魔界編

第1話 人外の変態、魔界に立つ

 いざかんとライは次元の穴を潜って魔界へ降り立った。そこは幻想世界。空に大地が浮いており、見たこともない鳥が優雅に飛んでいた。

 思わず圧倒されるライだが、感動している場合ではないと気を引き締める。なにせ、魔王ガイアラクスが完全に固定させた次元の穴を目指して魔族の大群が迫ってきているのだから。


 巨人族、竜族といった魔界でも屈指の実力を持った種族。個で千の兵士にも勝ると言われており、生命力、強靭な身体、豊富な魔力、どれをとっても一級品の種族だ。それらが万の軍勢となっている。それがどれだけ脅威か。


 普通ならば絶望だろう。諦めて蹂躙されるのを待つしかない。


 だが、しかし、それは普通であったならばの話だ。


 ライは違う。彼は魔界を統べた魔王ガイアラクスを下しており、尚且つ魔界へ来た事で魔力を回復させている。もはや、彼の方こそ絶望の象徴と言える。不死身の肉体、際限の無い魔力と闘気、そして尋常ではない成長速度。

 その三つだけでも厄介だと言うのに、極めつけは彼が手にしている二振りの剣。聖剣と魔剣だ。

 能力はまさに反則級のものばかり。しかも、今はお互いの能力を使えるので、どちらが欠けても問題がないという非常識なものである。


『主、もうすぐ来るぞ』

『これは、また大勢ですね』

「関係ないさ。今なら負ける気がしない!」


 全裸で次元の穴の前に立ち塞がるライは聖剣と魔剣を握り締めて、こちらへと向かって来ている大群を迎え撃つ覚悟を決めた。


 それから、しばらくして魔族の大群が現れる。一番初めに辿り着いたのは竜族だ。ライよりも十数倍大きい身体をしており、見るだけで圧倒される威圧感を放っていた。


「裸の人間だと……?」


 魔王ガイアラクスの言伝に従い、竜族は人間界と魔界を繋ぐ次元の穴にやってきたのだが、そこには何故か全裸の人間が立っている。これはどういうことだろうかと困惑する竜族は、ひとまずライへ話しかけた。


「そこの人間よ。一つ尋ねたいのだが、何故そこにいる?」

「はッ! 見てわかるだろ! お前等をここから先に通さない為だ!」

「たった一人でか? しかも、全裸で」

「ぐむ……。全裸は関係ないだろう!」

「まあ、それはそうだが……待て。そもそもどうしてお前はこちらに来れたのだ? 人間界には魔王が侵攻していたはずだが?」

「アイツなら俺が殺した!」

「なにッ!?」


 衝撃の事実に竜は目を丸くする。本当に目の前の全裸の人間が魔王を倒したというのだろうかと疑いの目を向ける竜は、一度ライをよく観察することにした。

 すると、驚くことに奇妙な魔力に全身から感じられる異常な力。恐らく、嘘はではないと判断したのだった。


「どうやら、嘘ではないようだな……」

「なんだ? 戦うのか? 戦わないのか! どっちなんだ!」

「人間よ、名はなんと言う?」

「はあ? それが何か意味でもあるのか! お前等は俺達人間のことなんて餌にしか思ってないくせに!」

「餌? ああ、そういうことか。勘違いしている所悪いが、我ら竜は人間を食わん。雑味が多く、その上魔力も大して含んでない人間など餌にすらならんよ」

「な、はぁ!?」


 こんどはライが驚く番であった。竜の話が本当ならば争う必要は無い。だが、まだ確かめなければならないことある。人間を食わないといっても殺さないとは言ってないのだ。それを確かめなければ矛を収めることは出来ない。


