第44話 勇者じゃありません

 ライがブラドと話していたら、部屋の扉を叩く音が聞こえてきた。ふとライは思い出す。そういえばここはどこなのだろうかと。泊まっていた宿よりも綺麗な部屋に困惑していたが、それよりもここがどこなのかという疑問の方が大きかった。


 そんな事を考えていたら部屋に誰かが入ってくる。誰だろうかとライが部屋に入ってきた人物に目を向けるとメイドであった。丁度目が合うと彼女は礼儀正しく一礼してきたのでライも慌てて頭を下げる。


「目が覚められたのですね。勇者様」

「へ? 勇者?」

「少々お待ちください。旦那様をお呼びしますので」

「え、ちょっと待って!」


 勇者と呼ばれて呆然としていたらメイドは部屋を出て行ってしまった。呼び止めようとしたが時既に遅し。彼女の姿はもうどこにもない。残されたライはガックリと肩を落とすのだった。


 程なくして部屋の扉が叩かれる音がする。きっと先ほどのメイドが旦那様を連れて来たのだろうとライは返事をした。ライが返事をすると扉が開いて、メイドと男性が入ってくる。


「やあ、目が覚めたようだね。勇者ライ殿。私はこの町の町長を務めているフーガと言う。以降、よろしく」

「あ、はい。どうも。俺はライって言います。それで、あの、勇者ってのはなんですか?」

「ん? 君の事だが?」

「いえ、それは分かるんですがどうして勇者って事に?」

「あー、その事か。では、少し君が寝ていた間の事を話そうか」


 フーガと名乗った町長は椅子に腰掛けてライが眠っていたことを説明してくれた。まず、ライが助け出した男達が町に帰って来た事で騒ぎになり、男達がライに救われたという話で盛り上がった事から始まる。

 その話を聞いた人達がさらに話を広げていき、内容がどんどん誇張されてしまった。結果、ライは吸血鬼の群れから男達を救った勇者ということになったそうだ。


「どうして、そんなことに……」


 頭を抱えるライにフーガは苦笑いである。


「ハハ、まあ、それはさておき。どうしても君に聞きたいことがある」

「なんでしょうか?」

「君に事を少しだけ調べさせてもらった。とはいっても過去とかじゃない。荷物などをね、少し拝見させてもらったんだ。だから、聞きたい。君はどうやって行方不明になっていた男達を助けたんだね?」

「えっと、それは……」

「こういうことは言いたくないんだが、私としては君が怪しいんだ。何か怪しい薬でも使って彼等を操ったのではないかと疑っているんだ。なにせ、君は何の武器も持っていない。宿に弓矢と短剣はあったが君自身は丸腰だ。これでどうやって吸血鬼とやらを退治したのか是非とも聞きたい」


 まるで核心を突くかのような質問だった。


「あ、いや、その、俺は……」

「何か後ろめたい事でもあるのかね?」

「(どうしよ、完全に疑われてるな……)」

『私を出して納得してもらいますか?』

「(それでもいいんだけど、今度は本当に勇者扱いされそう……)」

『ですが、疑われたままだと旅に支障が出ますよ。下手をしたら身柄を拘束されるかもしれません』


 エルレシオンの言う事はもっともだった。ライの手荷物を調べて彼を疑っている今のフーガは最悪身柄を拘束するかもしれない。疑いが晴れるまでは、きっとライを解放することはしないだろう。


「(ううん……。仕方ない。フーガさんには黙っててもらうしかないか)」


 あまりやりたくはなかったがライは最悪の未来を回避する為に聖剣を体から取り出した。その光景を見ていたフーガは驚いて椅子から転げ落ちそうになってしまう。同じように側に控えていたメイドも腰を抜かしていた。


「な、なんだね、それは!? まさか、私を殺す気かね!」

「お、落ち着いてください。これは聖剣です」

「何!? 聖剣だと! それは本当かね?」

「嘘じゃないです。まあ、証拠はありませんがさっきの光景が普通の剣には出来ないでしょう?」

「う、うむ、確かに体から剣を取り出すなど出来ないだろうな。しかし、聖剣か……。君はまさか本当に勇者なのか?」

「いえ、ちがいます。聖剣には認められてますけど勇者ではありません」

「ふ~む。そう言うが聖剣に選ばれてる以上は勇者だとしか思えないが……。とはいえ、疑ってすまなかった。この通り、謝罪しよう」


 そう言ってフーガは頭を下げた。ライとしては疑いが晴れるだけで良かったので、すぐに頭を上げるよう説得した。


「ふむ……。しかし、君が勇者でないと言っても君が行ったことは勇者のようなものだぞ」

「そんなつもりはなかったんですけど……」

「犯罪者のようなことを言うね……。オホン、では、これからどうするかね? 君を調べた時分かったが旅の最中なのだろう?」

「ええ、そうです。一応、体力も回復しましたのですぐにでも町を出ようかと」

「それならばせめてものお礼としてお金と食料、それから水を渡しておこう」

「え、いいんですか!?」

「構わないさ。こちらは大切な住民を救ってもらっているんだ。これくらい大したことではない」

「ありがとうございます!」

「いいや、お礼を言うのはこちらの方だよ。町の者達の代表としてお礼を言わせて欲しい。ありがとう」


 お礼を言われたライは嬉しそうに微笑んだ。とんでもない相手と戦ってしまう事になったが結果的には全員助ける事が出来てよかったと。そう思うのであった。




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