第58話 迷子

 買い物を終えたライは一度荷物を宿に預ける為に戻った。借りた部屋に入ったライは買った物を部屋に備え付けてある机の上に置くと自分はベッドに転がった。

 久しぶりの柔らかいベッドにライはこれなら今日はぐっすり眠れそうだと喜ぶ。しかし、まずはその前にいつもの日課である精神世界の修行を行う。


 精神世界での修行を終えたライは汗を流す為に宿の裏庭にある井戸へ向かった。冷水が火照った体を冷やす感覚が心地よい。汗を流し終えたライは部屋に戻り、買ってきた服を着る。


「おお……!」

『高いだけあって生地はいいな』

『高いものには理由があるものですよ』


 着心地のいい服でライは嬉しそうにしていたが、値段の事を思い出してしまい少し萎えてしまう。


「いかんいかん。気にしても仕方がない。いい服を買えたと思おう!」


 マイナス思考で暗い気持ちになっていたが、ライは頭を振ってプラス思考へ切り替える。そうすれば、少しは暗い気持ちになることはない。その上、いい事に繋がると信じてだ。


 新しい服に着替えたライは情報集めの為にもう一度街へ出掛ける。


 相変わらず人が多い聖都にライは辟易しながら大通りを歩く。ライは田舎者なので、人ごみを縫って歩くのは苦手だった。肩がぶつからないようにするのは大変なのだ。よくも、まあ、あの人達はスイスイと歩けるものだと感心するライ。自分は頑張って気をつけているのに。やはり、慣れれば平気なのだろうかと考えながらライは大通りを進んでいった。


 大通りを抜けて商店街へ辿り着いたライ。またしてもここへ来てしまったと肩を落としてしまう。酒場が目的地なのに商店街に来ても意味が無い。酒場は歓楽街の方にあるのだ。ここにはない。


「うぅ……やっぱり、苦手だ。人ごみって」

『まあ、ここまで多くの人は見たこと無いからな、主は』

『慣れるしかありませんよ、こういうのは』

『来たばかりだぞ。そう簡単ではない』

『ですが、このままだと人の流れに呑まれるばかりで目的地に辿り着けませんよ?』

『うぬ……。確かにそれは困るな』

『でしょう? なら、マスターには頑張ってもらわないと』

「(他人事だからって好き勝手に言うなよ!)」

『他人事ではないぞ? 主がそうだと我らも困るのだ』

『そうですよ。私達は助言は出来ても何も出来ないのですから』


 言われてみればその通りだとライも反論できない。二人は助言や戦闘でのフォローはしてくれるが手足を動かすのライ自身。つまり、ライが人ごみに慣れなければ二人も目的地に辿り着けないということだ。


「(……頑張るよ)」


 それしか言えなかった。というよりもそれ以外の言葉が浮かばなかったのだ。ライはベンチで休んだ後、目的地である歓楽街を目指して歩く事に。


 と、頑張って歩いたライだが酒場には辿り着けなかった。正確に言えば歓楽街にすら行っていない。そもそも聖都は今までライが訪れた街の中で最も大きく最も複雑な形になっているのだ。

 土地勘も無ければ地図も持っていないライには難しすぎる問題だった。一日中彷徨い続けた結果が迷子である。


「ここどこ……?」

『ハッハッハッハ! 知らぬ』

『と、とりあえず引き返してみましょう!』


 途方に暮れるライ、豪快に笑い楽観的なブラド、あたふたとしているエルレシオン。三者三様の反応を見せる。

 ライはエルレシオンの言葉に従って来た道を引き返すが、そもそもどこから来たのかも分からなくなってしまった彼は困り果ててしまう。


 宿屋への道も忘れてしまったライは近くにあったベンチに腰掛けてぼんやりと黄昏の空を眺めた。このまま自分はここで朽ち果てるのだろうかとおかしな妄想に浸っている。

 その時、熊のように大きな男がベンチに座ってぼんやりと空を眺めていたライに気がついた。熊のように大きな男はライがどうしても気になってしまい、彼の方に近付いて話しかける。


「どうした、少年。何をそんなに悩んでおる?」

「え? えっと……誰ですか?」

「む? そうだな~……。まあ、名前など良いではないか! それよりも、少年。何か悩みがあるのなら俺でよければ相談に乗るぞ? どうだ、話してみないか?」

「あ、いや、えっと……悩んでるわけじゃなくてですね」

「そうなのか? しかし、先程は深刻そうな顔をしていたではないか?」

「あ~、実はその~……お恥ずかしい話なんですけど迷子になってしまいまして」

「迷子?」


 深刻そうにしているから何か悩みでもあると思っていた男はライの迷子という言葉を聞いてキョトンとした後、豪快に笑い始めた。


「がっはっはっはっはっは!!! 迷子! そうか、迷子であったか!」

「そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないですか……」

「いや、そうだな。すまぬ。少年にとっては一大事だものな」


 そう言って謝っているが、可笑しな話に男は笑い泣きしている。今もライの前で零れ出た涙を拭っていた。

 その様子をジロリと睨み付けて明らかに怒っているライ。それを見た男はこれは悪いことをしてしまったと詫びる。


「笑ってすまぬ。詫びと言ってはなんだが、俺が少年の行きたい所へ連れて行ってやろう。どこへ行きたいのだ?」


 これは助かるとライは機嫌を良くした。先程笑われたことは不愉快だったが、宿の場所まで案内してもらえるなら水に流そう。そう思ったライは自身が宿泊している宿屋の名前を男に話した。


「なるほど。そこなら知っている。日が暮れる前に戻ろうではないか」

「ありがとうございます!」

「ハッハッハッハ! 何、これくらいは構わんさ」


 先程のように笑った男が少し歩いてライの方を振り向く。そして、ついて来いと言わんばかりに顎をくいっと持ち上げる。ライはベンチから腰を上げて男の後ろを付いていくのだった。

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