第61話 早朝の襲撃

 深夜、聖都からそう遠く離れていない森の中に魔王軍獣魔部隊が潜んでいた。彼らは息を潜め、気配を隠し、虎視眈々と聖都を狙っていた。少しして彼らの下に鳥人の伝令兵が到着する。


「報告します。準備は完了したとの事。いつでも出撃は可能だそうです」

「了解。それではこれより出撃する! 聖女討伐作戦開始!」


 まだ日も昇っていない時間帯。獣魔部隊は動き出した。四天王サイフォスからの命令を受けて、聖女を亡き者にする為に。


 ◇◇◇◇


 ドンッという轟音により夢の世界から覚醒したライはベッドから飛び起きる。


「うわッ!? なんだ!」

『この気配は……!』

『魔族ですね……!』

「なんだと!」


 獣魔部隊が聖都の正面から襲撃してきたのだ。先程の轟音は結界を破った獣魔部隊の攻撃によるもの。

 今、聖都は大混乱である。聖女の結界が破壊された事もそうだが、まさか正面から襲撃してくるとは思っていなかっただろう。住民はパニックを起こして、逃げ回っている。


 ライは魔族が襲ってきたことを知って宿から飛び出そうとした時、部屋の戸を激しく叩く音が聞こえてきた。敵かと思って聖剣と魔剣を召喚するライだったが、戸の向こう側から宿の人間の焦った声が聞こえてくる。


「お客様! 大変です! 街に魔族が襲撃してきました! 今すぐ大聖堂へと避難してください! 聖女様が我々を守ってくれます!」

「わ、わかりました! すぐに避難します!」

「お早く! 私は他のお客様にもお伝えしてきますので! それでは!」


 ドタドタと足音が遠くなっていくのを聞いたライはブラドとエルレシオンに話しかける。


「行こう、二人とも」

『ああ』

『はい』


 ライは手早く着替えて、預けているシュナイダーの下へ走った。馬小屋にいたシュナイダーは状況を理解しているようで鼻息を荒くしていた。どうやら、シュナイダーもやる気に満ち溢れているようだ。頼もしい相棒である。


「つくづく俺には勿体無い相棒だよ、お前は」


 シュナイダーを軽く撫でた後、ライはシュナイダーに跨って街を駆ける。急いで襲撃のあった正面口へ向かおうとしたのだが、ブラドとエルレシオンが別の気配に気がついた。


『待て、主! あちらの方からも魔族の気配を感じる!』

『大聖堂の方です! 数は正面よりも少ないですが……これは不味いかもしれません!』

「どっちに行ったらいいんだ!?」


 正面口にも敵。住民達が避難している大聖堂にも敵。一体、どちらに向かうのが正解なのかとライは戸惑ってしまう。人々を守るならば大聖堂だが、敵の数が多いのは正面口。

 迷ってしまうライだったが正面口から再び大きな爆発音が聞こえてくる。恐らくは聖都の兵士達が戦っているものだろうとライは判断して、大聖堂へ行く事を決めた。


『む?』

『正面の方に凄まじい闘気の持ち主が向かってますね』

「え、そうなのか?」

『はい。この感じだと正面は問題ないかと……ただ』

『大聖堂だな。聖女がいるといっても彼女は戦う力を持っていない。もしも、人質を取られていたら最悪だぞ』


 聖女の力は癒しと守りに特化している反面、攻めの方はからっきしである。つまるところ、聖女自身は戦う力を持っておらず、戦力にはならないのだ。ブラドの言うとおり、人質でも取られてしまえば最悪な未来が待っているのは明白だ。


「急ごう。シュナイダー!」


 主の考えが伝わったようでシュナイダーは一陣の風となる。

 しかし、それもすぐに止まる事になってしまう。大聖堂へ向かって急いでいたライ達は途中の道で酷く混雑している人混みにぶつかってしまったのだ。魔族が街へ襲ってきたからだろう。人が雪崩のように大聖堂へ押しかけている。これでは、進もうにも進めないとライは顔を顰めてしまう。


「くそ! これじゃ大聖堂へ行けない!」


 悪態を吐くライは別の道を模索するが、恐らくここと同じ状況だろうと推測した。一体どうすればいいのだとライがまごついていると、突然シュナイダーが建物へ向かって走り出した。


「お、おい、シュナイダー! どうしたんだよ、いきなり!」


 慌ててライが声を掛けるがシュナイダーは止まらない。このままでは建物にぶつかってしまう。そう思われた時、シュナイダーが跳んだ。建物にぶつかる直前で跳んだのだ。そこでようやくシュナイダーのやろうとしている事に気がついたライはエルレシオンに障壁を展開するよう命じた。


「エル! シュナイダーの足元に障壁を展開!」

『そういうことですか! 分かりました!』


 道が無いのなら自ら切り開けばいい、とシュナイダーが示してくれた。障壁を足場にしたシュナイダーはさらに跳躍して建物の屋根へと着地した。それから一気に加速して建物の上をシュナイダーは大聖堂の方へ向かって駆けて行く。

 背中に翼でも生えているのかというくらいシュナイダーは身軽に建物と建物の間を跳んでいく。


「うおおお……ッ! ハハッ! 凄い、凄いぞ! シュナイダー!」


 建物の上を駆けるシュナイダーの背中は激しく揺れている。ライは振り落とされないように必死に手綱を握っているが、その表情はとても楽しそうにしていた。


 暴れ牛のようの激しかったシュナイダーも大聖堂へと近付き大人しくなった。ゆっくりと大聖堂へ近付き、上から見下ろす。


「ッ……! 遅かったみたいだ」


 見下ろした先には獣人に捕まっている住民と、それに対峙する様に立っている聖女と兵士達がいた。

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