の方こそお前には敵わないよ。なんだよ、お前、アリサさんとシエル様と恋人って! あと、無茶苦茶強くなってるし! 嫉妬で爆発しちまいそうだぜ!」

「…………」


 一瞬、耳を疑い、ポカンと口を大きく開けたライだったが、ようやくアルの言葉を理解して大笑いする。


「ハハハハハハハハハ!!! そうか! そうだったんだな!!!」

「お、おい? どうした、突然笑ったりして。何か可笑しなことでも言ったか?」

「いや、違うさ。違うよ……ああ、ホント。俺って馬鹿だな~」


 アルとてライと同じく感情を持つ人間だ。今のライが羨ましいに決まっている。アリサとシエルの二人と恋人関係で勇者としても強いのだから、嫉妬するのは普通なのだ。凄いと思うと同時にライのことが妬ましいと思うのは不思議なことでもなんでもないのだ。


「(嫉妬してるのは自分だけじゃなかったんだな……)」

『むしろ、今の主の方が嫉妬の対象としては最悪だがな!』

『可愛い彼女が二人に加えて人類の希望となってますしね。幼馴染の彼からしたら、どうしてアイツなんかがと思ってしまうのも仕方ないですよ』


 結局、人間など誰しも一緒だ。違いなどそう大して無い。それをライはようやく知ったのだった。


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