第140話 絶体絶命
溜息を吐くガイアラクスに対して三人は冷や汗をかいている。ダリオスはガイアラクスと戦っていたから当然として、アリサとシエルもほんの僅かな攻防であるがガイアラクスの実力を理解した。
アレは次元が違うと。先の四天王も十分に強かったが倒せないほどではなかった。事実、二人は圧倒的な勝利を収めている。
しかしだ。目の前にいる魔王は違う。存在感から威圧感にかけて四天王の比ではない。四天王を力で屈服させたことだけはある。勝てるのかどうか怪しい三人は息を呑んだ。
「(駄目ね。敵に呑まれてるようじゃ勝ち目なんてないわ。かといって気合や根性でどうにかなるわけでもないし……)」
「どうした? 来ないのならこちらから行くぞ?」
「(来るッ!)」
構える三人へ向かってガイアラクスは襲い掛かる。まずは最初に言ったとおり、聖女であり回復役のシエルを狙う。アリサとダリオスを薙ぎ払うとシエルへと近付いた。
「聖女よ、覚悟!」
「黙ってやられるわけにはいきません!」
繰り出されるガイアラクスの攻撃をシエルは聖杖ルナリスで捌く。その一撃一撃が非常に重く、ライ達と鍛錬を積んでいたシエルの表情は苦しそうだった。
「(くッ……! 重たい! それに速くて正確! 師匠と同格かもしれません!)」
懸命に凌ぐシエルだがガイアラクスの攻撃は激しさを増していき、やがて捌ききれなくなる。掠り傷が増えていくシエルは歯を食いしばり必死にガイアラクスの攻撃を捌いていたが、ついに防ぎきれなくなった。
「ぐ……がッ……!」
「そのまま沈め」
魔斧槍ヴァイスをシエルの脳天に叩き込もうとするガイアラクス。しかし、そこへアリサが飛び掛かった。
「させるかッ!!!」
「無駄だ」
「ッ!? 障壁か!」
飛び掛かってきたアリサに対してガイアラクスは片手を突き出して障壁を張った。アリサが振り下ろした聖剣は止められてしまう。
力を込めて障壁を突破しようと試みるが、ビクともしない。このままではシエルが殺されてしまうとアリサは焦った。
「こんのぉぉぉおおおおッ!!!」
「吠えた所で私の守りは突破できん。そこで聖女が死ぬのを眺めていろ」
「ぬぅわりゃああああああッ!!!」
「む?」
ダリオスが雄叫びを上げながら突撃する。聖槌を大きく振り回すダリオスはガイアラクスへと渾身の一撃を叩き込んだ。
「ちッ!」
舌打ちをするガイアラクスは地面を踏みつけて氷の壁を自分とダリオスの間に作り上げる。それに対してダリオスは構うことなく聖槌を振るい、氷の壁を破壊した。
「火事場の馬鹿力というやつか? 鬱陶しい」
「砕け散れいッ!!!」
「言ったはずだ、すでにお前の力は見切ったと」
「なにッ!?」
魔斧槍を手放してガイアラクスはダリオスの聖槌を受け止める。そして、シエルの首目掛けて鋭い蹴りを放った。
シエルは後ろへ下がり避ける。だが、思った以上にガイアラクスの蹴りは速く顎に直撃してしまった。
「がッ……」
「シエル!!!」
「他人を心配している場合か?」
「きゃあああッ!!!」
シエルを蹴り飛ばしたガイアラクスは彼女の名前を叫ぶアリサに向かって灼熱の閃光を放った。閃光に飲まれたアリサが焼け焦げた匂いを漂わせながら吹き飛んでいく。
「アリサ、シエル!」
「どうして、お前達は自分の心配ではなく他者の心配をするのだ? それが命取りになるというのに。全く持って理解できんな」
「ぐわあああああああッ!」
聖槌を弾き飛ばし、ダリオスの懐へと侵入したガイアラクスは手刀で彼の体を切り刻んだ。夥しいほどの血を吹き出してダリオスが前のめりに倒れる。
「ここで息の根を止めておくか」
そう言ってガイアラクスは魔斧槍を拾い上げて倒れているダリオスに向かって振り下ろす。もはや、ここまでかと思われた時、大火傷を負っているアリサが魔斧槍を受け止めた。
「ほう? その傷で動けるか。大した女だ」
「ぐぅ……!」
「だが、その傷では辛いだろう。そこに倒れているダリオスと一緒に楽にしてやろう」
「ふざけんじゃないわよ……ッ!」
強がってみせるがガイアラクスの言う通りアリサは既に一杯一杯だ。これ以上は体が持たないだろう。今、立っているのは彼女のプライドゆえだ。手も足も出ずに負けるなど許されないとアリサは踏ん張るのだった。
「稲妻落としぃぃぃいいいいッ!!!」
回復したシエルが壁を蹴って跳躍し、ガイアラクスの脳天目掛けて踵落としを放つ。シエルの声を聞いたガイアラクスは上を向いて彼女の姿を捉えた。
身体を回転させ、その遠心力で破壊力を増した踵落としを放つシエルにガイアラクスは不敵に笑うと魔法を発動させた。
「うぐ、がはッ!?」
地面から突然生えた土の棘に横っ腹を刺されるシエルは血を吐きながらガイアラクスがいる場所から離れた所に落ちた。
何度か地面を跳ねてゴロゴロと転がったシエルは刺されたお腹を治癒しようと闘気を聖杖ルナリスに込める。しかし、それをガイアラクスが許さない。
「そうはさせん」
「あぐあぁッ!」
シエルの倒れている所へ向かって土の棘が走り、彼女を穿つ。何本もの土の棘に刺された上に再び宙に打ち上げられるシエル。
「それ以上させるかッ!!!」
「ぬ? 流石は勇者に選ばれたことはある。まさか、仲間がやられるのを見て力が増すとはな。しかし、弱い。あまりにも弱い」
「な、なによ……それ……」
ガイアラクスが手にしているのは双剣。先程まで持っていたのは
「ふむ。まあ、律儀に教えてやるのもどうかと思うが、この魔斧槍ヴァイスは使い手に合わせて様々な武器に姿形を変幻自在に変えることが出来るのだ。それに不壊である為、重宝している」
つまり、ガイアラクスは状況に応じて武器を変えることが出来るのだ。普通なら戦闘の最中に武器を変えるなど、よほどのことが無い限りしないのだがガイアラクスはどのような武器だろうと使いこなせる。それゆえに魔斧槍ヴァイスはガイアラクスにとって最高の武器と言えた。
「時間がかかってしまったが、トドメといこうか」
倒れているシエルに向かってガイアラクスは飛び掛かる。ここで時間をかけているとライが来てしまうかもしれないとガイアラクスはシエルを確実に殺しに向かった。
「あ……う……」
手放してしまった聖杖ルナリスを拾おうと地べたを這うシエルにガイアラクスが迫る。後少しで聖杖に手が届くという所でガイアラクスの無慈悲な一撃が放たれた。
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