第57話 お断りします
項垂れている兵士をよそに聖女シエルはライの手を取る。いきなり手を握られた事に驚くライへシエルは懇願するように、もう一度頭を下げた。
「旅の方、この度は本当に申し訳ありませんでした」
「ああ、いえ、もう気にしてないので大丈夫です」
そんな事よりも今は一刻も早くこの場を去りたいと思っているライ。どういうことか、先程からライへ向けていくつもの視線が向けられている。当然、様々な感情があるのだが、その中でも強烈なのが嫉妬である。
聖女シエルはその美貌もさることながら人望にも恵まれていた。それもそのはず。彼女は老若男女問わず怪我や病気で困っていれば無償で助けるのだ。人望があるのも当然の事だろう。
そのような慈悲深い聖女がどこの馬の骨とも知らない身なりの怪しい男の手を握っていれば、嫉妬する者が出てきてもおかしくはない。ライは先程からずっと嫉妬と殺意が入り混じった感情をぶつけられているのだ。
はっきり言ってかなり居心地が悪い。ライは聖女の手を振り払って全速力で駆け出したい気持ちになっていた。
「あの聖女様。もう謝罪は十分ですので離してもらえますか?」
「あ、これは失礼しました」
素直に手を離してくれたことにホッとするライだが、まだ周囲の視線は痛い。耐えられないことは無いが、これ以上シエルと話していると変な恨みを買ってしまいそうだとライは彼女から距離を取る。
「そ、それじゃ、俺はこれで失礼しますね」
「待ってください! お詫びとしてはなんですが、この後お食事でも一緒にどうでしょうか? 見たところ、まだ街に来られたばかりだと思うのですが……」
「(お断りします!!!)」
『何故、そう言わぬ』
「(だって、あっちの方見てよ! 多分、聖女様の護衛か取り巻きなんだろうけど人殺しの目しているよ! ついて行ったら殺されるに違いない!)」
『流石にそれはないと思いますが、何かしら嫌がらせはしてくるでしょうね』
「(だろ? じゃあ、なんとかして断ろう!)」
ライは後方で自分を連行しようとしていた兵士が聖女の護衛と思わしき兵士達に叱られてるのを見ていた。その兵士達が今は自分を睨んでいる。しかも、人がしていい目ではない。狂気や殺意を孕んだ恐ろしい目だ。
身の危険を感じたライはやんわりと断ろうとした。
「いえ、結構です。これ以上は迷惑になりそうなので」
「そのようなことはありません。むしろ、迷惑を掛けてしまったのはこちらなのですから、それくらいはさせて貰えませんか?」
『いい子だな』
『これは断り辛いですね、どうしますか?』
「(……助けて、シュナイダーさん!)」
頼れる相棒シュナイダーにアイコンタクトを送るライ。アイコンタクトを受け取ったシュナイダーは主の意図を察し、助けに動いた。
ライは突然カプリと頭を噛まれた。勿論、噛んだ相手はシュナイダーである。シエルのお誘いを断る切っ掛け作ってくれた結果だ。ただし、普通に頭は痛い。甘噛みなのだが痛いのだ。
「あの、すいません。どうやらうちのシュナイダーさんが不機嫌なようでして……。お食事の方はお断りさせていただきます」
シエルは突然ライの頭に噛み付いたシュナイダーに驚いていた。主人であろうライに噛み付くくらいなのだから、相当怒っているのだろうとシエルは推測する。ここは彼の言う通り、引き止めるのは不味いと思いシエルはライを解放することにした。
「すいません。私のせいで……その……頭が」
頭が無くなったわけでもないのだが、シエルは自分のせいでシュナイダーに噛まれたライを思い悲痛な表情を浮かべている。なにやら、重苦しいシエルの雰囲気にライは少し動揺してしまう。
「(なんか凄い罪悪感を感じるんだが……)」
『感受性が豊かな子なのだろう。主が気にすることは無いと思うが』
『優しい子なのでしょう。このような子を騙すのは確かに心苦しいですね』
「(そりゃ、俺だって聖女様一人だけなら良かったけど、背後にいる人達が怖い)」
ご飯を奢って貰えるのは有り難い話なのだが、流石に自分を睨みつけている人達とは一緒になりたくないというのがライの考えであった。
「えっと、それじゃ、俺はこれで」
「はい。また縁がありましたらお会いしましょう」
このような状況でなければ是非と答えたかったライだが、後方から飛んで来る殺気に何も言えずシエルの前から去っていった。
「助かったよ、シュナイダー。ありがとう」
「どういたしまして」と言わんばかりにシュナイダーは鳴いた。本当に頼りになる相棒を持てたことをライは幸運に思い、シュナイダーの鼻先をポンポンと軽く撫でた。
それからライは馬を預かってくれる宿屋を見つけて、シュナイダーを預けた。聖都なだけあって少し高くついてしまったが、仕方がないと納得した。
シュナイダーを預けたライはひとまず食料の調達と服の補充の為、宿から街へ移動した。
少し物価が高くて中々手が出せなかったが、ここで買わないとライは今後裸で戦う羽目になってしまう。それは流石に嫌だと思い、ライは渋々ながらも高い買い物をするのであった。
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