「人間を食わないのはいいとする。だからといって、俺達が争う理由は他にもあるだろう!」

「魔王を殺されたことか? それとも魔族だからか?」

「ぬぐ…………。そうだよ!」

「ふむ。まあ、そう考えるのは自然の事か」


 昔から今もずっと人類と魔族は敵対関係にある。それも仕方ない。初代の魔王が人間界へ戦争を仕掛けたのが発端だ。


「ならば、提案だ」

「提案? なんだ、命乞いか?」

「そうではない。お前が魔王になったらどうだ?」

「はあ!? 俺が魔王にだとッ! ふざけたこと言ってんじゃねえよ!」

「ふざけてはいない。魔界は良くも悪くも強者こそ絶対。弱肉強食である魔界は強者の言う事に従うのが定めなのだ。それゆえに我等は魔王ガイアラクスの命に従い、ここまでやってきた。だが、魔王は死んだというではないか。他でもないお前の手によって」

「ああ、そうだ。それが何の関係があるんだよ!」

「大いにある。魔界を統べていた王を殺したのだ。であれば、次代の王はお前であろう?」

「は? はあああああああああッ!?」


 ふざけた理論であるが、竜の言っている事は間違いない。事実、魔王ガイアラクスは魔界を統べており、すべての種族を配下にしていたのだ。

 それゆえに、屈強な巨人族や最強と名高い竜族も魔王の言う事に従い、ここまでやってきたのだ。


「い、嫌に決まってるだろうが! 魔王になんて誰がなるか!」

「では、どうする? 永遠にここで戦い続けるか? 先代の魔王ガイアラクスが残した道標みちしるべは残っているのだぞ。我らだけではない。他の種族も続々と集まってくる。それをたったの一人で戦い、守り続けると言うのか?」

「ああ、そうだよ! 俺なら出来るさ!」

「本当に可能か? 我ら竜族、そして後ろにいる巨人族。それだけではない。亜人族や獣人族、他にもエルフ族やドワーフ族といったあまねく種族をお前一人で抑えられると、そう思っているのか?」


 今のライなら実現可能かと言われたら可能だろう。しかし、向こうが協力して人間界へ向かう事だけに絞ればライは守りきれなくなる。いくら障壁を張って出入り口を塞ごうとも竜や巨人、エルフやドワーフに協力されればライとて無事ではすまない。


『主よ、この際だから魔王になったらどうだ?』

『そうですね。それで人間界に手を出さないように言いつければしばらくは安泰ではないでしょうか?』

「(…………確かに)」


 感情のままに反対したが、よくよく考えれば魅力的な話である。ライが存命中の間は平穏を維持できるのだ。そうなればライは今後無駄に戦わなくていいし、アリサとシエルとゆっくり過ごす事が出来る。

 ただし、役職として魔王になる必要があるわけだが。


「魔王になったらどうすればいい?」

「まずは反対勢力を黙らせる事だな。恐らくだが、人間が魔王になるなど史上初であるし、ガイアラクスの死を目撃した訳ではないので納得しない者も多く出てくるだろう」

「駄目じゃん! いきなり難易度上がってるじゃん! 簡単そうに言ってたくせに!」

「そう怒るな。少なくとも我等竜族はお前に従うぞ」

「え? それなら話は簡単そうに見えるけど?」


 魔界で最強種と呼ばれる竜族が配下になるのなら今後楽になるのではないかと思うライだが、見通しが甘い。


「我等は敵対されなければ基本無関心だ。どういうことかと言うとお前が敵対されていても我等に向けられたわけではないので助けはしない」

「ふざけんな、この野郎ッ!」


 今すぐ魔剣と聖剣を持って暴れてやろうかというくらい荒れ狂うライ。それに対して竜はあっけらかんとした態度である。


「あれ……でも、俺に従うんだから言う事は聞いてくれるんだよね?」

「正当な理由があればな。あの獣人がムカつくなどといった下らない理由であれば無視する」

「今すぐ、お前を叩きのめして馬車馬のように使ってやろうか?」


 従うという割には使い勝手が悪すぎる竜にライは青筋を立てる。この場ではっきりと上下関係を教えてやろうかと聖剣と魔剣を強く握り締めた。


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