第60話 勇者と元勇者

「ほれ。待たせてしまって悪かったの。サービスで大盛りにしておいたぞ」

「お、おお……! ありがとうございます!」


 出来たての料理を前にライは目を輝かせる。これまで多くの料理を食べてきたライだが、目の前に出された料理はかつてないほど豪華なものだった。


「いただきます!」


 早速、手を合わせて拝んだライは料理を食べていく。空腹なのも相まって次から次へと口に中へ運んでいく。その食いっぷりにゲイルは朗らかな笑みを浮かべる。自分が作った料理を幸せそうに食べるライが孫のように思えたのだろう。


『素晴らしい! これ程の料理は今まで食べた事がないぞ!』

『ああ、なんと言う幸福! 人類の叡智がここまで食を進化させていましたか……!』


 過剰な表現であるが、それ以外の感想が浮かばないほど美味しいのだ。ライも夢中で食べている。

 やがて、出された料理を食べ終えたライだがまだ満腹とはいかなかった。まだまだ食べたいという表情が浮かんでおり、それを横で見ていた男がライの頭を軽く撫でるとニッコリ笑った。


「ハッハッハッハ! ゲイルじいさんの作る飯は美味かっただろう? 今日は俺の奢りだ。遠慮せずもっと食べるがいい!」

「そこのバカの言うとおりじゃ。お金のことは気にせんでいいから、良く食べなさい」

「え、いいんですか……?」

「構わん、構わん! 沢山食べて大きくならねばな!」

「うむ。同意見なのは少し癪じゃが、そいつの言うとおり、もっと食べて大きくなるといい」

「……はい! ありがとうございます!!!」


 それからどんどん出てくる料理をライは一心不乱に食べていく。今まで食べた事のない料理に加えて、幸せが口の中に広がると言っても過言ではないくらい美味しい料理にライは限界まで食べ続けた。


 そして、腹いっぱいになるまで食べたライは満足そうに息を吐いた。


「ふう。ごちそうさまでした!」

「お粗末様でした。どうじゃった、ワシの飯は?」

「はい! 最高でした! 多分、人生の中で一番かも……」


 そこまで言ってライは思い出してしまった。母の作ってくれたご飯を。ゲイルが作った料理の方が贔屓目抜きで美味しいとライは思った。香辛料をふんだんに使い、故郷では決して食べられないような料理ばかり。本当に心の底から美味しいと感じたのだ。


 だが、人生の中で一番と言われたら違うかもしれない。美味しいのは間違いない。でも、心まで満たされたかというとそうではない。もう二度と食べる事の出来ない母の手料理。ゲイルが作ってくれた料理には劣るが、それでもあの素朴な味が、父と母と自分の三人で食卓を囲った空間が心まで満たしてくれた。


 それを思い出してしまったライは気がついたら、涙を流していた。


「お、おお!? どうした? ワシの飯が美味くなかったか?」

「い、いえ、ちが……違うんです。美味しかったです。とても美味しかったです。本当に……。ただ、俺……ちょっと思い出してしまって」


 事情を知らないゲイルと男は慌てている中、ライは溢れ出す涙を何度も拭った。


『……主』

『マスター……』


 溢れ出す涙の理由を唯一知っている二人は、ただライを思うばかり。慰めの言葉など掛けても意味が無いことを知っている。当然であろう。二人の言葉で立ち直れるのであれば復讐の旅になど出てはいなかっただろうから。


「すいません。折角、美味しいご飯を奢ってもらったというのに泣いてしまって」

「それは構わんさ。それよりも聞きたいんだが……。いや、やめておこう」

「いえ、大丈夫です。俺が泣いた理由を知りたいんですよね。暗い話になってしまうんですが、俺の故郷は魔族に滅ぼされたんです……。ある日、突然何の前触れもなく俺は家族を失いました。その……さっき食べた料理が母の作ってくれた料理に似てたとかじゃなくて、もう二度と食べれないって思ってしまって……。すいません」

「ッ……。そうか、それで」


 しばらく沈黙が続いてしまい、重苦しい雰囲気になってしまう。ライは自分のせいで先程まで明るかった店内が暗くなってしまったことに責任を感じて、何か話題をと口を開いた。


