第52話 手の平返し
戦いは終わった。が、まだやるべき事は残っている。それは、自身に刺さっている槍の処理だ。ライは脇腹を貫通している槍をどうやって抜こうかと考えていた。普通に抜けばいいのだが、戦いが終わった事で脳内麻薬も切れてしまい、尋常ではない痛みが襲ってくるだろう。
それを想像するだけで震え上がる。
しかし、いつまでもこのままにしてはおけない。ライは覚悟を決めて槍を握った。二人に身体強化をしてもらい、歯を食い縛ったライは一気に槍を引き抜いた。
「ふんッ! んんん~~~ッッッ!!!」
奥歯が砕けるのではないかと言うくらいライは歯を食い縛って痛みを堪えた。その様子から想像を絶するほどの痛みがライを襲っていうことは間違いないだろう。
刺さっていた槍を抜いたライは無造作に槍を投げ捨てた。カランカランと音を立てて槍は地面に転がる。
『大丈夫か、主?』
『何か違和感はありませんか?』
「大丈夫。死ぬほど痛かったけど平気」
激痛に涙目になっているライは二人の心配そうな声を聞いて平気だと答えた。魔剣の再生能力で傷は完治したので確かに体は問題ないが心は別だろう。何度も命を投げ捨てるような戦い方をしているが、痛いものは痛いはずだ。
「ん?」
『む?』
『誰か来ますね』
槍を引き抜き、少し休憩していたライの下へ駆けて来る集団がいた。それは町にいた兵士達であった。そういえば兵士達がいたなとライは思い出した。今更何をしに来たのだろうかとライが兵士達を見詰めていると先頭にいた兵士長が彼の前まで行くと片膝をついて頭を下げた。
「勇者殿! この度は町を救って頂き、誠にありがとうございます! 我ら兵士一同、貴方に命を救われました! これは感謝の気持ちです。どうか受け取っていただきたい!」
そう言って兵士長が取り出したのは袋一杯に詰められたお金であった。あまりの大金にライは目を丸くしてお金と兵士長を交互に何度も見た。
「いや、あの、これは……?」
「は! 我等の財産の半分です、勇者殿!」
「ええ……! そ、それは流石に受け取れないというか……」
「そう言わずにどうか受け取ってもらえないでしょうか? 勇者殿がいなければ町は甚大な被害に多くの犠牲者を出していたでしょう。勿論、我等も死んでいた事でしょう。情けない話ですが、この町は戦線から遠く離れた所にありますから兵士の質も高くはありません。ですから、勇者殿は町だけでなく我等も救ってくれたのです。これくらいは当然かと」
「で、でも……」
言えない。もしかしたら、魔族の集団がこの町を襲いに来たのは自分がいるからだと。戦いの最中に敵が言っていたのだ。魔王が自分を殺すように命じたと。という事は、今回の件は自分の所為かもしれない。そう考えると、お礼など受け取れる立場ではない。
「あっ!?」
「む? 誰だ! 今、勇者殿と話している所なんだぞ! 口を挟むでない!」
「す、すいません! しかし、兵士長、どうしてもお伝えしなければならないことが……」
「それは今でないとならんのか!」
「は、はい!」
「そこまで言うか。ならば、それ相応の事でないなら後で罰を与える!」
「はい。構いません!」
「では、述べてみよ!」
「はい。実は私が門兵を担当していた際にそちらの勇者殿を町へ案内したのですが、その時勇者殿は魔族に襲われて逃げてきたと……」
その一言で兵士達は騒ぎ出す。もしかして、今回魔族が町へ来たのはライの所為なのではないかと疑う者まで出てくる始末だ。やがて、疑いから批難へ変わる。
魔族に襲われて逃げて来たという事もあるが、先の戦いでライが見せた戦い方や魔剣と聖剣が原因だと誹謗中傷を投げ掛ける者まで出てきた。
「馬鹿者ッ!!! お前達は命の恩人である勇者殿をその程度の事で批難するか!」
「で、ですが兵士長。勇者殿の戦ってる姿を見たでしょう! アレは人じゃありませんよ!」
「だから、どうしたと言うのだ! たとえ、人でなくとも勇者殿は命を賭けてまで町を救ってくれたのだぞ! それをお前達は頭を下げるどころか侮辱までしおって! 恥を知れ!」
「いくら兵士長のお言葉とは言え、我等はやはりそこの彼を勇者とは呼べません……」
「お前達……!」
目の前で片膝を着いていた兵士長が怒りからか剣を引き抜こうとした時、ライはそっと兵士長の肩に手を置いて儚げに微笑んで首を横に振った。それを見た兵士長は口を開き何か言いかけたが、先程の顔を見ては何も言えなかった。
「お前達の言い分はわかった。後は私だけでいい。お前達は町にも戻れ」
「あ、あの、お金は返してもらえないんですか?」
怒りを通り越して呆れ果てる兵士長は目頭を押さえてしまった。命を助けてもらったのに、ライが原因かもしれないと分かると手の平を返し、あまつさえ一度はお礼だと言って差し出した金銭を返せと言って来たのだ。兵士長が嘆くのも仕方がないだろう。
「あの、お金はいいので服だけ貰えないですか?」
「なッ! しかし、それでは!」
「兵士長! 彼もそう言ってますし、適当に服を見繕えばいいじゃないですか」
その口を塞いでやろうかと殴りたくなる兵士長だったが、命の恩人であるライがそう望んでいるのだ。ならば、自分はこれ以上とやかく言うものではないと判断して立ち上がり頭を下げた。
「ここでしばらくお待ちください。すぐに服を持ってまいりますので」
「ありがとうございます」
兵士達は町へ戻っていく。それを見届けたライは死体が転がっている場所から移動して木陰に座って項垂れる。
「てか、ついていけばよかったな」
『いや、ついていかなくて正解だったぞ』
『ですね。もし、ついていっていれば何をされるか……』
「え? そうだったのか……」
『恐らく兵士長が主を誘わなかったのは、それを見越してのことだろう』
『彼以外とは言えませんが、少なくともあの場では彼以外はマスターに対して不信感を抱いていましたからね。あのままついて行ってたら吊るされていたかもしれません』
『うむ。ここは聖国というくらいだからな。魔に関するものには厳しいのかもしれん』
「うわ~……。ついて行かなくてよかったな……」
そのような話をしている内に時間が経ったようで町から兵士長だけが戻ってきた。ライは先程の二人と話していた内容を思い出して渇いた笑みを浮かべる。なるほど、確かに自分は嫌われているなと。
「勇者殿。先程は部下達がすいませんでした!」
開口一番で謝ってきた兵士長はライに土下座する。
「いえいえ! 気にしてませんので頭を上げてください!」
「そういうわけにはいきません。勇者殿に命を救われたというのに、何の証拠もない話を鵜吞みにして恩人である勇者殿を傷つけてしまったのです。これくらいでは足りません! もし、望まれるなら私の命で償いましょう!」
「やめてください。それにそういうことを言うなら俺が救った命を無駄にするのはよしてください」
「た、大変申し訳ありません。私の考えが至らないばかりに勇者殿にはまたもご迷惑を!」
「もういいですから、それよりも顔を上げて少し話しませんか?」
「私でよろしければ……」
これでまともに話が出来るとライはホッと息を吐くのであった。
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