第40話 幻惑
全裸の男達がライに向かって突っ込んでくる。汚い光景にライは顔を背けたくなるがそうもいかない。向かってくる男達にライも同じく突撃して剣を使わずに男達と組み合う。
しかし、やはり数の暴力は凄まじい。ライが一人を相手にしていると後ろから羽交い絞めを仕掛けてくる。くるりと後ろへ跳んでライは羽交い絞めをしようとしてきた男の背中を蹴って他の男達にぶつける。怯んだ隙を突いて二人ほど気絶させたライは一旦逃げ出した。
またも始まる追いかけっこ。逃げるライに追いかける全裸の男達。傍から見れば異常な光景。だが、本人達は至って真面目だ。もっとも片方は正気を失っているので真面目とは言えないかもしれないが。少なくとも逃げているライは本気である。
逃げ回っていたライだったが行き止まりにぶつかる。後ろには全裸の男達。どこにも逃げ場がなくここまでかと思われた時、ライは壁を蹴って男達の頭上を越えていくと同時に後方にいた男の顔面を踏みつけた。
これでまた一人が脱落。残った男達は逃げていくライを追いかけた。が、曲がり角を曲がった瞬間、待ち構えていたライが一番最初に曲がってきた男の顔面にパンチを放った。
当然パンチを受けた男は後ろへ吹き飛んで後続の男達も巻き込んで倒れた。今の内だとライは倒れている男達に聖剣の腹で叩いて気絶させた。モグラ叩きの要領でライは倒れた男達の頭を叩いて回った。
これで終わりかと思った時、ライの足を掴んだ男がいた。どうやら他の男達よりも頑丈だったらしい。まさかまだ意識を保っている男がいるとは思いもしなかったライは驚いたが、すぐに足を振り上げて踵落としを決めた。
そうして、最後の男も完全に沈黙した。これで、残るは吸血鬼だけである。ライはゴキゴキと首を鳴らして吸血鬼の下へ向かった。
「おや? 男達はもう倒したのかえ?」
「見てわかるだろ」
「くふふふ。確かにその通りじゃ。しかし、お主、やはり妙じゃのう。その魔剣のせいか? まあよい。そんなことよりも一つ聞いておこう」
「なんだ?」
「妾の物にならんか? 特別に殺さないでおいてやるぞ? どうじゃ?」
「死ね」
「フッフッフ……! なんともまあ強気な小僧じゃて。気に入った。やはり、お主は妾の物にしよう!」
一瞬目を伏せたが、吸血鬼は顔を上げて妖艶な笑みを浮かべた。対するライは眉間に皺を寄せて不愉快だと語っていた。
「テメエは殺す!!!」
「おお、怖い怖い」
殺意をむき出しにしてライは吸血鬼に向かって飛び出した。魔力を惜しまず身体強化に回して駆ける。
「ほほほ、勇ましいのう! じゃが、これでどうじゃ?」
トンと後ろへ吸血鬼が飛んだかと思うと彼女は霧状になって消えてしまった。実体がなくては斬れないとライは急ブレーキをかけて止まった。
「さあ、惑え、惑え、惑え。己が闇を曝け出すがいい」
「なにを――ッ!?」
一体何を言っているのだとライが思っていると、彼の眼前に見たこともないような光景が浮かび上がった。
その光景は決してライが目にすることはないはずのもの。アルとミクの男女が営むそれであった。
「な、なんで……」
「ほほほほほッ! それがお主の闇か! なんと滑稽なことか!」
『これは……! 主! これは幻覚だ!』
『幻惑魔法! まさかマスターのもっとも嫌がる光景を!』
幻惑魔法。対象に幻覚を見せる魔法であるが使い方次第では精神を壊すことも出来る。そして、今ライにとってはもっとも見たくない幻覚が映し出されている。これはライが心に抱えていた闇。本来であれば故郷を魔族に滅ぼされた光景であろうが、アレは現実のもの。
ならば、幻覚で見せられる光景はライが想像した中でもっともトラウマになるものは確かにそれで間違いなかろう。愛する人が自分ではない誰かに抱かれる瞬間など誰もが想像したくないはずだ。
「あ、ああ、あああああああ……!」
殺意が萎み、頭を抱えて蹲るライはボロボロと泣き始めた。分かっていたことではないか。愛し合う二人ならば自然とそうなるのも当たり前だ。何ひとつおかしいことはない。
理解していたつもりだった。覚悟していたつもりであった。だが、実際に目にするとここまでなのか。こうまで心を掻き毟られるのかと。ライは自分の中の何かが崩れていくのを確かに感じた。
「ハハハハハハ! なるほど、お主はあの
「…………」
『主、主、主ッ!』
『マスター! しっかりしてください! 目を覚まして!』
深い深い闇の中へ沈んでいくライ。もはや、誰の言葉も届かない。真っ暗な水の中にいるような感覚に陥るライはそのまま塞ぎ込んでしまう。もう何も見たくない、何もしたくないとライは目を閉じるのであった。
「つまらぬ……。まさかこの程度で終わるとは……」
霧状に変化していた吸血鬼は倒れ伏したライに近寄った。吸血鬼は倒れているライの髪を掴んで無理矢理持ち上げて顔を見た。そこには酷く淀んで焦点の合ってない目をしたライがいる。その顔を見た吸血鬼はつまらなそうにライを放り投げた。壁に激突したライは糸の切れた人形のように転がった。
「少しは骨のある奴かと思えば、この
ライに興味を亡くした吸血鬼はコキリと手を鳴らした。少しは楽しめるかと思ったが、ここまで心が脆いとは思わなかったと落胆する吸血鬼はゆっくりとライの下へ近づく。
『主! 起きろ! 起きるのだッ!』
『マスター! ここまで……ここまでなのですか、貴方はッ……!」
完全に殻に閉じ籠ってしまったライ。精神世界で何度殺されようとも立ち上がったライだったが、愛する人の抱かれた光景を目にしただけこの体たらく。なんと情けないことか。
深い闇の中にいるライは殺されるのを待つだけ。もう彼が立ち上がることはないと思われた。
だが、その時、彼の中に一つの答えが生まれた。
「(……二人は今幸せなんだ。でも、それを壊そうとする奴がいる。魔族だ。アイツらは俺の家族を故郷を滅ぼした……。許せない。許しちゃおけない。絶対に! そうだ! 二人の為にも、そして俺自身の為にも、こんなところで終わっていいはずがない!)」
深層意識に刻まれていたライの復讐心が彼を目覚めさせた。あの日決意したはずだ。仇を討つと。ならば、挫けている場合ではない。終わるのは全てを片付けた時だ。それまで自分は何があろうとも折れてはならぬとライは新たに決意を胸に刻み立ち上がった。
「む?」
『主!』
『マスター!』
「……悪いな。おかげで目が覚めたよ。二人は結ばれてるんだ。いつかはそうなってたさ。それを俺は未練がましく……くくく、我ながら気持ち悪いな。だけど、おかげで吹っ切れたよ。二人が幸せならそれでいい! もう二度と俺は惑わされない!」
「ほう? 言うたな? では、試してやろう」
再び、吸血鬼が霧状に変化するとライの眼前に先程の光景が浮かび上がる。悪趣味な光景にライは殺意を高めて魔剣で眼前に映し出された光景を切り裂いた。するとその光景は霧散して消えていった。
「ほほう。先の言葉ははったりというわけではないか。くふふ、よいぞ! では、続きを始めようか!」
「殺してやるよ。悪趣味なクソババア!」
霧状に姿を変えていた吸血鬼が元に戻り、ライが彼女に向かって駆け出した。
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