第66話 ドロン

 ゲイルに呼ばれたシエルは大急ぎで二人の元へと駆け寄る。ライは既に完治しているが、意識はまだ戻っていない。シエルが出来るのは治癒だけで死人を蘇らせる事など出来ない。

 だからといって命の恩人であるライを見捨てる事などシエルには出来なかった。彼女はありあまる闘気を消費してルナリスの力を発揮させた。


 眩い光がライを包み込む。あまりの眩しさにゲイルは目を逸らした。聖女のシエルだけが光に包まれているライを見詰めている。彼女はただただ祈った。ライが息を吹き返すことを。


「お願い……!」


 聖杖ルナリスを握り締めてシエルは懇願する。その時、ゲイルによって吹き飛ばされたガレオンが起き上がり、声高らかに叫んだ。


「無駄だ! ライは死んだ! 俺が殺したのだ! 聖女よ、お前がどれだけの奇跡を起こそうともそいつは蘇らない! フハハハハハハハッ!」


 勝ち誇ったガレオンは口を大きく広げて笑った。ガレオンの言葉通り、シエルがどれだけ祈ってもライは目を覚まさない。


「だとしても、私は諦めません! 彼は命を懸けてまで私を救ってくれた。ならば、次は私の番です! この命が尽き果てようとも私は必ず彼を救ってみせます!」

「ハハハハハハハッ! なら、死霊術士ネクロマンサーにでも転職するのだな! そうすればそいつを死霊騎士デスナイトとして蘇らせることが出来るぞ! まあ、そうなればお前は二度と聖杖ルナリスを使うことが出来なくなるがなッ!」


 そう言って再び笑うガレオンに悔しそうに涙を滲ませるシエル。ガレオンの言っている通り、いくら祈りを捧げた所でライは目を覚まさない。本当に死んでしまったのかと誰もが諦めるだろう。

 シエルは最善を尽くした。誰も彼女を責める事はない。


 だが、シエルだけは違う。彼女は自分を責め続ける。もっと自分が強ければライを死なせることはなかったのだと。


「私がもっと強ければ……ッ!」


 ルナリスを握り締めたままシエルは唇を噛んで悔しそうに涙を零した。


「分かりますよ、その気持ち。俺ももっと自分が強かったらと何度も自分を責めた事がありますから」

「へ……?」

「ありがとうございます。貴女のおかげで死の淵から無事戻ってこれました」

「あ、あああッ!」


 口元を手で覆い隠すシエルはポロポロと大粒の涙を流す。死んだと思っていたライが目を覚ましたのだ。悲しみに満ち溢れていた彼女の心は歓喜へと移り変わる。再び立ち上がったライにシエルは咽び泣くのであった。


「バ、バカな! 何故だ! 普通は死んでいるはずだ! どうしてお前は生きている!」

「教える必要なんてないだろう。お前はここで死ぬんだからよ」


 驚愕に震えているガレオンはライを指差して叫んだ。何故生き返ったのかと喚いているガレオンに対してライは冷たい目を向けた。

 そして、両手に魔剣と聖剣を召喚したライは満身創痍のガレオンに向かってゆっくりと歩き出す。

 ガレオンはライとの戦闘に加えて魔剣の魔力吸収で動けないでいた。しかも、先程ゲイルから大打撃を貰っている。


「む? これはどうなっている?」


 ライがガレオンに向かって歩いていた所にダリオスがやってきた。ダリオスは目の前の光景に何がどうなっているのかと状況を整理する。黒と白の聖剣を所持している少年ライとその数m先に倒れている獣人。それから、ライの後方にいるゲイルとシエルを見てダリオスは全てを察した。


「ふむ。そういうことか。少年。手伝いは必要か?」

「いえ、俺一人で十分です」

「がっはっはっはっは! そうか、わかった」


 そう言うとダリオスはゲイル達の方へ寄った。それを尻目に見ていたライは視線を戻してガレオンの方を見る。ガレオンは先程まで笑っていたのに今は歯痒そうに唇を噛んでいた。


 このままでは自分は殺されてしまうとガレオンは奥歯をギシリと噛んだ。目的の聖女も殺せず、魔王から指示されていた魔剣と聖剣の使い手も殺せず、何の成果もなく死ぬ事になるとは思わなかっただろう。


 ガレオンはそれだけはダメだと隠し持っていた煙玉を使った。聖女の暗殺に失敗した時、逃げ出す用の煙玉だ。失敗する事などないと思っていたが、ライという想定外の人物がいたせいで作戦は大失敗だ。

 ジーガは死に、自身も計り知れないダメージを負った。最早、ここから逆転することなど不可能。


 それなら少しでも多くの情報を持ち帰ったほうがいいと考えてガレオンは逃げ出した。死に掛けているがガレオンは獅子の獣人。人間などよりも遥かに強靭な生命力をしている。


 煙幕で姿を眩ましたガレオンにライは舌打ちをする。まさか、逃げるとは思っていなかったのだ。そして、自身の詰めの甘さに頭が痛くなる。逃げる事を考慮してもっと早くに止めを刺すべきだったと。


 ライはブラドとエルレシオンの感知能力を頼って煙幕の中へ突っ込んだ。それと同時にダリオスもガレオンを逃がすまいと煙幕の中へ入る。

 しかし、ガレオンはまんまと逃げたらしく煙幕が晴れた頃には消えていた。


「くそ!!!」

「逃げたか……」

「すいません。俺がもっと早く殺しておけば……」

「仕方がない。俺もまさかあそこで煙幕を出してくるとは思っていなかった。どうやら、用意周到な奴がいるらしい」

「また来ますかね?」

「恐らくはな。奴らの目的は聖女だ。聖女を殺すまでは何度でも襲ってくるだろう」

「そうですか……」


 聖女を守ることは出来たが、今回の一件で痛感する事になった。聖女の結界も万能ではない。再び、魔族が襲ってきたら次も防げるかどうか。多くの住民達が不安を抱える事になった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る