第110話 温もり
翌朝、案の定昨晩のことについてダリオスから説教を受ける羽目になってしまった三人は彼の前で正座をさせられていた。
「全くお前達は……。ヤるなとは言わない。だがな、もう少し節操というものを守れ」
「すいませんでした」
タカが外れてしまったように昨晩は狂ってしまった三人は綺麗に頭を下げた。理解はしているのだろうが、恐らく今後もこの三人は止めないだろうと分かってしまっているダリオスは頭を抱える羽目になってしまった。
目下、急がれるのは防音対策である。ライの隣だとダリオスは安眠もできなくなってしまう。睡眠は良質な方がいい。騒音でストレスを溜めるのは良くないことだ。早急に防音対策を取らなければいけないのであった。
「はあ。後、数日もしたら部隊も帰ってくる。せめて、その時までには落ち着いておいてくれ」
「無理です」
綺麗に重なったアリサとシエルの声。真横で聞いていたライも驚いたが、それ以上にダリオスが驚いていた。どちらかと言えば男であるライの方が我慢できないと考えていた。
しかし、現実は違う。アリサとシエルの方が抑制出来ないのだ。勿論、性欲に支配されている訳ではない。ただ単に我慢できないだけだ。一応、頑張れば我慢は出来る。どれだけ持つかは不明だが。
「大体、先日も言いましたけど、このご時勢何があるか分からないんですから、我慢するのは良くないと思うんです」
「私もアリサと同意見です。我慢は体に毒だと昔の人も仰ってましたから」
「それはそうなのだが……」
彼女達の言い分は間違いとも正しいとも言えないが、説得力はある。現在、魔族との戦争中で死と隣り合わせなのだから、いつ死んでもおかしくはない。特にダリオスの目の前にいる三人はもう少しすれば最前線へ出撃することになっている。
それならば、残り僅かな時間を最大限まで使って愛し合うのは自然のことだ。生物としては間違ってない。子孫を残そうとする、その行為は咎められるようなことではないのだから。
しかしだ。節度は守るべきだろう。いくら好きな人と結ばれたからと言って毎日こうも騒がれては身が持たない。別に害があるわけではないのだが、それでも少しくらいは辛抱して欲しいのだ。
ダリオスとて男である。自身が勇者であり、多くの者達の模範とならなければならない存在だ。だからこそ、規律を重んじている。
それなのに、同じ勇者のアリサときたら色を知ってしまい、狂ったように溺れてしまっている。それがどうにも羨ましくもあり、腹立たしい。自分は必死に欲望を抑えているというのに、目の前の二人はなんと自由な事か。
「(どうするべきか……。二人にいくら言ってもやめはしないだろうし、ライに言っても無駄だろう。戦意を喪失されても困る。こうなったら仕方がないか。三人の好きなようにやらせよう。多分、それが一番いい)」
結局、ダリオスは三人を説得するのを諦める事にした。下手に反感を買って戦意を失くされても困るからだ。無論、そのようなことはないが万が一ということもある。だから、ダリオスは観念したように溜息を吐いて、三人へ軽く注意をするだけで終わる事にした。
「はあ、わかった。お前達の言い分を認めよう。ただし、人の迷惑にはならないようにしてくれ」
「じゃあ、外ですればいいの?」
「誰もそのようなことは言っておらん! 一応言っておくが外でしようものなら俺が怒鳴りに行くぞ」
「さ、流石に外ではしませんよ。アハハハ~」
「シエル。何故目を逸らす」
もしかしたら、とんでもない者をライは生み出してしまったのかもしれないとダリオスは目を覆った。もう何も見たくないし、考えたくないと心の中で嘆くダリオスであった。
ダリオスの説教が終わってライはこの後どうしようかと考えていたら、ふと思い出したようにブラドがライへ声を掛ける。
『そういえば主よ。シエルの契約はどうするのだ?』
「あっ、そういえばあったね。そんな話」
『すっかり忘れていましたよ。どうしますか? 試してみますか?』
「そうだな~。やってみようか。ちょっと、シエルに聞いてくるよ」
という訳で、早速シエルの下へ向かう。
シエルの部屋に向かって廊下を歩いていると、ブラドが気になるようなことを口にした。
『ふむ……。この際だから我もアリサと契約するのはどうだろうか?』
突拍子もないことを言うので思わずライは聞き返した。
「(はあッ!? ブラドは魔剣だろ。アリサとは契約出来ないじゃないか)」
