第119話 悲しき運命

 翌朝、干物になったライが食堂にいた。その横にはニコニコと大満足そうに朝食を食べている肌ツヤツヤのアリサとシエルがいる。どう見ても先日仲良くしていたようだ。具体的には言えないが、恐らく夜のプロレスごっこだろう。


 そして、ライとは違うがゲッソリしているのはアルだ。彼はライとは事情が違い、ミクに説教を受けていただけ。精神的には参っているだろうが、ライに比べれば楽だろう。


 他の勇者達はなんとも気まずい食事に沈黙していた。流石に昨夜何があったかなど聞けるような者はいないだろう。むしろ、いたら正気を疑ってしまう。一体、どこを見て話しているのかと。


 さて、朝食も済ませた勇者達は最前線へ移動する為、荷物を纏める。もっとも、ライはとくに持っていくようなものなどない。強いて、言えばシュナイダーくらいだろうが既にシュナイダーは外で待機している。

 つまり、ライは何も持っていくものがない。一応、衣類などは持っていくが、帰ってくる頃には無くなっているかもしれない。ライの戦い方が捨て身戦法なので服はあっても意味がないのだ。


 とはいえ、まだ羞恥心を残しているライは全裸で戦うのが恥ずかしいと思っている。ただ、これが最後だと考えると、もう最初から全裸でもいいかなと悟りの境地へ突入しかけている。


 攻撃こそ最大の防御。ならば、ライにとって全裸は最善の選択だろう。なにせ、もう失うものがないのだ。羞恥心など知ったことではない。仇が討てるなら、恥も外聞も殴り捨てよう。


 しかし、流石に今から全裸はあり得ないとライは首を振って衣服を纏めた鞄を背負って他の勇者達が待つ場所へ向かった。


 ライが向かうと、そこにはダリオスしかいなかった。

 他の勇者はまだ来ていないのかとライは周囲を見渡しながら、ダリオスへと近づく。


「ダリオスさんだけですか?」

「うむ。まあ、色々と準備があるからな。仕方なかろう」

「でも、ダリオスさんは早いですね? 先に準備してたんですか?」

「ああ。今回の作戦は俺が立てたからな。だから、既に準備は整えておいたんだ」

「なるほど……」

「そういうライの荷物はそれだけか? やけに少ないが……」

「衣類だけです。俺は特に持って行くものないんで」

「そういえば、お前は防具の類を持っていなかったな……」


 ダリオスはライの戦いを稽古場でしか見ていないから知らないが、彼の防具は身に着けている服である。防御力は恐らく一しかないだろう。一撃喰らえば吹き飛ぶ紙装甲だ。ちなみに守れるのはライの自尊心と社会的人権だけである。悲しいが物理的な防御に期待してはいけない。


「そんなお前に朗報だ。実は陛下がお前に鎧を下賜された」

「えッ!?」


 驚くライにダリオスはくつくつと笑う。その反応が見たかったとダリオスは満足そうに笑うと、そこへアリサとシエルが二人で大きな荷物を台車に乗せて運んできた。


「おお! まさか、アレが!?」

「ああ、そうだ。アレが陛下がお前に下さった鎧だ。受け取るといい」


 早速、その鎧を確かめてみようとライは二人の元へ向かう。二人はライが目の前まで来たところで、鎧を覆い隠していた白い布を剥ぎ取った。

 バサッと布の下から現れたのは男心をくすぐる一品。漆黒の全身鎧だ。それを見たライのテンションは最高潮である。


「うおおおおおおおッ! かっけーッ!!!」

「うふふ、そうでしょう。私達が陛下にお願いして作ってもらったんだから」

「はい! これは、なんとライさん専用の装備ですよ!」

「おおッ! そうなんだ! 二人ともありがとう!!!」

『なあ、主よ。まだ喜ぶのは早いと思うが?』

『二人が陛下にお願いしたという事は……ああ、そういうことでしょうか』


 二人の好意にライは嬉しく思い、頭を下げてお礼を言うと鎧に触れる。すると、違和感があった。

 どうにも感触がおかしいのだ。鉄とかそういう感触ではないのだ。まるで、紙のように軽い。これはおかしいぞとライは首を捻る。本当にこれは自分専用の装備なのだろうかと。


「なあ、これ本当に鎧なのか?」

「…………実を言うと、それハリボテなの」

「ライさんの正体を隠すためのカモフラージュなんです……」

「ど、どういうことッ?」


 申し訳なさそうに眉を下げている二人にライは戸惑いを隠しきれない。カモフラージュとは一体どういう事だろうかとライは二人を問いかける。


「えっと、ライって魔王軍の所為で色々と誤解されてるでしょ?」

「その事については陛下が誤解だという事で話はついたんですけど、中にはまだ疑っている方もいまして……」

「つまり、これを着て正体を隠せってこと?」

「そういうこと。大体、ライって捨て身の特攻が得意でしょ? だから、とりあえず形だけ陛下にお願いして鍛冶師に作らせたの」

「残念ながら防御力は皆無なので期待はしないでください。ですが、これなら完全に正体を隠せますので!」

「お……おおおおおおお~~~」

『やはりか……』

『そうだと思いました……」


 膝から崩れ落ちるライは大号泣である。念願の全身鎧に興奮していたのに衝撃の事実を知ってしまい、もはや夢も希望もないと現実に打ちのめされてしまった。

 やはり、どう足掻いても全裸の呪縛からは逃れられないらしい。残酷な運命をライは呪う。もしも、これが神の呪いによるものだとしたらライは神すら斬ってみせると心の中で密かに誓った。


「ちくしょう、ちくしょう、ちくしょうッ……!」

『まあ、いいではないか。一応、主の希望であった全身鎧だぞ』

『しかも、漆黒の全身鎧ですよ。デザインもいいですし、文句などないのでは?』

「(それただのハリボテだからッ! なんにも守ってくれない!)」

『二人が説明していたではないか。皇帝が主の噂を払拭したが、それでも中には信じている者がいると。そういう者から主を守るためだと聞いたではないか』

「(分かってる! 分かってるけど!!!)」

『もしかして、これ着ても全裸になる未来は変わらないことを怒ってます?』

「(う゛ん゛ッ!!!)」


 よっぽど悔しかったのか最後の返事がとても力強い。本当に悔しそうに拳を握り締め、下唇を噛んでいる。どれだけ全裸で戦闘をしたくないのだろうか。

 もう何度も全裸で戦闘を繰り広げてきたというのに、いまだに拘るのは止した方がいいだろう。そういう運命なのだ。諦めて受け入れるしかない。そすれば悩むこともなく楽になるというのに。


「ねえ、ライ。安心して。貴方がどれだけ全裸で戦っても私は絶対に嫌いになんてならないから」

「アリサ……ッ!」

「私もです。むしろ、ライさんの裸は尊いものですから、見せつけてもいいんですよ?」

「シエル……少しは自重して」

「あう……」


 アリサの言葉は素直に嬉しいのだがシエルは少しくらい考えてほしい。というよりもアリサを見習ってほしい。何故、全裸を推奨するのか。精神が狂っているのだろうか。それとも、単純に見たいだけなのだろうか。

 どちらかは分からないが、もう少し考えてから発言した方がいいだろう。そもそも、ライの裸など飽きるほど見たというのに、まだ望んでいる彼女は聖女というよりかは魔女か夢魔の類だ。


 三人が夫婦漫才をしていると、他の勇者達も続々と集まってくる。

 ようやく全員が集結し、これで出発となる。いよいよ最後の戦いへ向けて勇者が全員出ることとなった。

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