第39話 吸血鬼

 ドアを開けた先にはあまり目にしたくない光景が広がっていた。無数の男達が裸で転がっており、キングサイズのベッドの上に一人の女性がネグリジェ姿で横になっている。彼女は薄ら笑いを浮かべてライを見つめていた。


「なんじゃ、魔人族かえ? それとも妾と同じく吸血鬼か? う~む、その妙な魔力では分かりにくいのう」

『吸血鬼だと!?』

「(どんな奴なんだ?)」

『マスター。落ち着いて聞いてください。彼女が吸血鬼ならマスターに勝ち目はありません。吸血鬼とは血を吸う種族なのですが、魔族の中でもかなり上位の存在です。強靭な肉体に豊富な魔力、そして変身能力。先日戦った獣人など軽くあしらえるほどの強さです!』

「(マ、マジかよ……!)」


 それは流石に洒落にならない。先日戦った獣人でさえもやっとの思いで倒したというのに、今度は吸血鬼ときた。いくらなんでも段階を飛ばしすぎである。もっと、段階を踏んで欲しいものだとライは運命を憎んだ。


 しかし、それよりも一つ気になることがある。彼女の発言に何やらおかしな点があった。ライはそれを思い出して二人へ質問をした。


「(なあ、ところでアイツが言ってた妙な魔力ってどういうこと? 俺って魔力ないんだよね?)」

『うむ、そうだ。が、もしかしたら我等のせいかもしれん』

「(どういうことだ?)」

『主は我の再生能力で怪我を治しているだろう? もしかすると、そのせいで主の体に異変が起こっているかもしれないのだ』

「(えっ……! それって超重要じゃん! なんで教えてくれなかったの!?)」

『すまぬ。なにしろ、前例がない事だから我等にも詳しいことが分からないのだ』

「(もしかして、俺って人間じゃないのか?)」

『いや、間違いなく人間だ。今はだが……』

「(なにそれ! めっちゃ怖い!)」


 だが、ふと気が付いた。今のままだ復讐はほぼ無理だろう。身体能力は人並み程度であるが闘気もなく魔力もないせいで戦闘力は凡人以下。しかし、魔剣と聖剣の影響か人ではない何かへ変質しているかもしれないのだ。不安ではあるが、その可能性に賭けてみたい。もしかすると、人間ではなくなるかもしれないが復讐さえ果たせればどうでもいいことだ。


「(ブラド、魔剣の使い過ぎで魔族とかになったりする可能性ってある?)」

『分からぬ。今までの所有者は魔族だったからな』

「(そっか。人間では俺が初めてか……)」

『主……』

「(大丈夫。これは俺が選んだ道だから覚悟は出来てる)」

『……分かった。我は最後まで力を貸そう!』

「(頼りにしてる!)」


 話しかけた相手がずっとだんまりであったので吸血鬼はその端正な顔を歪めてライへ語気を強めてもう一度声を掛けた。


「お主、妾が声を掛けているというのに無視とはいい度胸をしておるわ」

『どうする、主。ここは撤退してもいいんだぞ』

『そうです。被害者の方々には申し訳ありませんが、ここは退いても問題ないかと』


 二人の言葉を聞いて迷ったライだが答えはすぐに決まった。


「俺はライ! ただの人間だッ!!!」


 ダンッと床を蹴って跳躍したライは両手に握りしめた魔剣と聖剣を吸血鬼に向かって振り下ろした。


「ほう、そうか」


 ライが放った斬撃はベッドを破壊したが吸血鬼には当たらなかった。吸血鬼はいつの間にかライの背後へ移動していた。振り返ったライはネグリジェ姿からドレスに姿に変わっている吸血鬼を睨みつけた。


「その手に持っているのは……聖剣か? しかし、もう片方は……魔剣か。どうなっておる? 何故、相反する聖剣と魔剣を持っておる。その妙な魔力といい、お主は一体……」


 疑問を抱く吸血鬼が思考に陥っている所へライはすかさず攻撃を仕掛ける。間合いを詰めて剣を振るおうとしたが、背後から突然全裸の男達がライに襲い掛かった。思わぬ襲撃者にライは飛び退いた。


「おい! どうして俺を襲うんだ!」

『主! あの男達は魅了されておる! あの吸血鬼に!』

「チッ……!」


 舌打ちをしてライは襲い掛かってくる男達から逃げるように部屋を出た。その時、尻目に吸血鬼を見たら面白可笑しそうにこちらを見ていた。その顔を見てライは必ずその端正な顔を歪めてやると誓う。


 部屋を出て行ったライは後ろから追いかけてくる裸の男達を見て顔を顰める。誰も彼もがうつろな瞳をしている。が、それよりも嫌なのは誰も隠していないところだ。そう丸見えなのだ。あそこが。


『ううむ。何度も目にしたくはない光景だな……』

「(あれってどうやったら正気に戻せるんだ?)」

『恐らくですがあの吸血鬼を倒さないと不可能だと思いますよ。ですから、彼らを気絶させるしかありませんね』

「(そうするか!)」


 逃げ回っていたライは立ち止まって振り返る。そこには全裸の男達が迫ってきていた。おぞましい光景ではあるが目を背けている場合ではない。ライは剣を握りしめて男達に向かっていく。


 一番手前にいた男へライは身体強化を施して蹴りを放ったが、まさかの跳躍で避けられると同時に眼前に汚いものが映って思わず眉を顰めた。


『なんという身のこなし!』

「(敵褒めてどうすんだよ!)」

『す、すまぬ……つい』

『吸血鬼の魅了によって操られているようですが、無理矢理闘気で身体強化をしているのでしょう』

「(厄介だな……。ブラド、エル、魔力の残量はどのくらいだ?)」

『身体強化だけなら半日は持つぞ』

『私の方も同じくらいです』

「(そうか。じゃあ、こいつらは速攻で片付けないとな!)」


 吸血鬼の魅了で操られている男達は闘気によって身体能力も向上していた。厄介極まりない集団だが彼らを倒さない限り吸血鬼へ辿り着けない。ライはもう一度身体強化を行って男達と対峙するのであった。

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