第7話 悲劇 下

 魔族が村人を殺すのを見たライは両親に伝えて逃げようと考えていた。勿論、そのついでに他の村人にも魔族が来たことを伝えようと考えている。だが、最優先するのは自身の命と両親の二人だ。アルやミクの両親とも仲がいいが優先順位というものはあるのだ。


「(早く! 早く母さんの所へ!)」


 母親がいるであろう畑へ戻ったライだったが、どうやら運が悪いことにすれちがってしまったのか母親の姿は畑にはなかった。ライは焦った表情で母親を探すがどこにもいない。


「きゃあああああああっ!」

「ッ!」


 突然の悲鳴にライはビクリと体を震わせる。恐らく誰かが先程の魔族と出会ってしまったのだろう。ライは悲鳴が聞こえてきた方向を見つめる。


「(母さんの悲鳴じゃないけど……。くそ! 嫌な予感がする!)」


 幸いにも悲鳴を聞く限りでは母親ではないことが分かるライは安堵したが、嫌な予感が胸を騒がせるので悲鳴が聞こえた方へ向かって走り出した。


 悲鳴が聞こえてきた方へやってきたライはそこで最悪の光景を目にしてしまった。魔族の前に立っている村の男達と、その男達に守られるように隠れている女達だ。当然、その中には父親と母親の姿がある。


「(父さん、母さん!)」


 二人が無事だったことに喜びはしたが、まだ安心はできない。あの魔族は村人を全員殺すと言っていたのだ。つまり、両親が危ない。このままでは殺されてしまうだろう。


 しかし、一つだけ助ける方法がある。それはライだけが知っている聖剣と魔剣の在り処を魔族に教えることだ。魔族は最初に言っていた。聖剣と魔剣を知らないかと。その言葉どおりなら聖剣と魔剣の在り処を教えれば見逃してもらえるかもしれない。そう考えたライは危険を顧みず魔族の前に飛び出した。


「待てッ!!!」

「む? まだいたのか? いかんな。人間は魔力が少なくて分かり辛い」

「お前、聖剣と魔剣を探してるんだろ? 俺、知ってるぞ」

「何? それは本当か、人間よ」

「本当だ。だから、誰も殺さないでくれ」

「ふむ……。知っているとはどういう意味だ? 存在を知っているのか? それとも在り処を知っているのか? どちらだ?」


 ここで返答を間違えればライは殺されるだろう。聖剣と魔剣は御伽噺にも出てくるほど有名なものだ。だから、知っていてもおかしくはない。しかし、存在しているのかと聞かれれば大半の人間は首を横に振るだろう。所詮、御伽噺の存在である。


「どっちもだ。俺は聖剣と魔剣をこの目で見た。どこにあるかも知っている」

「ほう! それは僥倖だ。どこにある?」

「教えたら俺達に手出ししないか?」

「本当だったら見逃そう。しかし、嘘であった場合は皆殺しだ」

「……嘘じゃないな?」

「ああ。私は契約を守るぞ」

「わかった。なら、その場所まで案内する」

「いいだろう。よろしく頼むぞ、人間よ」


 なんとか交渉に成功したライは秘密にしていた聖剣と魔剣の場所へ魔族を案内することになった。首の皮一枚が繋がったようで大きく息を吐いた。

 しかし、まだ油断は出来ない。ライは確証がないのだ。いつも愚痴を聞いてくれている二本の剣が聖剣と魔剣だという確証が。ただ自信はあった。あの二本の剣は特別なものだという自信が。


『ライッ!』


 ライが魔族を連れて聖剣と魔剣がある場所まで案内をしようとした所へ、両親が心配そうに声を掛けた。二人は不安げにライを見つめている。その顔を見たライは二人を安心させるように笑って見せた。


「大丈夫! 絶対帰ってくるよ!」

「必ずだぞ! 絶対に帰ってくるんだぞ!」

「絶対に帰ってきなさい! 先に死んだら許さないからね!」

「ああ。わかってる!」


 必ず帰ると約束したライは二人に手を振って別れを告げる。


「もういいか?」

「ああ。意外と待ってくれたりするんだな」

「ふっ」


 鼻で笑う魔族にライは眉をひそめるが、変に反論でもして機嫌を損ねられでもしたら殺されるかもしれないので黙って聖剣と魔剣の場所まで案内した。


 道中、何も言わなかった魔族だったがライがいつも通っている洞窟の隙間を通るのが嫌だったようで文句を言った。


「ここを通らなければいけないのか?」

「ああ、そうだ」

「そうか。ならば、もう少し通りやすくしておこう」


 そう言って魔族は手の平から光を放ち、ライがいつも通っている洞窟の隙間を破壊して大きな穴を作った。


「これで通りやすくなったな。早く案内しろ」

「わ、わかった」


 出鱈目な魔族にライはただ頷くことしか出来なかった。もしも、この力が自分に向けられれば死は免れないだろう。恐怖に足が竦む思いだが立ち止まるわけにはいかない。


「こっちだ……」


 必死に恐怖を嚙み殺してライは魔族を聖剣と魔剣の下まで案内する。ほぼ直線なので案内せずとも辿り着くだろうが、ライは案内すると約束したので最後まで魔族に付き添う。もっとも、逃げ出したりすればライは殺されるだけだが。


