第5話 別離

 その日の夜、アルとミクがライの下を訪れた。恐らく、これから兵士となって魔王軍と戦うことについてのことだろう。ライは両親に出掛けてくると伝えて、アルとミクと一緒にいつも遊んでいた小高い丘へ向かった。


 満天の星空の下、三人が向かい合う。


「それで話ってなんだ?」


 星空を眺めていた時、重苦しい雰囲気を纏っていた二人に向かってライが切り出した。


「その俺達……明日村を出ていくことになったから、最後にライと話したいと思って」

「はあ? 何を話すんだ?」

「それは色々だよ。ほら、最近ライと遊ぶ時間が減っただろ?」

「ああ。それは二人の為だよ。だって、二人は恋人だろ? 俺がいたら邪魔じゃないか」

「そんなこと……」

「ないとは言えないだろ? 俺だって彼女がいたら彼女との時間を大切にしたいさ」

「え、ライって彼女いるの?」

「例え話だよ、ミク。俺には彼女なんていない。今は父さんの仕事を手伝ってるんだ」

「あ、ああ。そういうことなんだ」


 気まずい空気が流れる。会話が途切れてしまい沈黙が続く。


「でも、これでお別れだなんて悲しいじゃないか……」

「ああ、そうだな。でも、仕方ないだろ? お前達は特別・・なんだから」


 特別という言葉を強調するライに二人は何とも言えない表情を見せる。二人と違ってライは何の力もない。その言葉は皮肉にも聞こえただろう。


「気にすんなよ。お前等が気に病むことじゃない。むしろ、お前等の方が大変なんだぞ? 魔王軍と戦うんだ。殺すか殺されるか、そんな場所にお前等は行くことになるんだ。人の心配してる場合じゃないだろ」

「ああ……」


 ライの言うことはもっともだった。これから二人は戦場へ向かうことになるのだ。この村は辺鄙な場所にあるから戦争とは無縁だったが、明日からは違う。兵士と共に前線へ向かうことになるのだ。とは言っても、まだ二人は子供で戦力にはならない。だから、後方で戦闘訓練を積むことになる。

 勿論、戦力なると判断されれば前線へ送られることになるだろう。そうなればライの言うとおり、命の駆け引きだ。


「アル、ミクをちゃんと守れよ。俺じゃ何の力にもなれないから」

「ああ。わかってるよ」

「ミク、アルの事を頼んだ。きっと、こいつは無茶ばっかりするだろうからさ」

「うん。任せて」

「本当なら俺も一緒に行きたかった……。頑張れよ、二人とも。俺はここで祈るくらいしか出来ないけど心はいつも一緒だ」


 最後の言葉は紛れもない本心であった。憎しみもあるが、それ以上に大切な二人の幼馴染だ。死んでほしくない、そう思ってライは二人の肩を抱き寄せた。


「ああ……ああ! 必ず生きて帰ってくるよ!」

「うん! アルと一緒に帰ってくるから!」

「待ってる。お前達が帰ってくるのをここで」


 抱き合う三人は涙を流す。もしかしたら、こうして三人で会うのもこれが最後かもしれない。だけど、悲しんでばかりはいられない。二人は人類の為に戦いへ赴くのだ。ここで立ち止まるわけにはいかない。


「さよならは言わない! またな!」

「また会おうね!」

「ああ、絶対に!」


 そう言って三人は別れる。それぞれの家へ戻っていくのだった。


 翌日、アルとミクは迎えに来た兵士と共に育成所がある王都へ旅立っていった。それを最後までライは見送り手を振っていた。二人が見えなくなるまでずっと。


 ◇◇◇◇


 二人が村を出て行ってから、しばらくしてライは近況を聖剣と魔剣に報告していた。勿論、聖剣と魔剣は物言わぬので返事はない。ただライにとっては日課になっているので、こうして話に来ているのだ。


「この前さ、兵士の人が来て闘気って言うのを測ったんだ。でも、俺には無くてアルとミクには才能があったらしいんだよ。兵士の人が喜んでたの今でも覚えてる。それで二人は魔王軍と戦う為に育成所に連れてかれたんだ。多分、今頃訓練に励んでいると思う」


 それからライは近くに落ちていた木の枝を持って、剣のように振り下ろしてみせた。


「多分、こんな感じなのかな? まあ、俺は父さんが狩人だから弓の方が得意なんだけど」


 そう言って苦笑いするライは持っていた木の枝を放り投げる。そして、また聖剣と魔剣の近くに腰を下ろして、話を再開する。


「……神様ってひどいよな。なんでアルばっかり贔屓するんだろ。俺に闘気があれば良かったのに……」


 憂鬱に上を見ながらライは嫉妬の言葉を漏らした。アルはミクという恋人も手に入れ、さらには闘気という才能まであった。それに対してライは何もない。初恋は叶わず、闘気という才能もない。どうして、このように不平等なのかとライは神を恨んだ。


「はあ……。まあ、仕方ないよな。そういう運命なんだろうな、俺は」


 悲観的な感想を零すライは、もう諦めていた。自分がどれだけ頑張っても報われないのだと。まだ諦めるには早いが、こうも連続でアルとの差を見せつけられては仕方がないだろう。


「よっこいしょ。じゃあ、また来るよ」


 ズボンに付いていた泥を落としてライは聖剣と魔剣の下から村へと戻った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る