第121話 最善最高

 アリサとシエルのじゃれ合いも終わり、三人は一番大きな天幕に移動していた。

 これから、作戦会議を行うのだが、何故か服装が乱れており、髪がボサボサになっているアリサとシエルに視線がどうしても集まってしまう。


「アリサ、シエル。それは一体何があったのだ?」

「……ちょっと、軽い準備運動を」

「はい。筋肉を解してました」

「…………そうか」


 これ以上は聞かないでおこうとダリオスは二人から視線を戻して机の上に広げられている地図へ視線を移す。


「さて、作戦会議を始めるのだが既に話した通り、アルとヴィクトリアの二人に道を切り開いてもらい、俺、ライ、アリサ、シエルの四人で魔王城へ突入する。クロイスは全体のフォローを頼む」

「任せてください!」

「ダリオス様達には指一本触れさせはしませんよ!」

「あいあい。後方からちくちく弓矢で打ってますんで、手早くお願いしますね」

「ああ。恐らく、これが最後の機会チャンスだろう。必ず、勝つぞ」

「おおー!!!」


 気合の入った勇者達だったが、そこへ兵士が慌てて入ってくる。一体何とかと全員が兵士へ顔を向けると、彼は息を切らしたまま告げた。


「ハア……ハア……! ご報告します! 魔王軍の大群がこちらへ向かって進行中です!」

「なんだと!? 今朝まで動きはなかったはずだ!」

「原因は分かりません! しかし、現在万を超える大群がこちらへ向かっています!」

「馬鹿な……! 全員、装備を整えよ! 出るぞ!」

「はい!」


 何の前触れもなく魔王軍の大群が進行を始めたことにより、勇者達は急いで装備を整える。

 ライはあまり気乗りしないが鎧を身に着けて天幕の外へ出て行く。その横にアリサとシエルがついて行く。


 勇者達は陣地に設置されている高見台へ向かい、戦場を眺める。そこには兵士の言っていた通り、万を超える大群がこちらへ向かって動いていた。


「あれは……死霊アンデッドか!」

「でしょうね。じゃないと、あの数はあり得ませんよ」


 ギリッと奥歯を噛み締めているダリオスにクロイスが頬を引きつらせながら答えた。


「死霊なら私の炎で一掃できるけど?」

「いや、アリサには出来るだけ消耗を抑えてほしい。ここは……兵士達を――」

「ダリオスさん。俺に行かせてもらえませんか?」


 兵士達をぶつけようとしたダリオスにライが進言する。自分が出撃すると。


「それはダメだ。お前はこちらの切り札だ。無闇に戦わせるようなことはさせたくない」

「俺の能力は教えたはずです。問題ありません」

「確かにそうだが……」

「一番効率がいいと思いますが」

「…………」


 葛藤するダリオス。ライの言う通り、彼一人に特攻させるのが最も効率がいいのは確かだ。しかし、だからと言ってライ一人にあの万を超える死霊軍団を相手にさせるのは、あまりにも酷であると考えている。

 とはいえ、このまま悩んで時間を潰すようなことはしたくない。


「ダリオスさん。悩む必要はありません。俺が行けばなんとかします」

「……すまない。不甲斐ない大人で……」

「そんなことありませんよ。では、行ってきます」


 ライはダリオスに頭を下げると、一人出撃の準備を始める。相棒のシュナイダーと共に戦場へ向かうために。


 シュナイダーも最終決戦仕様になっており、鎧を纏っていた。しかも、ライのと違って本物である。そこらにいる魔族なら簡単に蹴散らすことが出来るような鎧だ。それを羨ましく思うライはシュナイダーを睨むのであった。


「いいよな、お前は。こんなカッコいい装備貰ってさ。俺なんてハリボテだぜ?」


 ビシッと尻尾で叩かれてしまうライは慌ててしまう。戦う前に鎧が壊れてしまったらどうするのかと。


「おい! 壊れたらどうするんだよ! わかってるよ。俺の戦い方じゃ生半可な鎧じゃ意味ないってことくらい。でもさ、夢くらい見てもいいじゃん」


 それはそうかもしれないが、だからと言ってシュナイダーを恨むのは筋違いであろう。


「はあ……。ま、いいか。それじゃ、最後の戦いだ。よろしく、頼むな!」


「ヒヒン」とやる気に満ち溢れたように鳴くシュナイダーをライは撫でると背中に飛び乗ろうとした。

 すると、そこへアルとミク、それからアリサとシエルの四人がやってくる。これから一人で突撃するライに激励の言葉を掛けに来たのだ。


「ライ! 本当なら止めるのが俺の役目なんだろうけど……。頑張れ。お前なら勝てる!」

「ああ、ありがとう! 必ず勝ってくるさ!」

「ライ。気を付けてね」

「わかってる。そっちこそ油断しないようにしとけよ。どこから敵が来る分からないからな」


 幼馴染の二人が後ろへ下がり、アリサとシエルがライの前に立つ。二人はライを見詰めて、兜を脱ぐように言った。


「えっと、これでいいか」

「それでいいわ」


 そう言ってアリサが近づくと彼女はライの顔を両手で挟むと強引に唇を奪った。大胆な行動に後ろで見ていたアルとミクの方が顔を赤くしている。

 たっぷり堪能したアリサが唇を離すと、二人の口と口に光る粘液の橋が出来上がっていた。


「ライ。信じてるわ」

「ああ。見ててくれ」


 そして、アリサがライから離れるとシエルが入れ替わるようにライの前に立つ。やる事はアリサと一緒だ。シエルもライと熱い口づけをする。それこそ、アリサに負けないくらい。

 流石に長すぎではないだろうかと後ろで見ていた二人が思っていると、シエルは名残惜しそうに唇を離した。


「ライさん。待ってますから」

「うん。必ず、戻る」


 恋人二人から熱い思いを受け取り、ライはシュナイダーの背中に飛び乗った。兜を装着してライはシュナイダーの手綱を取る。そして、そのまま振り返ることなく、真っすぐに戦場へ飛び出した。


『壮観な光景だな』

『ええ。滾りますね』

「ああ、そうだな」


 ライの前に広がる光景は地平線を埋め尽くす死霊の大群。万を超えているとは言ったが、恐らくもっと多いだろう。

 だが、それがなんだと言うのか。最早、死霊の大群などライには格好の餌でしかない。ただの魔力の供給源だ。ならば、恐れることはない。むしろ、高揚している。


 アレらを全部倒したら一体どれだけの魔力が自分に流れ込んでくるのだろうかと。


 兜の中で獰猛に笑うライは聖剣と魔剣を両手に召還してシュナイダーと共に戦場を駆け抜ける一陣の風となった。

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