第9話 契約
やがて、涙も枯れ果て声も発さなくなったライはゆっくりと立ち上がった。目を真っ赤に充血させてライは赤くなった鼻を啜りながら、フラフラと歩き出した。さっきまで泣いていたライがいきなり歩き出したので魔剣が心配そうに声を掛けた。
『主よ。どこに行くつもりだ?』
「……皆をこのままにしておけないだろ。墓を掘るために道具を取りに行くんだよ」
『マスター。大丈夫ですか?』
「大丈夫なわけないだろ……! でも、いつまでも蹲ってるわけにはいかない。早く皆を弔ってあげなきゃ……」
別に放っておいたらゾンビやグールになるとかではない。単純に鳥などに遺体を食われるからだ。家族をそのような目に合わせたくはないとライは近くに置いてあったスコップを手に取り、村から少し離れた場所に墓用の穴を掘っていく。
大した数はないが、それでも一人で土を掘るのは苦労する。それも村人全員分とくれば尚更だ。
一人一人の墓穴を掘っているライは枯れた筈の涙がじんわりと滲み出てきていた。
「う、うぅ……」
ザクッザクッと土を掘り返す中、ライの鼻を啜る音がやけに響いた。
ずっと墓穴を掘り進めていたライは眩しさを感じた。思わず手で光を遮って、光の指した方向を見つめると、そこには太陽が昇っていた。どうやら、ライは墓穴を掘るのに夢中で時間を忘れていたようだ。
「朝……」
朝日を眺めたライは後ろを振り返った。そこにはライが掘った墓穴がある。まだ数人分しかない。それを見たライは再び止めていた手を動かし始めて墓穴を掘っていく。無我夢中というより何かにとり憑かれたようにライはせっせと土を掘っていた。
それからどれだけの間、ライは墓穴を掘っていたのだろうか。頬はこけ、目には真っ黒なクマが出来ており、手は血豆が潰れたせいで赤黒く染まっている。まるで囚人のようになっていた。
『主! もう休むんだ! これ以上は命に関わるぞ!』
『そうです! 既に体力は限界を迎えています! これ以上は本当に危険です!』
「うるさい、黙れ……」
眼光が鋭くなり怒りを露わにするライだが、その視線の先は土である。魔剣と聖剣はライの身体の中にあるのだ。
それからもライは二人の忠告を無視して穴を掘り続けた。途中、何度も意識を失って倒れたりしながらもライは穴を掘った。
◇◇◇◇
そして、ついに村人全員分の穴を掘り終えた。ライは何度目になるか分からない朝日を迎えて満足そうに頷いた。
「よし。次は棺桶だ」
『主よ、少し寝たらどうだ?』
「何度か寝たから大丈夫だ」
『気絶と睡眠は違いますよ』
「ほとんど一緒だろ」
そう言ってライはまたフラフラとした足取りで村の方へ向かい、木材を手にして棺桶を作り始めた。人が一人入る簡単な棺桶を村人全員分作る。単純な作業だが、一人でやるには辛い。しかし、他に手伝う人間はいないのだ。文句は言ってられない。
それに何かしていないと落ち着かないのだ。ライはこの胸にぽっかりと空いた穴を塞ぐように作業に没頭した。
棺桶を作るのには、そう時間は掛からなかった。長方形に箱を作るだけでいいので、楽だったのだ。無駄に装飾とかもつけなくていいので早く終わった。棺桶を作り終えたライは、布を掛けてある村人の遺体を一人一人棺桶に入れていく。
そして、最後に残ったのは両親だった。布を剥ぎ取り両親を運んで、棺桶に入れていく。もっと沢山話したかった、もっと沢山教えて欲しかった。いつか結婚して孫を見せてあげたかったと後悔ばかりが募っていく。最後に棺桶の蓋を閉める時、ライは悲痛な表情を浮かべた。
「今までありがとう……」
また涙が溢れた。ライの頬を涙が濡らす。
別れの言葉を告げたライは一人一人丁寧に土へ埋めていく。そうして、村人全員の埋葬を終えると手を合わせて冥福を祈った。
「彼ら彼女らに安らかな眠りを願う……」
もう涙は出なかった。本当に枯れ果てたのか、それとも自分の心が変わってしまったのか。どちらかは分からないがライはゆっくりと自分の家へ帰っていく。
「ただいま」
返事はない。誰もいないのだから、当然だ。もうライしか残っていない。両親だけでなく村人全員が死んだのだ。一人寂しくライは残っていた食料をかき込んで横になった。
ふと目が覚めたライは水を飲みに台所へ向かう。水の入った桶を覗き込み、水面に映った自分の顔を見て自嘲する。
「ふっ、酷い顔だ……」
髪はボサボサで無精髭が目立ち、しばらく飲まず食わずだったせいで痩せこけた酷い顔をしていた。
『主よ。ようやく話せそうだな』
「……何か用か?」
『はい。マスターに大事なお話があります』
「大事な話?」
怪訝そうな顔を見せるライに魔剣と聖剣は話を続けた。
『まずは主に仮契約の話をせねばならない』
「仮契約? なんだ、それ?」
『仮契約とは文字通りの仮の契約です。マスターが死に瀕している所へ私達が強引に契約を結んだのですが、それはあくまでも仮なのです。本来は両者の合意を以って契約をするのです』
「それで? 俺にどうしろと?」
『選んで欲しい。我らと契約を結ぶか。それとも破棄するか』
「破棄した場合はどうなるんだ?」
『私達は貴方の身体から出て行き、元の場所へ帰るだけです。マスターは特に問題はありません』
「俺はってそっちはあるのか?」
『まあ、使い手が現れなければ我等は以前と同じように悠久の時を過ごすだけだ』
「……それでいいのか?」
『構いませんよ。私達は剣です。ただの戦う道具。出来る事ならば使われない方が世の為ですから』
それから、しばらくライは考える。二人を手放すか、二人と契約するかを。しばらく考えたライは一つの答えを見つけた。
「俺は復讐したい。あの魔族に。いや、それだけじゃない。魔王を殺す。あの魔族は任務で来たって言ってたよな。つまり、命令した奴がいる。多分、魔王だろう。父さんと母さんを殺した奴らを殺したい。許せるものか! 許してやるものか! だから、協力してくれ。俺に力を貸してほしい!」
『それが主の望みとあれば』
『私達は貴方の剣となりましょう』
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