「そ、そういえばこんなに美味しいのに、どうしてこんな裏路地なんかでお店を出してるんですか?」

「あ、ああ。まあ、趣味でやってる店じゃからな。お金よりもお客様の喜んでいる顔が見たいんじゃ。だから、こういった裏路地でこじんまりとした店をひっそりとやってるのじゃ」

「おお……。いい人なんですね、ゲイルさんは」

「ハッハッハッハ! ああ、ゲイルじいさんはいい人だぞ。たまに暴力的なのが瑕だがな」


 そう言って笑う男の頭に再びゲイルの拳骨が炸裂した。ゴチンと火花でも飛んでいるのではないかと思うくらいの鈍い音が鳴る。その音を聞いていたライは小さく悲鳴を上げた。


「ひえッ……」

「全く、どこからどう見てもいい人にしか見えんじゃろうが!」


 残念ながらいい人というよりは極悪人にしか見えない。筋骨隆々で日に焼けた肌。睨まれれば間違いなく裸足で逃げ出すほどの容姿だ。ライがこうして普通に話せているのも隣の男が親しげにしていたからだ。そうでなければライは逃げ出していただろう。


「ぐむぅ……。そうだ、少年。腹も膨れた事だし、宿へ戻るか?」

「あ、そうですね。あんまり遅くなると宿の人にも迷惑なんでそうします。今日は迷子の所を助けていただいただけでなく、こんなにも美味しい料理をご馳走してもらい、ありがとうございました!」

「ハハハ、これくらいはお安いご用さ。それより、俺はお会計をするから先に外で待っててくれないか?」

「わかりました!」

「少年! ここが気に入ったらまた来るんじゃぞ! ただし、そのときは自分の金でな!」

「はい! 食べに来ます!」


 元気良く返事をしたライは外へ出て行く。店に残った男は会計をするのかと思いきや、先程までと打って変わって真剣な表情を見せた。


「して、ダリオスよ。お前がここに来たということはワシになにか頼みでもあるのか?」

「ああ。ゲイル様、いや、ゲイルじいさんも知っていると思うが魔族が聖女を狙っている」

「そのことについては知っているさ。それでワシの元へ訪ねて来たと言うことは、護衛か?」

「話が早くて助かる。俺も聖女の護衛の為に帝国から派遣されてきたが、はっきり言って戦力不足だ」

「はあ……。邪魔が入ったか?」

「腹立つことにな。上の連中は強欲な者ばかりだ。聖女が死ねばリンシア聖国の国力は大きく下がる、とな。全く馬鹿馬鹿しい。今は人類が手を取り合って魔族という脅威を退けなければならないというのに……」

「仕方あるまい。権力者共は安全圏で見てるだけじゃからの。戦争の悲惨さを知らない奴が多いんじゃ」


 大きな溜息を付いたダリオスは肩を落とした。今はお互いの足を引っ張るのではなく手を取り合うべきだというのに、人類の愚かさは度し難い。


「おっと、あまり長話して少年を待たせても悪い。俺はこれで失礼しますね。聖槌の勇者ゲイル様」

「今はお前が聖槌の勇者じゃろうが!」


 なんと、実は二人は勇者と元勇者であったのだ。しかも、同じ聖槌に選ばれた勇者だ。ゲイルは先代勇者であり、ダリオスの師匠でもある。それゆえ、軽い憎まれ口を叩くほど二人は親しい間柄なのだ。


「ハッハッハッハ! それでは、もしもの時はよろしくお願いしますね」

「ワシに出来る範囲でなら任しておけ」

「頼もしい限りです」


 そう言って笑う今代の聖槌の勇者ダリオスは先代聖槌の勇者ゲイルに別れを告げて店を出た。店の外で待っていたライとダリオス合流して宿へと向かう。ダリオスはライを送り届けた後、城へと戻る。


 ちなみに城へ戻ったダリオスは付き添いの副官にどこへ一人でほっつき歩いていたのだと怒鳴られるのであった。

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