第74話 帝国でのお話

 ライとシエルが帝国に向かって旅をしている頃、帝国内では聖女が誘拐された事が騒ぎになっていた。

 なにせ、唯一の治癒能力を持つ聖女だ。彼女が消えた代償はかなり大きい。その影響力も相まって兵士達は萎縮していた。


「由々しき事態よな」

「ええ」

「しかし、ダリオスよ。お前が言うには帝国へ白黒の勇者と聖女が向かっていると言うが、それは本当に信じてもいいのか?」

「勿論ですとも。聖国は対応を間違えました。白黒の勇者ライを魔剣の所持者だからと言って異端扱いし迫害したのです。聖人君子でもなければ聖国を見限ることでしょう」

「うむ。確かにそうだな。命を救ったにも拘わらず、そのような扱いを受けてしまえば嫌気が差すことは間違いなかろう。して、一つ尋ねよう。そのライとやらは取り込めるか?」

「分かりませぬ。話したのは短い時間ですゆえ、まだライの人間性は理解出来ておりません。ただ、一つだけ確かなのは味方だということでしょうか」

「ふむ、それだけ分かれば今は十分よ」


 ダリオスと話しているのはオルクス帝国の皇帝ノア・オルクス。年齢は七十を過ぎてはいるが、壮健な老人だ。かつては魔王軍との戦いで最前線に立ち、指揮を執っていたほどの猛将でもある。


 とはいえ、それは既に過去の栄光である。今は椅子に座っている時間の方が長い。そして今、ダリオスから聞いた報告をノアはライをどのようにして帝国へ取り込もうかと考えるのであった。


 場所は移り変わり、兵士達の訓練場では二人の男女が向き合っていた。男は槍を構え、女は剣を構えている。これから二人は模擬戦を行うのだ。

 両者の間には審判を務める長髪の男が立っている。彼は片手を上に上げて、睨み合っている両者を交互に見た後、上げていた手を振り下ろして始まりの合図を告げた。


 まず、槍を持っている男が地面を蹴って突っ込んだ。剣を構えていた女は突き出された槍を体を回転させて避けると、相手の懐に潜り込んだ。

 懐に潜り込まれた男は槍を横薙ぎにして振り払おうとする。迫り来る槍を女はしゃがんで避けると剣先を男に突きつけた。


「参りました……」

「これで何敗目かしら?」

「……三十は越えてると思います」

「もう少し腕を上げなさい。そうしないと死ぬわよ?」

「はい……」

「まあ、そう言うな、アリサ。アルはまだここに来たばかりなんだ。少しくらいは大目に見てやれ」


 審判を務めていた男がアリサとアルの間に割り込んだ。彼はアルを擁護する。アルはまだ王国から帝国に来たばかりで、実戦経験も少ない。多少の実力差は大目に見てやるべきだと男が言う。


「何言ってるのよ、クロイス。新兵だろうがここでは関係ないでしょ? ここは地獄の入り口なんだから」


 帝国はアリサの言うとおり地獄の入り口と化している。まだ帝都にまで魔王軍は到達していないが、防衛線はじわじわと押し下げられているのだ。いつ魔王軍が帝都に襲ってくるか分からない。

 その事に怯えた住民達は安寧の地を求めて逃げ出す者も少なくない。


「まあ、その通りなんだがお前と彼は違うんだ。あんまり無茶を言うんじゃない」

「私達は勇者よ? 最前線で戦い、兵士を奮い立たせないといけないの。その勇者がこんなに弱いんじゃ話しにならないわ」


 アリサは言いたい事を言ってその場を去っていく。何も言い返せなかったアルは悔しそうに槍を握り締めていた。


「そう落ち込むな、アル。お前は十分に強いよ。相手が悪いだけだ。アリサは自分で天才って言うだけあって本物の天才だ。だから、そう自分を卑下するな。俺からすればお前も十分勇者を名乗れるくらい強いぞ」

「でも、クロイスさん。俺はアリサさんにまだ一度もまともに槍を当てた事がありません」

「気にするなって。言ったろ? アイツは自他共に認める天才だ。俺達とは違う」

「…………俺、この前見たんです。前回の出撃から帰った時、誰よりも戦ってたアリサさんが一人で訓練している所を」

「……アイツは他人にも厳しいが自分にはもっと厳しいからな」


 そのことはクロイスも知っていた。アリサはダリオスを除けば勇者の中で最も魔族の撃破数が多い。それは、アリサが休む間もなく何度も出撃しているからだ。彼女は誰よりも前線で戦い、多くの命を守らんと懸命なのだ。

 だからこそ、強さを求め、仲間のアルにも自分と同じくらい強くなれとは言わないまでも、せめて自分に太刀打ちできるくらいには強くなって欲しいと願っているのだ。


「……どうすれば強くなれますかね?」

「そんな事俺に聞くなよ。でも、まあ、鍛錬あるのみじゃないか?」

「そうですよね。俺、もう少し残って訓練してます!」

「そうか。まあ、程々にしておけよ。お前は可愛い彼女だっているんだからよ」

「わ、わかってますよ!」


 一人残って訓練を続けるアルをクロイスはからかって、訓練所から姿を消した。

 アルは先程の戦いを思い出して槍を振るう。せめて、アリサに一撃でも入れられるくらいにはならないといけないと必死に汗を垂れ流す。


 その光景を遠くから見ていたアリサ。すると、そこへ一人の美少女がアルへとタオルを渡しに近付いた。ミクである。アルと同じく帝国に来ていたミクは、必死に訓練に励んでいるアルへ声を掛けた。


「アル! ちょっと休憩しよ」

「ミク! ああ、わかった」

「はい、これ」

「ありがとう」


 ミクからタオルを受け取ったアルは汗を拭いて、しばらく彼女と一緒に休憩をするのであった。

 その様子を見ていたアリサは少しだけ羨ましそうにして自身の部屋へと戻っていく。彼女も年頃の女の子なのでやはり彼氏という存在には憧れていた。もっとも、アリサは勇者に選ばれており、戦場に立つ方が長い為、諦めてもいたが。

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