第92話 人とはなんぞや

 シエルとアリサが肉弾戦により交流を深めてから、数日が経過していた。ライ達一行は帝都を目指して北進しているのだが、アリサ達が積んでいた食料が尽きてしまったことにより足止めをくらう。


 本来であればライとシエルがいた町で補給する予定だったのだが荒れ果てた地に変わってしまったので、一番近くの町まで節約していたのだ。

 ベルニカのおかげでなんとか町まで食料を保つ事が出来たが、帝都まではまだまだ掛かるので食料を補給する事に。


「あの、俺もついて行っていいんですか?」

「何言ってるのよ。当たり前じゃない」

「でも、迷惑にならない? 俺、なんか指名手配されてるみたいだし」

「あー、それね……適当に縄で縛っておけば納得するんじゃないかしら? ほら、私がついてるし」


 特殊なプレイにしか見えないだろうが勇者であるアリサが縄で縛って連れていれば住民が安心できるのは確かだ。ただし、そうなるとライの尊厳はなくなるだろうが。致し方ない。これもライの為なのだ。


「そんなのダメに決まってます! ライさんが可哀想ですよ!」

「じゃあ、何か他にあるの? あるなら言ってみなさいよ!」

「いつものように顔をローブで隠せば――」

「それすると衛兵に連行されるって知ってる?」

「……でしたら仮面を被れば――」

「あんた、ワザと言ってるの?」

「…………なら、私がライさんを縄で縛って連れ歩きます!」


 辿り着く答えがそれなのはどうかと思うが、他に考えられる手はない。しかし、もう少し方法はないのだろうか。いくら、ライが全裸で戦闘するといってもそれは変態的な理由からではない。深い事情があるのだ。だから、町中を縄で縛られて歩くような性癖は持ち合わせていない。


「え、え~……」

「まあ、仕方ないわね。恨むなら魔王軍を恨みなさい。あいつらがあんたの容姿や特徴を言いふらしたんだから」

「くそぅ……。絶対に根絶やしにしてやるぅ!」


 気の抜けた声ではあるが本人は真面目である。理不尽に家族を奪われ、故郷を失い、孤立するまで追い込んできたのだ。シエルやアリサといった理解者がいたからこそ良かったが、下手をしたら無表情の殺戮者になっていたかもしれない。


 そうしていると、唐突にブラドが話しかけてきた。


『ところで主よ。最近体の調子はどうだ?』

『何か不調を感じたりしませんか?』

「(え、特にないけど急にどうしたの?)」

『何もないのなら良いのだが……』

「(なにその不穏な発言! ちゃんと説明してくれよ!)」

『良い方と悪い方どちらから聞きたいですか?』

「(……今回は良い方からで)」


 悩ましい問題であったが、まずは心を落ち着かせたいライは良い方から聞くことを選んだ。


『粗方、前回の戦闘で説明したがそれは我等の変化であって主の変化ではない』

『マスターは魔力だけでなく闘気を他者から取り込むことが可能になりました。ですから、シエルから闘気を注いでもらえることが出来ますよ』

「(ほう! それは便利だね! じゃあ、悪い方は?)」

『また一歩人間をやめた』

「(アアアアアアアアアアアアッ!)」


 絶叫である。確かに仇を討てるのであれば人間などやめてやると豪語したが、いざ本当に人間をやめると考えたら割とショックである。


「(あのさ……俺って結婚とか出来るのかな?)」

『……可能だとは思いますが、急にどうしたんですか?』

「(いや、ほら、俺って人間やめてきてるじゃん? 普通に子供とか出来るのかなって……)」

『やってみなければ分からんぞ。二重の意味でな! ワハハハハハ!』

「(笑ってんじゃねえぞ!)」

『プフッ、フフフ……。上手い事言いましたね』

「(ねえ、俺結構本気で悩んでるんだよ? なんでお前等笑ってんの?)」


 ピキピキと青筋を立てるライは二人に対して怒っている。ここが現実なら顔面に右ストレートが放たれているだろう。それくらいライは怒っているのだ。

 しかし、悲しいかな。二人は剣であり師匠でもあり保護者でもある。何よりも今現在も行っている精神世界での修行でさえも殴れていない。

 つまり、ライがどれだけ頑張っても二人を殴ることは出来ないのだ。


「ライ?」

「ライさん?」


 眉間に皺を寄せて不愉快そうな表情をしていたライを見てアリサとシエルは不思議そうに彼の顔を覗き込んだ。もしかして、怒らせてしまったかと不安に思う二人だったが、ライが二人の視線に気が付いて表情を元に戻した。


