第19話 街を出ていくはずだった

 それからもライは店主から色々と話を聞いた。


「さて、色々と話したが最初に戻ろうか。坊主、お前は連合軍に志願しに来たのか?」

「いや、違う。俺は……ある魔族をぶっ殺したいんだ」


 先程の雰囲気から一転してライの目が黒く濁り淀んで剣呑な雰囲気に包まれる。それを感じ取った店主は驚愕に目を見開いたが深くは追及せずに適当に相槌を打った。


「そうか……」

「それじゃあ、聞きたい話は聞けたから俺は行くよ」

「待て、坊主。もし、魔族を殺したいんなら連合軍に入るのが一番手っ取り早いぞ」

「それって、闘気がなくても入れるの?」

「闘気を知ってたのか。いや、残念ながら闘気がないと話にならねえな。まさか、坊主は闘気が無いのか?」

「うん。その通り。だから、俺は連合軍には入れない」

「そうだったのか……」


 闘気がないことを知って店主は引き留めようかと迷った。先程のライの雰囲気を見る限り、彼には何か暗い過去があることを容易に想像が出来る。店主はライが魔族に親しい人を殺されたと推測している。だから、魔王軍がどこにいるかを聞いてきたのだと悟った。


「坊主。頑張れよ」


 悩んだ末に出てきたのは、その一言だけだった。結局は他人の人生なのだ。自分がどうこう言って邪魔をするのは違うだろうと店主は考えて絞り出したのが、それだった。


「また、いつか」


 ライは笑って酒場を後にした。いい人だったなとライはしみじみ思いながら、宿屋へと戻っていく。


 宿屋へ帰ったライは瞑想を行い、精神世界へ入り日課の修業を行う。今回はエルレシオンが相手であり、ライは障壁を使って戦いを挑んだ。


「ぐぅ……」

『いいですね。前回よりは上達してますよ。ですが、まだまだ甘いです』


 満身創痍で倒れ伏しているライに向かって厳しいことを言うエルレシオン。少しくらいは優しくしてもいいではないかと思うが、ライの目標はとても高い。現状で満足してはいけないのだ。少なくともブラドやエルレシオンから一本取らない限りはライが認められることは決してない。


『では、休憩はお終いです』


 その言葉と共にライは立ち上がった。疲労困憊で今にも倒れておかしくない彼は、その瞳に強い意志を宿しており、決して倒れない。


『ふふ、ゾクゾクしますね。さあ、始めましょうか』


 その後、エルレシオンとライは剣を交えた。何十、何百と切り結び、幾千もの死を経験しても尚届かない。二人は至高の領域にいる。まだ足元さえ見えてはいない。だが、いずれ二人へ追いつてみせるのだとライは必死に取り組んだ。


「…………」


 かろうじて呼吸が聞こえるが、傍目に見ると死んでいるようにしか見えない。本当に大丈夫なのだろうかと心配になるが、そこはプロであるエルレシオンは限界ギリギリを見極めていた。


『今日はここまでにしましょうか』


 パンッとエルレシオンが手を叩くとライは目を覚ました。荒い呼吸を繰り返して、背中にはびっしょりと汗をかいている。しばらくしてライは呼吸を整えてシャツを脱ぎ捨てた。

 シャツを脱ぎ捨てたライは部屋を出ていき、宿屋の従業員に水の入ったタライを部屋に持ってきてもらい、汗だくの体を拭いた。冷たい水が気持ちいいとライは目を細めて体を拭き終えた。


「ふう……」


 その後、新しいシャツに着替えてから眠りに就いた。


 ◇◇◇◇


 翌朝、目が覚めたライは宿屋の食堂で朝食を取り、街を出ていくことを伝えた。宿泊料を支払ってライは宿を出ていく。

 大通りへ出たライは人が少ないことに少しだけ寂しさを感じた。昨日はあれだけ大勢の人が行きかっていたのにと思いながら、ライは大通りを歩いていく。


 大通りを過ぎてライは街の出入り口である門の前へやってきた。朝早く来たため、まだ誰もいない。いや、正確には門兵以外の姿がないだけ。ライ以外の一般人がいないのだ。


「ん? こんな朝早くにどうした?」

「あの出ていきたいんですけど……」

「出ていきたいのか? 少し待ってろ。手続きをしてやる」

「ありがとうございます」


 寝起きだったのか、まだ眠たかったのか、あくびをしていた門兵はライを目にして声を掛けた。腰を低くしながらライが外へ出たいと伝えると門兵は特に嫌がることもなく手続きを行ってくれる。その事に感謝したライは頭を下げた。


「よし、じゃあ、名前を教えてくれ」

「アルバ村のライです」

「アルバ村のライ、と……ん? アルバ村って言ったか?」

「え? はい、そうですけど……」


 何か不味かったのかなと不安になるライは身構えてしまう。


「悪いがアルバ村の人間が来たら領主様に報告するように言われてるんだ。ちょっと詰所まで来てほしい」

「え! 俺は何も悪いことしてませんよ!」


 まさか領主に目を付けられてるとは思わなかったライは驚いて後ずさってしまう。


「ああ、悪い。言い方が悪かったな。捕まえるわけじゃないんだ。聞きたいことがあって呼んでるんだよ」

「聞きたいことって?」

「すまん。それは教えてもらってないんだ。でも、酷い事じゃないはずだ」

『主よ、彼は嘘を言っているようには見えない。ここは言うことを聞いた方がいいだろう』

『そうですね。下手に逃げたりして敵になるよりはいいでしょう』

『そうだ。それにいざとなれば我等を使って逃げればいい』


 目の前の門兵よりも信用できる二人の言葉を聞いてライはついていくことを決めた。


「わかりました」

「すまんな。ちょっと、領主様の方に連絡するからしばらく待っててくれ」

「はい」


 それから、ライは詰所でしばらく待つ事になった。その間、詰所にいた門兵がお茶を注いでくれて世間話をしてくれたので退屈はしなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る