第56話 代わりに

 突如現れた少女により静まり返る人々。その数秒後に沈黙を破り、誰かが大声を上げた。


「せ、聖女様だ! 聖女シエル様だ!」

「おお! 我等が聖女様!」

「今日もお美しい……」

「心が浄化される……」

「なんて素敵なの……」


 聖女シエル。聖杖ルナリスに選ばれた今代の聖女。その圧倒的な闘気量から歴代最高とまで言われている。


『凄い……。彼女の闘気は今まで出会った中でも一、二を争うほどの量ですよ!』

「(いや、俺には分からないって……。ただ、彼女が只者じゃないってことだけはわかったけど)」

『まあ、普通の人間には分からんだろう。しかし、本当に凄まじいぞ。ただ……』

「(ただ? 何? 何かあるのか?)」

『彼女、今現在も闘気を消費してますね』

「(え、それってどういうこと?)」

『もしかして……聖都の結界は彼女が……?』


 エルレシオンは聖都が結界に覆われていることに気が付いていた。その事をライには教えていない。特に問題がないと判断したからだ。むしろ、都市一つを覆う結界があるところならライもゆっくり休むことが出来ると考えた結果だ。


 三人がシエルの事について話し合っている内に彼女はライの近くにまで来ていた。その事に気が付いたライはシエルの目を見る。どこまでも澄み切った空のように綺麗なスカイブルーの目がライを見詰めていた。


 シエルとライが見つめ合ってい所に、先程ライを連行しようとした兵士が聖女の方へ近寄り頭を下げた。かなり焦っているようで兵士は脂汗を額に浮かべていた。


「聖女様。あの、その、これは……」

「教えてください。どうしてこのような騒ぎが起こったのかを」

「は、はい。先程、私はこの男を目にして詰所まで連行しようとしたら反抗してきまして」

「いや、そんなことしてないんだけど」

「お前は黙ってろ! 聖女様、先程からこの男はこのような態度でこちらの話を全く聞こうとしないのです」


 反論はしたかもしれないが反抗はしていないライは兵士の言い分に待ったをかけるが、兵士は何も言わせないように怒鳴った。その兵士の対応に少しだけシエルの形のいい眉がピクリとしたが、誰も気が付かなかった。


「そうですか。何故、彼を連行しようと?」

「はい。それはこの男の格好が怪しかったからです。最近噂になってる謎の双剣士と類似してますので、念のために取り調べを行うつもりでした」

「……なるほど。事情は分かりました」


 そう言ってシエルは兵士からライの方へと体を向ける。兵士はうまく誤魔化せたと内心喜んでいた。が、その後すぐに兵士は顔を青くすることになる。


「旅の方、ご迷惑をお掛けしてしまい申し訳ありませんでした」

「なァッ!?」


 驚いたのはライではなく兵士の方だった。それもそうだろう。兵士は上手く誤魔化せたと思っていたのに、シエルはライに頭を下げたのだ。そう聖女がだ。この国でも聖王の次に偉いと言ってもいい身分の人間がただの一般人に頭を下げて謝ったのだ。これがどういうことか理解できない人間はいないだろう。


「聖女様! そのような怪しい男に貴女のような尊きお方が頭を下げてはなりません!」


 兵士が慌ててシエルに駆け寄り頭を上げるように言うが、彼女は聞く耳を持たなかった。


「黙ってください。今、私は彼に謝ってる最中です」

「いえ、黙りません! 聖女様、こんな奴に頭を下げる必要なんかないですよ!」

「いい加減にしてください! 貴方の目は節穴ですか? 彼のどこが謎の双剣士に見えると言うのですか! 確かに襤褸の布を纏って顔を隠してはいますが、どこにも双剣なんて見当たらないじゃないですか! それなのに貴方はただ襤褸の布で顔を隠してるからと言って、彼を一方的に批難して連行しようとしただけでなく剣まで向けて……! 貴方は自分が何をしたか自覚はあるのですか?」

「い、いや、私は言われたことをやったまでで……」

「聖王陛下から命令がていることは知っています。ですが、それはあくまでも双剣士が対象でしょう? 先程も言いましたが彼はどこにも剣の類を持っているようには見えません」

「そ、それはこれから調べるところでして……」

「調べるも何も見れば分かるでしょう? それとも彼がどこかに剣を隠し持っているとでも?」

「(すいません。隠し持ってます)」


 この場では誰も知らないがライの体の中には聖剣と魔剣が存在している。調べたところで分かりはしないが。


「う、うぅ……」

「……戦時で気が立っているのは分かります。だからといって、そのストレスを何の罪もない人にぶつけるのは違うでしょう?」

「はい……」

「(俺は何を見せられているのだろうか……?)」

『まあ、彼女の言っている通り、そこの兵士は戦時で気が立っていたのだろう。そこに主のような怪しげな男がフラッと現れたのだ。憂さ晴らしには丁度いいと思ってのことだったのだろう』

「(ひどい迷惑な話だ……)」

『そうですね。ですが、流石に自国の象徴とも言える聖女が代わりに頭を下げたのですから、彼も気の毒でしょうね。きっと、この先多くの人から後ろ指を刺されることでしょう』

「(ひえ~……。どんまいとしか言えないね)」


 ライは兵士に言われたことなど、もうどうでもよくなっていた。むしろ、これから先兵士に訪れるであろう未来を不憫に思い心の内で合掌していた。エルレシオンの言う通り、彼はこれから聖女に頭を下げさせた男として一生指を指されることになるだろう。

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