第6話 ライは服を手に入れた

 ライが間抜けかどうかはさておき、三人は大通りを抜けて服屋へと辿り着いた。全裸の変態に青竜に羽翼族の戦士。なんともまあ、奇妙な三人組が店にやってきたものだと店員は笑顔を浮かべているが口元は引き攣っていた。


「すまないが、こちらの方に合う服が欲しいのだが」

「はい、わかりました。採寸しますので……もう脱いでますね。全裸にならなくとも結構ですのに」

「ブハッ……! フヒヒ、ハハハハハハッ!」


 店員の小粋なジョークがツボだったらしくスカイは腹を抱えて大笑いである。その横でライは苦笑いだ。中々にユーモアな店員である。


「どうぞ、こちらへ」

「はい……」


 全裸ではあるが一緒にいるのが青竜のスカイと羽翼族の戦士であるクーロンなので身元は保証されているようなものだ。だから、店員もライの格好には眉を顰めたが他の二人がいるので衛兵を呼ぶようなことはしなかった。勿論、二人がいなければ容赦なく御用改めである。


 案内されたライは店員にあちこち採寸されて試着室で待機することに。しばらく、ライが待っていると店員がライの背丈に合わせた衣服を何枚か持って着てくれた。相手が変態だろうとしっかり仕事をしてくれるのは有り難いことだろう。さすがはプロである。


「どうですか、お客様? お気に召したでしょうか?」


 試着室でライは着替えていた。というよりは服を着ていた。店員が気を利かせて下着まで持ってきてくれたので、ついにライはフルアーマー装備となる。これで無敵と言ってもいい。


 触り心地に着心地は抜群でライは大満足である。強いて言うなら背中に空いている穴があるのが謎だ。これは一体なんなのかとライは外にいる店員へと質問してみた。


「すいません。この背中に空いてる穴はなんですか?」

「あー、それは羽翼族の翼を出す穴です。そういえばお客様には翼がありませんでしたね。どうしますか? そちらがお気に召したなら穴は塞ぎますけど?」

「う~ん、じゃあ、お願いします」

「畏まりました。あ、それから、そちらの下着はつけたままで構いませんよ。上だけ脱いでくださればいいので」


 店員の物言いが少し気になるライは、どういう意味なのだろうかと聞き返そうとしたのだがそれよりも早く店員が試着室のドアを開けてライから上着を剥ぎ取った。


『おお、手早い。流石はプロだな』

『手際がいいですね。それに対応が淡々としてるのもいいです』

「(それはそうなんだけど、もしかしてあの店員、俺が露出狂だとか思ってない? 態々、脱ぐのは上だけでいいって指摘するってことはそういうことだよね?)」


 それに関してはノーコメントであると二人は沈黙を貫いている。それが答えであった。ライも流石にそのような露骨な反応をされれば察する。あの店員は自分の事を変態扱いしているのだと。


 悲しいが仕方がない。なにせ、最初の印象が最悪だったのだ。全裸で前を隠そうとしない変態にしか見えなかったのだから、そう思われるのは当たり前だろう。


 そのことにライが肩を落として落ち込んでいたら店員が声をかけてきた。


「お客様、完成しましたのでどうぞ」

「あ、はい」


 店員から渡された上着を羽織ってライは確かめる。背中に空いていた翼を出す穴は完全に塞がっている。完璧な仕上がりだ。文句の付け所がない。もっとも、最初から文句など何もないのだが。


「大丈夫みたいです」

「そうですか。それではお会計の方、お願いできますでしょうか?」


 ピシリと固まるライ。何を隠そうこの男、天下無敵の無一文である。裸一貫で魔界へと突入したのだから金など持ち合わせてはいないのだ。やはり、裸の運命なのだろうかと諦めそうになるがライは意を決して店員へ魔法の言葉を紡いだ。


「連れが支払います」

『主……』

『マスター……』

「(だって、仕方ないじゃん! 俺、金持ってないもん! しかも、魔界のお金なんて知らないし!)」


 ライの言い分も今回ばかりは正しかった。確かにライは無一文であるし、魔界の通過など持ち合わせてはいない。ならば、ここは借りるのが最良の選択だろう。ただし、心象は悪くなるが致し方なしだ。


「畏まりました。それではお連れさまをお呼びしていただいてもよろしいでしょうか?」

「わかりました。ちょっと待っててください」


 という訳でライは外で待っていたクーロンの元へと向かう。クーロンがスカイと談笑していたら、ついにまともな格好をしたライがやってくる。ライの方へと顔を向けると、彼はぎこちない笑顔を見せた。

 これは何か困りごとでもあると感じたクーロンはスカイの方へと顔を向けるが、彼は何もわからないとばかりに首を横に振っていた。


「あの、何かお困りごとでしょうか?」

「あ、いや、その~……お金を貸していただけませんか?」


 頭をへこへこと下げながらライは手を揉んでいる。その下卑た笑みは見ている人を不愉快にしてしまうだろう。まあ、お願いの内容が真っ当ではないが考えれば当たり前のことなのでクーロンはむしろそこまで考えが及ばなかった自分を責めた。


「あ、そう言うことですか。すいません。気がきかなくて」

「いやいや、お金のことをすっかり忘れてた俺のほうが悪いから」

「いえ、裸だったので当然お金を持ってないはず。それを忘れていたのはこちらの落ち度です」


 なんと優しい事か。最初は同行を嫌がっていたのに、今では割りとフレンドリーに接してくれるクーロン。どれだけ心強いことだろうかとライは涙汲んでいた。


「ありがとう。必ず返すから」

「結構です」


 フリーズするライ。はて、彼は一体何を言ったのだろうかと、しばらく思考回路が固まってしまったライは壊れた玩具のようにクーロンへ目を向けた。


「あ、あの、なんで?」

「魔王様への献上品として送らせて頂きますので結構ですよ」

「いや、俺は魔王にはなったけど別にお供え物とかは……」

「タダでくれるって言うんだから貰っておけよ。大体、どうやってお前は稼ぐ気なんだ?」

「…………傭兵とか」

「まあ、それなら稼げないこともないけど、今はどこか戦争してたっけか?」

「いえ、先代魔王ガイアラクス様が統治してましたので概ね平和です」

「だ、そうだ。どうする、ライ~?」


 ニヤニヤと厭らしい笑みを浮かべているスカイを見てライは無性に殴りたくなる。分かってて煽っているのだ。煽り耐性が低いライはもう我慢の限界である。しかし、このようなところで暴れるわけにもいかないとギリギリで耐えるのであった。

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