第62話 肉盾

 見下ろした先に魔族と対峙している聖女と兵士達がいたが明らかに分が悪い。人質を取られている上に聖女側は戦力不足。勝ち目はほぼないだろう。


 思わず飛び出しそうになったライをブラドが止めた。


『待て、主! 迂闊に飛び出しては人質が殺されるぞ!』

「(じゃあ、どうしろって言うんだよ!)」

『機を窺うのだ……。今は耐えるしかない』

「(そんなことしてたら、あの人達が殺される!)」

『大丈夫だ。人質は生きているからこそ成立するのだ。恐らく奴らの狙いは別にあるはず。ここは様子を見るべきだ……』


 ブラドの言うとおり、ライがここで飛び出しても状況が好転することはない。むしろ、悪い方に転がる可能性が高い。ならば、ここは歯痒いだろうがブラドの言うとおり機を窺うしかないだろう。


 ライはシュナイダーから降りて、バレないように這いつくばって下の様子を窺う。


 ◇◇◇◇


「聖女シエル! 大人しくしてもらおうか!」

「くっ……! 人質とは卑怯な!」

「戦争に卑怯もクソもない! 言う事を聞かないのなら、今から一人ずつ殺していこうか?」


 一番前にいる獅子の獣人が、その獰猛な口元を歪ませると背後にいる部下達へ合図を出す。合図を受けた部下達は拘束している人質に剣を立て、その首をかき切ろうとして見せた。


「ひ、ひいッ! 助けて、聖女様~~~ッ!」


 剣を突きつけられた人達がシエルに助けを求める。その懇願する様子は酷く滑稽に見えたのか獣人達は嘲笑っていた。何度も脅かすように剣を突きつけては人質の反応をみて楽しんでいる。


「や、やめてください……ッ!」

「なら、どうするか、わかっているだろう? 聖杖ルナリスを捨ててこちらに来い」

「くッ……!」


 端整な顔を歪めるシエルに勝ち誇ったような笑みを浮かべる獣人。シエルは今も離さず握り締めている聖杖ルナリスをさらに強く握り締めた。自分がこれを手放して敵の下へ行けば人質は解放される。

 しかし、それは同時に自身の命を失うということ。敵の狙いは聖女シエルの首。人類で唯一の治癒能力を持ち、大規模な結界を展開出来るシエルが魔王軍にとっては邪魔でしかない。だからこその人質だろう。シエルの性格を逆手に取った実に見事な作戦である。


「なりません。聖女様! 貴女を失えば人類にとってどれだけの損失か! 言われなくともお分かりでしょう!」

「分かっています。分かっていますが……!」


 自身の存在がどれだけ重要なのかをシエルは理解している。だが、それでも彼女の感情は別だ。慈悲深いシエルは目の前で助けを求めている住民達を見殺しにする事が出来ないのだ。


 シエルは葛藤する。自身の命か、民の命か。


 シエル以外ならば間違いなく天秤にもかけないだろうが、彼女は自身の命と民の命を秤にかけた。


「言うとおりにすれば人質は解放するのですね?」

「聖女様ッ!?」


 目の前の命を救うために彼女は自身の命を捨てた。その事に兵士達が騒然とし、シエルを止めようとするも彼女は一歩前に出てしまう。


「ああ。約束しよう。お前の命と交換だ」

「……分かりました」


 シエルは獣人の言葉を信じて聖杖ルナリスを自身の手が届かない所へ投げ捨てた。カランカランと渇いた音が鳴り響く。獣人は聖杖ルナリスを捨てた聖女へ近付き、その鋭い爪を天高く振り上げた。


「その覚悟に免じて苦しまないように一撃で殺してやる」


 背後にいた兵士達や大聖堂に集まっていた人達が悲鳴を上げる中、シエルは獣人の一撃によって死ぬ事になるはずだった。

 獣人達が勝利を確信した瞬間、そのほんの僅かな隙を狙ってライがシュナイダーと共に飛び出してきた。


「シュナイダーッ!!!」


 ライの掛け声にシュナイダーが答えるように気高く鳴いた。突然の乱入者に獣人達は驚き、咄嗟に反応が出来なかった。ライはシエルを庇うように肉盾となり、シュナイダーは人質を拘束していた獣人達を蹴散らした。


「ぐぷぅッ……」


 シエルの前に躍り出たライは障壁の展開が間に合わず獣人の爪を受けてしまった。肩口から腰へ掛けて切り裂かれたライはそのまま前のめりに倒れてしまう。その際、血飛沫がシエルの顔に掛かった。


 べっとりと頬に掛かったライの血を手にとって見たシエルはワナワナと震える。


「いや、嫌アアアアアアアアッ!!!」


 自分の代わりに目の前で人が死んでしまったシエルは悲痛な声を上げた。


「どうして! どうして私の為に……!」

「くそ! 思わぬ邪魔が入ってしまったが今度こそ死ね!」

「させん!」

「うぐわぁッ!?」


 ライと同じく人混みの中に隠れて機を窺っていたゲイルがシエルを殺そうとした獣人を勢い良く吹き飛ばした。

 獣人を吹き飛ばしたゲイルはすぐにライの下へ駆け寄る。


「すまぬ。すまぬ、少年! ワシがもっと早くに着いておれば……このようなことには!」


 自身が遅れたことにより聖女の護衛はおろか魔族に遅れを取ってしまった。そのせいで人質を取られた上に、シエルの命も奪われるところだった。

 しかし、ライのおかげで人質も救われ、シエルの命も助かった。いくら感謝しても足りないくらいだ。それなのに悲しむべくは、その本人が死んでしまったこと。シエルとゲイルは心底悲しそうに俯いていた。


 まあ、悲しんでる所悪いのだがライは生きている。普通なら即死であっただろうが、ライは度重なる戦闘で幾度となく再生と破壊を繰り返してきた。そのおかげで彼の体はより頑丈に、より屈強に変わっていった。


「うぅ……。久しぶりにまともなの喰らった」

「え?」

「ほ?」


 まるでコントのようにむくりと立ち上がるライ。死んだとばかりに悲しんでいた二人、しかもシエルは自分の身代わりになって死んでしまったと泣いていた目の前で死人が蘇ったのだ。目が点になっても仕方がないだろう。なんなら、むしろ一発くらい殴っても許される。


『主よ、どう言い訳するのだ?』

『下手をしたら殴られますよ?』

「(……実は服の下に鉄板を仕込んでたとかどう?)」

『無理だな』

『嘘は危険ですよ』


 どう言い訳をしようかと冷や汗を流すライは目を忙しなく動かすのであった。




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