第27話 狼の獣人

 子供の気配を感じ取ったブラドの言葉を信じてライは洞窟の奥へ突き進んだ。まだ間に合う。まだ生きていると知って。

 やがて、先ほどまでの一本道のような洞窟は広い空間へ変わった。ドーム型になっている空間を見てライはキョロキョロと首を動かした。

 どこに子供がいるのだろうかとライが忙しなく首を動かしていると、視界の中で動くものを見つけた。きっとそれが子供に違いないとライは駆け寄る。


「(見つけた!)」


 駆け寄った先にいたのは木の蔦で手足を縛られ、猿轡を噛まされている少女であった。しかも、いたのは彼女だけではない。他にも捕まっている子供がいたのだ。皆、同じように手足を縛られ、口を塞がれていた。

 幸いにもまだ生きているようで息をしている。行方不明になった子供が全員無事なのかはライには分からなかったが、どうやら間に合ったようだ。


 急いで子供達を助けるべくライは聖剣をしまって魔剣で子供達を縛っている木の蔦を切ろうと近付いた。その時、一人の少女がライに気がついて助けを求めるように呻き声を上げた。すぐさまライは少女の下へ近付き猿轡を外した。


「お兄ちゃん! 逃げてッ!!!」

「え?」

『しまった! 主、後ろだッ!』


 少女は助けを求めていたのではない。ライの後ろに近付いていた獣人の存在を知らせようとしていたのだ。しかし、時既に遅し。ライは子供達の無事を知って気を緩めてしまっていた。そのせいで警戒を怠ったのだ。

 それがいけなかった。少女の叫び声に唖然とし、ブラドの声で後ろへ振り返った時、ライの目には回し蹴りを放つ獣人の姿があった。


「がッ……!」


 獣人の回し蹴りはライの肩を捉えた。尋常ではない衝撃が走り、ライは横へ吹き飛んだ。ゴロゴロと地面を転がり泥まみれになるライはたったの一撃で瀕死に陥った。それも当然であった。気を抜いていた所に不意打ちを喰らい、魔剣による身体強化もしていなかったのだ。

 少し身体を鍛えただけの一般人でしかないのだ、今のライは。そんなライが人間の何倍も身体能力の高い獣人に本気で蹴られれば死に掛けるのも仕方がないことだ。


 しかも、最悪な事にライは先の一撃で魔剣を手放してしまった。これでは魔剣の能力を使うことが出来ない。一度手元に引き寄せる必要があるのだが、今のライは虫の息である。


『マスター! しっかりしてください!』

「(…………うぅ)」

『早く、早く!  彼を呼び戻してください! でなければ、殺されます!』


 焦るエルレシオンはライを呼び覚ますように声を掛けるが、彼はいまだに意識が朦朧としていた。ライが倒れている時、彼を蹴り飛ばした獣人は心底面倒くさそうに後頭部をかいていた。


「はあ~~~。ったく、面倒なことになっちまったな。そろそろここも潮時か」


 獣人はライが来たことで町の住民がこの場所を突き止めたのだと思った。それはつまり、いずれこの場所に兵士がやってくるという事だ。子供を攫ったのだから当然なのだが、もう少し時間が掛かると思っていた。

 だが、ライが来た事で状況は変わった。獣人は捕まえてきた子供達を兵士が来る前に食べてしまおうと決めた。


「よし、面倒な事になる前にガキ共を食べるか。アイツには悪いが先に頂いちまおう。いないのが悪いんだしな」


 これは名案だと言わんばかりに獣人はくつくつと笑った。その笑顔を見てしまった少女が悲鳴を上げる。が、誰も助けてはくれない。唯一の希望であったライも今は虫の息。もはや、助かる術は無い。


「いや、来ないで……来ないでッ……!」

「へへ、その顔、最高のスパイスになるぜ~」

「ヒィッ!!!」


 少女の命は風前の灯であった。逃げようにも逃げられない。ライが猿轡を外したものの手足は未だに縛られたまま。芋虫のように少女は獣人から少しでも逃げようとするが捕まってしまう。


「じゃあ、いただきま~す!」

「いやあああああああああああああッ!!!」


 その悲鳴がライを覚醒させた。混濁としていたライの意識は完全に覚醒し、魔剣を呼び戻し、飛び跳ねるように折れた骨を再生し、身体強化を施した。


「ああああああああああああああッ!!!」


 少女を丸齧りしようとしていた獣人にライはありったけの力を込めて体当たりをした。


「うごぉッ!?」

「きゃあッ!」


 獣人はライの体当たりを受けて捕まえていた少女を落としてしまう。獣人が怯んでいる内にライは少女を抱えて離れた場所へ逃げた。


「これを使ってみんなと逃げて! 俺がアイツを引き付けておくから!」


 要点だけ伝えるとライは腰に差していた短剣を少女に渡すと、聖剣と魔剣を握り締めて獣人へ向かって駆け出した。


「テメエ、よくも邪魔してくれやがって……! ぶっ殺す!!!」

「やってみろ、犬っころ!」

「俺は狼だッ!」

「知るか、くそったれ!」


 お互いに吼えるがライはかなり焦っていた。


「(ブラド、エル! 魔力はどれだけ残ってる?)」

『ほぼ無いぞ! 先の再生と身体強化で底を尽き掛けている!』

『こちらもです! 障壁は一回が限界と思ってください!』

「(くそ! 油断しなければ……!)」

『文句を言っている場合ではない! 敵は狼の獣人だ! 俊敏力は人を遥かに凌駕している!』

『それから牙と爪に気をつけてください! アレに噛まれたりしたら終わりだと思って!』

「(了解!)」


 残り僅かな魔力。そして、敵は狼の獣人。二人の情報からみてライに勝ち目はほぼ無いだろう。だがそれでも、勝たなければならない理由が彼にはある。復讐は終わっては無いのだから、ここで終わっていいわけがない。

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