第30話 ヒロイン登場
ライが獣人と戦っている頃、子供達は出口を目指して走っていた。背後から時折聞こえてくるライと獣人の声に驚きながらも足を止めることなく出口を目指す。幸い一本道なので迷うことはない。
だが、しかし、子供達も忘れていた。
獣人は一人だけではないことを。
「おいおい、帰ってきたらガキ共が逃げてるじゃねえか~」
彼ら彼女らの前に現れたのはもう一人の獣人。先程の獣人と同じく狼の獣人である。彼は片手に子供を掴んでいた。どうやら、新しい子供を攫ってきた帰りらしい。
「ん?」
目の前に子供達がいるのにも拘らず獣人は鼻をスンスンとさせた。これは匂いを嗅いでいるのだ。獣人は匂いを嗅ぎ終わると、すべてを察した。
「あ~、なるほど~。奥でワルトと戦ってる奴がいるな。そいつがお前らを逃がしたのか~。でも、残念だったな俺がいるのを知らなかったみたいで」
ニヤニヤと笑う獣人に子供達はガタガタと震えだす。後少しで逃げ出せると思っていたのに、待っていたのは別の絶望。引き返してもいいが目の前の獣人はペロリと舌なめずりしている。あれはここで自分達を食べてしまおうという顔だと幼いながらも子供達は理解した。いや、理解させられた。
もう駄目だと大半の子供達が尻もちをついてしまう。逃げる気力はすでにない。だって、ここで死ぬのは確定しているのだから。
「へっへっへ……。さ~て、誰から食ってやろうかな~」
「ひッ……!」
「ヒヒヒ! 堪らねえなぁ……。この瞬間はよぉ~」
一歩、また一歩と近づいてくる獣人に怯えて子供達は動けない。しかし、その中で一人だけ動いた子がいた。その子はライに助けられ、短剣を渡された少女であった。彼女は不器用ながらも子供達を助けようとしたライの背中を思い出したのだ。
たとえ、弱くとも黙ってやられるわけにはいかないと勇気を振り絞って前に出た。
「おっ? へ~、勇ましいね。その短剣で俺を倒すのかな~?」
「やああああああッ!」
思わぬ敵に一瞬驚いた獣人であったが、か弱い少女であることには違いないと分かった途端に侮るような笑みを浮かべた。
少女は短剣をギュッと握りしめて獣人に向かって真っすぐ駆け出した。短剣を突き出すように伸ばした腕は獣人に当たることはない。
「おっと、危ない危ない」
「あうッ!」
少女にとって全力疾走だった。いとも簡単に短剣は避けられてしまい少女は転んでしまう。獣人は少女に近づくと髪の毛を掴んで強引に持ち上げた。
「きゃあああッ! 痛いッ、痛いッ!」
「へへへ。まずはお前から~」
「あ~ん」と獣人が大きく口を開いた時、少女の髪の毛を掴んでいた腕が宙を舞った。
「へっ……?」
何が起こったか全く理解できなかった獣人はポトリと落ちた自身の腕と先っぽが無くなった腕を見て、ようやく理解した。斬られたのだと。
「うぎゃあああああああッ!? 手が、俺の手がああああああッ!?」
「うっさいわよ。駄犬」
「だ、誰だ! テメエッ!」
凛とした声が獣人の耳に届き、振り向いた先には真っ赤な髪をたなびかせる剣士が立っていた。その片手には刀身に火を纏っている剣が握られている。獣人はつま先から天辺にかけてまで剣士を見た。
豪華な鎧を身に纏い、真っ赤なマントをはためかせ、どこまでも自信に満ち溢れた瞳をしている女性が少女を抱いていた。
「私? いいわ! 特別に教えてあげる! 人は私の事を愛と敬意を込めて、こう呼ぶわ! 天才美少女勇者アリサ様ってね! あ、でも、子供はアリサちゃんでもオッケーよ! 私、優しいから」
「な、な、勇者だと!? なんでこんなところに!」
「そんなのあんたにいちいち教える必要ないでしょ? どうせここで死ぬんだし」
「ふ、ふざけんな! ちくしょう! 殺されてたまるか!」
目の前の女性が勇者だと分かると獣人は踵を返して、全力で逃げ出した。
「ちょっと、待ってて。あいつ、やっつけてくるから」
アリサは抱いていた少女を下ろすと可愛らしくウインクをして、闘気を解放した。彼女の赤い髪が重力に逆らうように天へ伸び、マントがバサバサと音を立てている。そんな彼女は姿勢を低くして思いっきり地面を蹴った。
その瞬間、逃げ出した獣人の前に彼女は現れた。
「はあッ!? なんで俺の前に!」
「馬鹿ね。そんなの簡単じゃない。私の方が速いだけでしょ」
「くッ、くそがぁ!」
逃げることは不可能だと理解させられた獣人は自棄になり、アリサへ襲い掛かる。
「ふふん、光栄に思いなさい! この天才美少女勇者アリサ様の手で死ねることを!」
アリサと獣人が交差する。アリサが剣を鞘に納めると獣人の上半身と下半身が断たれ、ズルリと落ちる。そのすぐ後に獣人は発火して塵となった。
「またつまらないものを斬ってしまったわ……」
ビュウッと風が吹き、獣人だった塵が風に飛ばされていく中、アリサは虚しさを感じていた。と、アリサが耽っていたらポカッと彼女の頭が叩かれる。
「あいたッ~。何するのよ、ベルニカ!」
「何するのよ、じゃありません! また勝手に単独で行動して! 私達の事も考えてください! お嬢様の身に何かあったらどうするのですか!」
「大丈夫よ~。だって、私天才だし?」
すると、またポカッとアリサの頭を叩くベルニカ。
「あいたッ~! また叩いた!」
「この、おバカ! お嬢様が天才なのは知っていますが、それでも心配するのです!」
怒っているが本当に心配しているのだとベルニカは目に涙を溜めていた。それを見たアリサも何も言えず、自分が悪かったと非を認めて素直に謝った。
「う……。ごめんなさい」
「分かってくれればいいんです。それで、今回は何があったんですか?」
「お~い、ベルニカ、お嬢~!」
二人が話している所へゴツイ鎧を身に纏った重騎士が走ってくる。ガシャガシャと音を立てて。
「ふう~。やっと追いついた。酷いぞ、ベルニカ。私を置いていくなんて」
「すいません、エドガー。貴方を待っているとお嬢様を見失ってしまうので」
「ハハッ。相変わらず正直よな~。それでお嬢は何してたんだ?」
思い出したかのようにエドガーがベルニカと同じような質問をする。アリサは二人にここで何があったかを説明した。二人はアリサの話を聞いて、すぐに洞窟へ向かうことになった。
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