第16話 寝苦しい夜に
宴が終わり、静まり返るエルフの里。
ライは来客用の空き家に案内され、クーロンと二人で寝ていた。
スカイは図体が大きいので広場の方で丸まって寝ている。
「寝れないな~」
『まあ、あのような事があったからな』
『エルフは好奇心旺盛と聞き及んでおりましたが、まさかあそこまでとは思いもしませんでしたね~』
「(断ってるのに何度もしつこく誘惑して来るって恐怖だったわ……)」
『男冥利に尽きるというものだろう?』
「(アリサとシエルの二人でけで十分です!)」
『確かにあのお二人以上なんていないでしょうね。容姿、性格、性欲の面でも』
「(最後のは別にいらなくね?)」
『あの二人を語る上では欠かせない重要な要素だろう?』
「(そうかもしれないけどさ……。他に言い方ってものがあるだろ?)」
『たとえば?』
「(…………ちょっと、好奇心旺盛とか?)」
『やはり、獣のような性欲がピッタリだな』
アリサとシエルの二人と散々致しているライだからこそ否定できなかった。ブラドの言う通り、二人に相応しい表現であろう。
「(くだらない事を考えてないで寝よ……)」
『眠れるのか?』
『完全に眠気が覚めてる様子ですが』
「(…………眠くなるまで散歩でもしてこようか)」
『こんな真夜中に抜け出すとあらぬ疑いをかけられるぞ?』
『大人しく瞑想するのが一番でしょう』
「(そうするか~)」
一応、エルフ達には新たな魔王として受け入れてもらっているが、このような真夜中にうろついていたら、ブラドの言う通り、あらぬ疑いをかけられるだろう。
別に盗みを働こうとは思っていないがエルフ達がどう思うかは別である。
ライに邪まな考えがなくてもエルフ達からすれば分からないのだから、怪しい動きをすれば疑われるのは間違いない。
それゆえにライは二人の言う事に従って眠くなるまで瞑想するのであった。
「(ん……?)」
『複数の魔力が近づいてきていますね。恐らくは……』
『夜這いか!?』
「(なんでブラドが興奮しているんだよ……)」
『いや、面白い事になってきたな、と』
「(全然、面白くないわ! むしろ、厄介でしかないし、安眠の妨げだわ!)」
『流石は森の中に生きるエルフ達ですね。気配の消し方と足音一つ立てない動きは見事としか言えません!』
「(褒めてる場合か!!!)」
宴の時にあれだけ念入りに断ったと言うのに、まさか夜這いを仕掛けられるとは思ってもいなかった。
ぐっすり眠っているとでも思ったのだろうか。
だとしても、甘く見過ぎである。
魔裸王と馬鹿にされたような二つ名を冠しているが先代魔王ガイアラクスを下した男だ。
エルフがどれだけ気配を殺し、息を潜め、寝首をかこうがライにとっては脅威にすらならない。
「(どうしよ?)」
『普通に起きて、注意すればいいだけだろう』
『クーロンさんが寝ていますので、起こさないように気をつけましょう』
「(はあ……。面倒だな~)」
近付いてくる二つの気配に溜息を吐きつつ、ライはのそりと起き上がり、クーロンを起こさないように動き出す。
エルフ達に用意してもらった空き家の扉を音を立てないようにゆっくりと開けて、外にいたエルフに目を向ける。
夜這いにやってきたエルフ達は、目標のライが自分から出てきた事に驚き、動揺して動けずにいた。
「え、あ?」
「な、なん!?」
「大きな声を出さないでください」
瞬時にエルフの背後を取り、口を塞ぐライ。
目を見開き、瞬きすらしていないのにライの動きを見切れなかったエルフは驚愕に震え、背筋が凍る思いだった。
もしも、ライに殺意があったなら二人は今頃この世にはいないだろう。
それを瞬時に理解したエルフはライが絶対的な強者である事をようやく実感した。
「宴の時に断りましたよね? 他のエルフ達にもしっかりと釘を刺しておいてください。妙な真似をしないように、と」
口を塞がれているエルフはコクコクと素早く首を振り、ライの言う事をしっかりと胸に刻んだ。
真夜中、しかもエルフの里には碌な明かりもなく、木々によって星の光も月の光もなく、暗闇に包まれているというのにライは正確にエルフの位置を割り出し、一瞬で背後を取れる実力を有しているのだから、エルフ達も忘れる事はないだろう。
絶対に怒らせてはいけない相手だという事を。
「これで静かに寝れるかな~」
『さあ? どうであろうか?』
『反省してくれればいいのですがね』
「好奇心旺盛だからな。懲りずにまたやって来るんじゃないか?」
『それはあり得るだろう。長命種ゆえの好奇心だ。人間との子作りを試してみたいと言う欲求は抑えきれないものなのだろう』
『普通は長く生きていると大抵の事には興味が薄れていくはずなのですがね~』
「ま、長生きだからこそ新しい事や刺激的な事は追及したくて仕方がないんだろ。俺にとってはいい迷惑だが……」
エルフ達にも困ったものだとライは大きく息を吐く。
出来る事ならば穏便に済ませたい。
何事も無く平和的に解決出来ないかと考える。
「どうしたもんかね」
『ここは魔界で二人の目もないのだから羽目を外してみてはどうだ?』
『浮気、不倫は駄目ですよ。いくらエルフ達が一夜限りの関係を望んでいたとしても二人を裏切る事に変わりはありません!』
「そんな事は分かってるよ。二人以外とそう言った事をする気は一切ない。そもそも俺は住んでた村が小さくてな。浮気した村人がどうなるか知ってるし……」
ライが住んでいた村は小さく、住民も少なかった。
その為、奥様方にとって格好のネタである浮気や不倫と言った噂はすぐに村人全員に伝わり、村八分にされてしまう。
居場所を失ってしまった男女は村を去り、別の村へ移住するのだが、近隣の村にも浮気の話は伝わっているので、どこへ行っても爪弾きにされてしまうのだ。
そんな恐ろしい事実をライは知っている為、浮気や不倫は絶対にしないと誓っている。
「それに……俺が浮気をしていると知ったら、あの二人はきっと俺を殺すだろうし」
『それはそうだな!』
『当然の報いですね!』
「だから、浮気や不倫なんて絶対にしないさ」
強靭な肉体を持ち、驚異的な再生能力を有しているがアリサとシエルの二人に袋叩きにされればミンチにされてしまうだろう。
不貞行為を働いて、ろくでもない未来が待っている事が容易に想像できるライは決して二人を裏切る事はない。
一日でも早く人間界に戻りたいと願うライであった。
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