『本来であればな。しかし、思い出してみるといい、主よ。我は今、聖剣と同じ能力を有している事を』
「(え? じゃあ、行けるのか?)」
『今までと同じならば魔力と闘気が反発し合って契約は不可能であったが主のおかげで我も変わった。もしかしたらということはある』
「(なるほど)」
二人の戦闘力が強化されるなら願ってもないことだ。復讐も大事であるが、今は未来を見据えている。二人との幸せな未来を掴み取るなら、その可能性に賭けてみるべきであろう。
「(もし、駄目だったら死ぬとかないよね?)」
『かつての我だったら契約しようとした者が死んでいただろう。だが、今ならば魔力も闘気も扱える。死ぬようなことはない』
「(だったら、やってみる価値はあるか……。よし、二人に相談だな!)」
ともかく、二人へ相談しなければ始まらない。ライは急ぎ、二人の下へと向かった。
幸いな事に二人は一緒にいた。どうやら、今回もヴィクトリアと何かを話していたようだ。ライの顔を見るヴィクトリアの顔が赤いのは気のせいだろう。別に恋しているわけではない。
こいつ、無害そうに見えて結構凄いんだな。と思っているだけだ。どこを見て思っているのかは知らないが。
「あ、よかった。二人とも、丁度いいところに」
「どうしたの? もしかして、昨日の事?」
「いや、違うって。ほら、前に話していたことあっただろ? 聖剣とシエルが契約できるかもって」
「あー、はい。覚えてますよ。確かアリサの所為で有耶無耶になってましたよね」
「あ、あの時はまだその今みたいな関係じゃなかったし……」
「あっ……」
あの時の事を思い出したライは嬉しいような恥ずかしいような気分になる。今なら分かるが、あの時はアリサがシエルに嫉妬していたのだろうと。その事がうれしい反面、恥ずかしくもあった。
その反応を見ていたアリサはライにあの時の気持ちを見抜かれてしまったと顔を赤くする。やる事やっておきながら、そのような初々しい反応はどうかと思うがいい雰囲気である。
勿論、妙な空気になっているの察したシエルが二人の間に割り込むように押し入って話を再開させた。
「はいはい、そこまでです~! 何、妙に色気出してるんですか。気色悪いですよ、アリサ」
「んなッ!? あ、アンタね~……!」
「今は昔の事を思い出して耽るよりも大事な事があるでしょう?」
「ぐ……。ムカつくけどその通りね。それで、ライ。シエルだけじゃなくて私も呼んだ理由はなんなの?」
「そのことなんだけど、シエルには
今更、ライは怖くなってくる。もし、契約が上手くいかずに二人が死んでしまったら戸思うとライは震えて声が出なくなった。
やっと出来た最愛の二人が両親のようにいなくなって思ってしまうとライはどうしてもその先から言葉が出てこなくなってしまったのだ。
確かにライは強くなった。それこそ今では人類最高峰と言えるくらいには。
だが、それでも彼はかつて理不尽にヴィクターの手によって故郷を失い、家族を失ったのだ。その時のトラウマは未だに彼の奥底に残っている。
だから、アリサとシエルを失ってしまったらと思うとライはどうしようもなく臆病になってしまうのだ。
愛を知って強くなれば、愛を得て弱くなることも当然あろう。
だけど、その心配は無用だ。目の前にいる彼女達は強い。ライと肩を並べ、心を支えれるくらいに。
「大丈夫よ、ライ。心配しないで」
「私達は絶対に死にません。貴方を決して一人にはしないと誓いましたから」
「ッ……!」
ライの様子がおかしい事に彼女達は気付いていた。震えていることにも気付いており、ライが何かに怯えている事を察したのだ。それがかつてのトラウマだという事を二人は理解した。
ライは失うのを酷く恐れている。ならば、安心させるには証明が必要だろう。
「だから、見てて」
「私達は必ず契約して見せます」
優しく二人はライの手を握る。確か温もりがここにはある。彼女達の決意は揺るぎないものだった。これで答えないのは男として最低だろう。
「……ああ。二人を信じるよ」
魔剣と聖剣を召喚したライはそれぞれに渡していく。ライから剣を受け取った二人は静かに頷くと契約を始めるのであった。
その間、蚊帳の外であったヴィクトリアはそっと部屋を後にするのだった。
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