「あー、いや、ごめん。ブラドとエルがね」

「あー、エルレシオンさんですか」

「ちょっと、二人だけで話してないで私にも教えなさいよ」


 そう言われてライは魔剣と聖剣に意思があることを包み隠さず話す。アリサは信用に値する人物だと思ってのことだった。

 ライの話を聞いてアリサはすぐに納得する。先日シエルの妙な体術が聖剣の意思によるものだと理解したからだ。そうでなければ説明が出来ないほどにシエルの体術は素晴らしかった。


「なるほどね。だから、シエルが妙に強かったのね」

「はい。そうです! あ、そうだ。ライさん、私もこれからは一緒に戦いたいのでエルレシオンさんにお願いしてもらえないでしょうか?」

「お願い? どんな?」

「前回の戦いで使えた技の数々をもう一度教えて欲しいんです。あの時はなんとなく出来ましたけど、今は無理そうですから」

「ちょっと待ってて。聞いてみるよ」


 シエルからの頼みを聞いたライはエルレシオンと話すために二人との話を切り上げた。


「(なあ、エル。聞いてたよな?)」

『はい。バッチリです。シエルのお願いは聞いてあげたいのですが、精神世界での修業は契約主のマスターにしか出来ません。ですので、シエルにはマスターが手取り足取り教えてあげてください』

「は?」

「え?」

「なに? どうしたの?」


 思わず間抜けな声が出てしまったライに反応するシエルとアリサの二人。ポカンと口を開けているライを見詰めている。ひとまずライは先程の事を誤魔化してエルレシオンに再び話しかけた。


「(いやいや、ちょっと待って! もう一回仮契約とかでなんとか出来ないの?)」

『仮契約ではそこまで出来ませんね。マスターも知っているでしょう?』

「(でも、聖剣の能力とか使えるじゃん! 仮契約でもさ!)」

『使えないこともありませんが、残念ながら精神世界へ招くには本契約が必要です。そうなると、マスターを殺さなければなりませんが?』

「(物騒なこと言うなよ! てか、俺が死なないと本契約は出来ないの)」

『いえ、実を言うと試したことはありません』

『まあ、我も知らんな。契約主が生きた状態で他の者と契約などした事がないからな~』

『もしかしたら出来るかもしれませんね』

『可能性は無きにあらずか……』

「(その場合、俺に不都合とかあるのか?)」

『試してみます?』

『それが手っ取り早い。早速試そうではないか!』


 ノリノリな二人であるが何の保証もないのに試せる訳がない。一応、仮契約が出来たのだから可能性はあるだろうが、それでも不安は残る。ライも流石にすぐに返事は出来なかった。


 しかし、今後の事を考えればシエルの強化は戦力増強に繋がる。先日、四天王と戦った際のあの力が発揮できるようになれば人類に勝ち目が出てくるのは間違いない。ならば、試すのも悪くはないだろう。ただ、成功するかは分からない。それだけがどうしても頭を悩ませた。


「(なあ、エル。もし契約できなかった場合はなんかあったりするのか?)」

『…………特に何もないと思います』

「(そこはかとなく不安なんだが!?)」 

『だって今まで試したことないんですから、仕方がないじゃないですか!』

「(逆切れすんなよ! うーッ!)」


 唸り声を上げるライはどうするか悩んだが、シエルが期待に満ちた眼差しを向けてきているのを見て観念したように尋ねた。


「シエル。エルが契約できるかもしれないって。ただ今までやった事ないから何が起きるか分からないんだ。一応、俺がエルから教わってシエルに教えるって方法もあるけど……どうする?」

「そ、それは……」


 効率的なのは誰にでも分かる。聖剣と契約をする事だろう。ただし、成功するとは限らない。とはいえ、成功すれば間違いなくシエルの技量は向上する。

 しかし、魅力的なのは後者である。シエルは妄想していた。ライに手取り足取り教えてもらう場面を。うっかり抱きついたり出来るのを考えれば、やはり後者一択しかなかった。


 が、それはアリサが見逃さない。彼女はシエルがライの説明を聞いて妄想トリップする瞬間を見逃さなかったのだ。


「ちょっと、何考えてるのよ!」

「え、な、何のことでしょうか?」

「動揺してんじゃないわよ! あんたの考えなんて見え見えなんだからね! どうせ、疚しい事でも考えてるんでしょ!」

「べ、別に疚しい事なんて考えてませんよ!」


 あからさまに目をキョロキョロと動かして動揺しているシエル。アリサの指摘どおり、彼女は人には言えないようなことを妄想していた。


「(あの二人仲良くなったな~)」

『……そうだな』

『……そうですね』


 色々と成長しているライだが色恋についてはまだまだ勉強不足であった。そんなライに魔剣ブラド聖剣エルレシオンは何とも言えないような気持ちで頷くのであった。



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