第63話 犬っころ

 視線をこれでもかというくらい泳がせているライにシエルは抱き着いた。いきなりシエルに抱きつかれたライは素っ頓狂な声を上げる。


「ひょッ!? せ、聖女様?」

「良かった……本当によかった!」

「あ、あの……」


 ただ抱きしめられているライはオロオロとしてばかりでシエルを引き剥がそうとしない。いや、正確に言えば引き剥がす事が出来ないのだ。罪悪感を抱いているライはどうすることも出来ずに、ただ黙って抱きしめられている。


 すると、そこへゲイルがワザとらしく咳払いをした。


「ゴホン。聖女シエル様。その気持ちはわからなくもないですが状況をお考え下さい」

「はっ……! す、すいません。私としたことが」

「いえ、悪いのは俺の方ですから……」


 照れ照れと顔を赤くしているライとシエル。そんな若い二人に温かい目をするゲイル。

 しかし、いつまでものんびりとはいかない。ゲイルが吹き飛ばした獣人が怒号を上げて、三人の方へ向かって来たのだ。


「己、よくも邪魔をしてくれたな! 聖女もろとも八つ裂きにしてくれる!」


 怒りの形相で獣人は突撃してくる。すぐさま、ゲイルが立ち上がり腰に担いでいたハンマーを構えた。ゲイルはライがどうやって回復したのか聞きたかったが、今はそのような状況ではなかった。


「少年! ここはワシに任せよ! 聖女様を連れて避難するんじゃ!」

「俺も戦います!」


 シュンとライは両手に魔剣と聖剣を召還した。それを見たゲイルとシエルは驚愕に目を見開いてゲイルがライへ問いかけた。


「少年、それは一体……?」

「話は全て片付いたらします!」

「そ、そうじゃな!」


 噂に聞いていた白と黒の聖剣を召還したライにゲイルとシエルは詳しい説明を求めていたが、すぐ傍にまで迫っている獣人へ応戦しなければならない。もどかしいが今は目の前の敵を倒す方が先決である。


「どっせいッ!!!」

「遅いッ!」


 迫りくる獣人に向かってゲイルがハンマーを振り下ろした。鈍重な一撃は当たれば大打撃なのだろうが、獣人の速さスピードには勝てなかった。ゲイルの一撃を避けた獣人は死角から彼を狙い、爪を突き立てるがそれをライが邪魔をする。


「俺もいるんだよ!」

「ちぃッ!!!」


 ゲイルを傷つけることも叶わず獣人は後ろへ飛び退き、忌々しそうにライの顔を見て舌打ちをした


「ゲイルさん! こいつとは俺がやります。貴方はあっちの応援に行ってください!」

「むぅ……」


 ライの言葉にゲイルは渋々ながら了承した。自分でも理解わかっているのだ。先程のやり取りで獣人の速さに追いつけないことが。闘気で強化し、戦うことは出来ても敵の速さに追いつけないのなら意味がない。

 ここは悔しいがライに任せた方がいいと判断したゲイルは、後方で戦っている兵士達の応援に行った方が最適であると一言だけ残して兵士達の応援に駆け出す。


「すまぬ。少年! 死ぬなよ!」

「ええ! 勿論です! また貴方が作ってくれた飯を食うまでは死にませんよ!」

「ワッハッハッハ! なら、後は任せる!」

「はいッ!」


 ゲイルが離脱し、残ったライは後ろにいたシエルに声を掛けた。


「聖女様。俺が戦ってる間に貴女はルナリスを!」

「え、あ、はい!」


 その返事を聞いてライは駆け出す。これで心置きなく戦えると獰猛に笑って。


「(ブラド、魔力の残量は?)」

『先の再生でかなり消費したが、丸一日ならば戦えるぞ!』

「(よし! エル、闘気の方はどうだ?)」

『こちらも問題ありません。十分にあります!』

「(なら、出し惜しみはなしだ! 相手は獅子の獣人! この肌にピリつく感じからして相当な格上だ!)」


 魔力、闘気ともに十分な蓄えあるライは出し惜しみなく全開で自身を強化した。多くの戦闘を経たライも敵の力量を測れるほどに成長している。目の前にいる獅子の獣人は間違いなく自分よりも格上だと見抜いたのだ。だから、持てる力の全てを出し切るとライは決めた。


「うぅぅおおおおおおおおおッ!!!」

「白と黒の双剣使い! 思い出したぞ! お前がサイフォス様が言っていた魔剣と聖剣の使い手ライだな! まさか、聖女だけでなくお前までいようとは! なんたる僥倖! ここで人類の希望をいっぺんに片付けることが出来るとはなぁッ!」


 ガキンっと魔剣と聖剣が獣人の爪とぶつかる。そのぶつかった衝撃は凄まじく離れていたシエルの方にまで衝撃波が襲ってきた。


「きゃあッ!」


 後ろの方にいたシエルの悲鳴が聞こえたライは振り返りそうになったが、目の前の獣人から目を離してはいけないと心の中でシエルに謝った。


「がああああああああああッ!!!」

「ハッ! 吠えた所で強くなる――なッ! バカな!? 力が増しただとぉ!?」


 吠えた所で強くなるわけがないと思っていた獣人は突然ライの力が増したことに驚いた。このような事はあり得ないと。しかし、現にライの力は増しており獣人を押し始めている。


「ぐ……ぐぐ……! 舐めるな、小僧がッ!!!」


 押されていた獣人だが負けじと力を込めてライを弾き飛ばした。クルクルと回転してライは着地すると、矢のように飛んだ。真っすぐ獣人へ向かって。


「魔剣と聖剣の使い手だからといってつけあがるなよ!」


 同じく獣人も真っすぐにライへ向かって飛んだ。低空飛行で二人は交差するかと思われたが、獣人の前に障壁が展開されて動きが止まった。


「こ、これはッ!?」

「死ね……!」


 動きが止まった獣人に向かってライは双剣を突き出した。このまま貫通するかと思われたが、寸前のところで獣人は身を捻って避けた。だが、完全に避けることは出来ず、僅かに掠ってしまう。


「ぐむぅ……!」


 胸のあたりを掠った獣人は流れ落ちる血を見て、ライへ振り返った。


「なるほど。それが聖剣の能力か……」

「ごちゃごちゃ言ってないで死ねよ……!」

「ふん。お前の話は聞いているヴィクター様に故郷を滅ぼされたのだろう。一人で寂しいだろう。そこの聖女と一緒に家族の下へ送ってやろうではないか」

「あ? おい、犬っころ。今、なんて言った?」

「俺は犬ではない! 獅子だ! それにきちんとしたガレオンという名前がある!」

「知るかよ、そんなこと! お前はどうせここで殺すんだからよぉッ!!!」

「ほざけ! 死ぬのはお前だ!!!」


 両者互いに走り出してぶつかる。ギギギと双剣と爪が鍔迫り合いを起こす。歯を剥き出しにして憤怒の形相を浮かべるライと肉食獣のガレオンが牙を剝き出しにして睨み合っていた。


 その二人の戦いを遠くから見守っていたシエルはガレオンの発言に疑問を抱いていた。


「魔剣……? あの人が持っている黒い剣が……?」


 謎は深まるばかりである。この戦いが終わったら問い質さなければならない。もしも、最悪の結末を迎えようとも自分を助けてくれたライの味方をしようとシエルは覚悟を決めるのであった。


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