第93話 袖がパーンッ!

 結局、話は纏まらずシエルの強化は保留となる。

 それよりも、まず解決しないといけないのはライの事だ。町に入るとライが捕まってしまう恐れがある。アリサがついているので問題ないようにも思えるのだが、住民が納得しないだろう。何故、野放しにしているのかと。


 かといって、変装でもすれば間違いなく疑われる。下手をしたら衛兵に連行されるだろう。アリサがいたとしてもややこしい事になるのは確かだ。


 では、どうするか。


 色々と考えた結果、アリサがライと腕を組む事になった。


「どうしてそうなるんですかッ!」


 当然、シエルは納得いかない。百歩譲ってライを拘束するのはいい。だが、その拘束方法がアリサと腕を組むということは譲歩できない。むしろ、その位置を代わって欲しいとさえ思っていた。


「仕方ないじゃない。縄で縛るのも可哀想でしょ? だから、この天才美少女勇者アリサちゃんがこうやって腕を組んでいれば何の問題もないわ。やっぱり、私って天才よね」

「問題大アリに決まってるじゃないですか!? だいたいどうしてそうなるんですか!」

「勇者である私がライをこうして捕まえていれば住民は安心でしょ?」

「それなら私でもいいじゃないですか!」


 反論するシエルはアリサとは反対の腕に抱きつく。柔らかい感触にライは喜んでいるが、数秒後には地獄へ代わる。


「ダメに決まってるでしょ! シエルは聖女で私は勇者! 世間一般で見れば誰が適任か一目瞭然でしょ!」


 そう言われるとそうなのだ。魔王軍によって裏切り者の烙印を押されているライは人類の敵になっている。そんなライが普通に町を歩けるはずもない。

 ならば、拘束して連れ歩くしかない。世間一般にライは魔剣使いの凶悪犯として見られている。だから、そのような凶悪犯を連行できるのは屈強な兵士くらいしかいないだろう。


 そう考えると勇者であるアリサはこれ以上ないほどに適任である。

 対してシエルは聖女という認識が強く、戦えるとは思われていない。

 それゆえ、安心感は段違いだ。ライが暴れても勇者アリサがいればどうにかしてくれると誰もが思うだろう。残念ながら今回はシエルの方が説得力に欠けているのだ。


「わ、私だって戦えるんです!」


 ギュムとライを引き寄せるシエル。


「だーかーらー! 世間一般で見たら聖女より勇者の私が適任でしょうが!」


 グイッとライを自身の方へ引き寄せるアリサ。


 両手に花とはこのことだ。美少女二人に挟まれて満更でもない様子のライは少しばかり鼻の下を伸ばしていた。


「(いや~、困ったな~)」

『主よ、悪いことは言わない。早く逃げた方がいい』

『もう手遅れですけどね』

「(へ?)」


 一体何のことやらとライが疑問を抱いた時、両腕に激痛が走った。


「離しなさいよッ!」

「そっちこそッ!」


 両方から引っ張られてライの腕は引き千切られそうになる。しかも、両者譲らず闘気を纏っているので尋常ではない力だ。いくら、ライが人よりも頑丈になったとはいえ、これは痛い。


「(いだだだだだだだッ!)」

『だから、言ったであろうに……』

『フフ、いいではありませんか。これもいい経験ですよ』

「(笑ってないで身体強化してくれよ! これ腕千切れちゃう!)」


 先程の天国はどこへやら。すっかり地獄のような状況に変わってしまい、ライは涙目である。一応、空気を読んでか口を挟まないようにしているが状況はますます悪化するばかり。ライの両腕は危険信号を出しており、ミシミシと嫌な音を鳴らしていた。


「ちょっと! ライが痛がってるでしょ! 早く離しなさいよ、脳内ピンク聖女!」

「そっちが離してくださいよ! 暴力女よりもライさんは私の方が良いに決まってます!」


 どっちもどっちである。

 このままライの両腕が引き千切られてしまうかと思われたが、彼の着ている服のほうが先に根を上げた。パーンッと弾けたのだ。真っ二つに。

 お互い引っ張っていた二人はその拍子に後ろへと盛大に転んで頭をぶつけた。


「あいたーッ!!!」

「いったーいッ!!」

「俺の服……」


 真ん中にいたライは寂しそうに呟いた。彼の服は悲しい事に真っ二つに裂けてしまい、修復は不可能である。戦闘でもないのに服が一枚駄目になってしまったライはさめざめと心の中で泣いていた。


「(うおおお……。俺の服がぁ~)」

『まあ、良かったではないか。体が裂けなくて』

『そうですよ。服の一枚で助かったんですから喜ぶべきですよ』

「(お前ら慰める事を知らないのか?)」


 顔を覆ってシクシクと泣いている振りをしている上半身真っ裸のライとその両脇に倒れている勇者アリサ聖女シエルを見て、エドガーとベルニカは空を仰いだ。本当にこの面子メンツが人類最高の戦力なのだと思ったら泣けてくる。二人は果たしてこのままでもいいのだろうかと考えるのであった。


 新しい服を貰ったライの手首には縄が巻かれていた。これは一体何なのかと言うと町に入る措置である。アリサとシエルが言い争っていたのだが、何も解決しないし、一向に話が進まないのでベルニカが提案したのだ。

 エドガーにライを縄で囚人のように引っ張ってもらうと。身長2mはあるであろう筋骨隆々の重騎士に連行されているなら誰が見ても安心するだろう。そう言うわけで話は纏まった。


「すまんな、ライ」

「いや、いいですよ。特に不自由はないですし。そもそも前までと違ってエドガーさんやベルニカさんがいるおかげで買い物とか楽になりましたし」

「そう言っていただけると幸いです」

「ライは良い子に育ったのだな。両親の教育の賜物だな!」


 三人が仲良く話している傍らでは頭にたんこぶが出来ているアリサとシエルの姿があった。二人はどことなく寂しそうにしている。まあ、無理もない。本当なら理由をつけてライとデートを堪能しようとしていたのだ。

 その計画が無残にも砕け散ったのだから、二人が落ち込むのは当然の事だろう。


「……はあ」


 重なる溜息。二人揃って顔を見合わせて、もう一度溜息を吐く。本当に残念そうにしていた。


 さて、町に入るまでに大分時間が掛かってしまったが、ようやくである。ライ達一行は衛兵にライの事を説明して町へ入った。

 まずは買い物だ。食料に水。それからライの服。最後の以外は死活問題なので優先される。ライの服は最悪無くてもいい。どうせ戦うたびに減っていくのだから。もう最初から裸で戦えばいいのにと文句を言いたくなるが、まだライは羞恥心が残っているので出来れば服を買ってほしいのだ。


「先に宿を探しましょうか。馬車を預けれる所があればいいのですが」

「ふむ。であれば、別行動にするか? 男性陣と女性陣で分かれれば丁度いいだろう」

「そうですね。戦力的にも問題なさそうですし、そうしましょうか」


 エドガーの提案にベルニカが賛成して、男性陣と女性陣に分かれる。男性陣は馬車を率いて宿を探し、女性陣は買い物へとそれぞれ向かうのであった。

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