「おお……おおっ!」


 ライの案内の下、魔族はついに念願の聖剣と魔剣を発見する。祭壇に交差するように突き刺さった二つの剣を目にした魔族はライを横切って祭壇の下へ駆け寄った。


「ふふ、フハハハハハハ! 人間よ、感謝しよう。この二つの剣こそが探していたものだ」


 上機嫌に肩を震わせて笑い声をあげる魔族はライに感謝を述べた。聖剣と魔剣は所詮御伽噺の存在でライが咄嗟に嘘を吐いたと魔族は疑っていたのだ。しかし、実際は違った。ライの言葉は真実であった。


「さて、それでは回収させてもらおうか」


 嬉しそうに手を伸ばし、魔剣を握った魔族に次の瞬間、思いもよらぬ事態が起こる。


「何ッ!? これは!」


 魔剣を握った魔族の手が一瞬の内にしぼんだのだ。先程までは丸太のように太かった腕が今は枯れ木のように細い。


「魔力を吸い取ったか! 流石は伝説に聞く魔剣!!」


 魔力を吸われたことに怒るどころか、伝説通りだと興奮している魔族は魔剣から手を離した。魔剣から手を離した魔族は魔力を込めて枯れ木のような腕を丸太のような太さに戻した。何が起きているのか理解できないライはずっと驚いてばかりだ。


「(一体、何が起きてるんだ? 魔力を吸われた? じゃあ、もし俺が魔剣に触ってたら今頃俺はミイラみたいになってたのか!)」


 想像するだけでゾッとする話だ。ライは今まで長い間、聖剣と魔剣を見てきたが今日ほど自分を褒めたことはない。触らなくてよかったとライは心底ほっとした。


「しかし、困ったことになった。魔剣は伝説通り所有者の魔力を奪う。私も魔力の量にはそれなりの自信があったが、これは無理そうだな。仕方がない。聖剣の方はどうだ?」


 魔族は魔剣から聖剣へ視線を移した。それから、聖剣を手に取ろうと手を伸ばす。


「ぐっ!」


 魔族が聖剣に触れるか否かという所で、聖剣から電撃が放たれて魔族の手を焼いた。


「やはりか。こちらも伝説通り魔族では触れぬか……。おい、人間よ。こちらへ来い」

「え……」

「早くしろ」

「は、はい」


 呼ばれたライは慌てて魔族の下へ駆け寄る。


「この聖剣を手に取れ」

「え、でも……」

「安心しろ。この聖剣は魔なるものを拒むが人間であれば触れる。ただし、扱えるかどうかは別だが」

「そ、そうなんですか」

「ああ。だから、そこから抜いてみろ」

「は、はい」


 言われてライは聖剣を握り、祭壇から抜こうと力を込めた。だが、抜けなかった。何度か持ち方を変えて聖剣を抜こうと試みるが、やはり抜けない。


「……致し方なしか」

「へ?」


 魔族が溜息を吐いたかと思うと、ライは腹部に衝撃を感じた。何が起こったのかとゆっくり下を向いたら、魔族の腕がライのお腹を貫いていた。


「な、なんで……? 殺さないって約束したはず……」


 血を吐きながら魔族を見上げるライ。魔族はライを見下ろしながら腕を引き、血を払った。そして、ゆっくりとライは倒れて血だまりを作り上げる。


「許せ、人間よ。私の任務は魔剣の回収及びに聖剣の破壊。しかし、どちらも叶わぬ場合は誰の手にも渡らぬようにすること。故にこの場所を知っているお前と村人を始末せねばならぬ」

「契約は守るって……言ってたじゃないかぁ……」


 血だまりに倒れながらもライは必死に縋り付く。最早、死は免れないだろうが、それでも両親や村の人達は助けたいと願っているのだ。


「ああ。だが、それは私の任務が遂行出来た場合だ。今回は残念な結果になってしまった」

「ふざけんな……ちくしょう……! 死ね……死ねぇ……くそ野郎……!」

「存分に恨んでくれて構わない。では、さらばだ、人間よ」

「待て……待てよ……」


 踵を返して外へ出ていこうとしている魔族に止めようとライは這いずるが届かない。最後は外へ出ていく魔族に向かって手を伸ばしたが、力尽きて倒れた。


「(ごめん、父さん、母さん。俺……)」


 ゆっくりとライの瞼が閉じていく。その後、すぐに魔族が聖剣と魔剣の祭壇を誰にも見つからないように洞窟を崩壊させた。ライの遺体と共に聖剣と魔剣は瓦礫に埋もれてしまい、誰にも見つかることはないだろう。


 それから、魔族は村に戻り、村人を皆殺しにした。


「これで憂いはなくなった。魔王の下へ戻るか」


 この日、一つの小さな村が滅びた。その日、多くの者が空を飛ぶ魔族を目撃した。




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