第42話 最低最悪の最適解

 カーミラは壁を破った先にいるライへ手の平を向けた。すると、そこから氷柱が現れてライ目掛けて発射される。高速で飛来する氷柱にライは横へ転がって避けた。が、すぐに第二射、第三射が放たれる。

 次々に飛んでくる氷柱にライは避けるので精いっぱいだ。カーミラに近づくとすらできない。ライはまんまとカーミラの術中に嵌ってしまった。


「(くそ! これじゃ近づけない!)」

『障壁を使いますか? 今はカーミラから奪った魔力が大量にあるので障壁も複数展開が可能ですよ』

「(いいや、それだと結局防戦一方だ。どうにかして近づかないと……)」

『だが、近づいても力の差がありすぎるぞ』

「(ぐ……。確かにそうだ。でも、じゃあ、どうすればいいんだ?)」


 考えても意味がない。ライが自覚している通り、彼とカーミラの実力差は天と地よりも離れている。いくらライが頑張ったところで今は勝てない。


 しかし、ここでライは最低最悪な方法を思いついた。今、魔力は大量にある。それはつまり致命傷を負っても再生することが出来るということだ。ならば、やるべきことは決まった。


 文字通り己の命を賭ければいい。


 そうすればこの刃が届く。


 覚悟を決めたライは魔剣と聖剣を握り締めてカーミラに向かって一直線に駆け出した。


「(ブラド、エル! 身体強化は腕と脚だけでいい! エル、首と頭に攻撃が来た時だけ障壁を張って防いでくれ! ブラド、脚か腕が吹き飛んだ時だけ再生してくれ!)」

『な、何をする気だ、主! まさか、真正面から突っ込む気か!?』

『やめてください、マスター! 自殺行為です!』

「(俺は弱い! だから、死に物狂いなんかじゃダメだ! 決死の覚悟をしても意味なんてない! 俺が差し出せるものなんて一つしかない! 俺の命だけだ! それしか俺には無いんだ! だから、頼む、二人とも! 俺に力を貸してくれ!)」


 本気だった。ライは命を投げ出して特攻を仕掛けるつもりだ。エルレシオンの言う通り自殺行為でしかないが、ブラドの再生能力がそれを可能とする。だからこそ、凡人なりにライは考えたのだ。自分は特別でもなければ何でもないのだから、差し出せることが出来るのは己の命だけだと。


 二人は知っている。ライがどれだけ苦悩しているかを。だからこそ、その選択を尊重するべきだと考えていた、だが、このような蛮勇を果たして認めてもいいのかと葛藤した。


『……承知した。主の命に従おう』

『……わかりました。私もマスターの決断に従います』

「(ありがとう、二人とも)」


 最終的に二人が出した答えはライに従う事だった。苦渋の決断だった。本当ならば拒否したかったがライの思いを知っている二人は彼の意を汲むことにしたのだ。それが最善であると信じて。


 ライはすーっと息を吸い込み、カーミラに目標を定めてさらに加速する。最短距離を真っすぐに突き進むライ。


「頭でも打ったか! 正面から突っ込んでくるとは殺してくださいと言っているようなものじゃ!」


 真っすぐに自分の方へ向かって駆けてくるライにカーミラは大量の氷柱を放った。いくら身体強化を施していようとも到底避けることは出来ない量の氷柱がライに襲い掛かる。

 真っすぐ走るライは避ける素振りを一切見せずに突っ込んだ。予想もしていなかった光景にカーミラは目を見開いた。


「バ、バカかッ!? 本当に頭でも打ったか!」


 叫ぶカーミラはさらに驚かされることになる。首から上以外は守っていないのだ。ライは首から下に当たる氷柱は無視して突進する。その姿にカーミラも目を丸くして慄いた。氷柱が腹を突き破り背中を突き抜けているというのライは一切速度を緩めないのだ。その他にも肩や太ももに氷柱が刺さろうと足を止めようとしない。


「なッ!? まさか、お主……ッ! 狂っておる。狂っておるぞ!」

「がああああああああああああッ!!!」

「ヒッ……!」


 初めて人間に対してカーミラは恐怖を覚えた。手を足を千切ろうとも立ち向かってくる人間は確かに過去にもいた。だがしかし、死を恐れずに突っ込んでくる者はいなかった。普通ではない。狂っている、完全に。それがどうしようもなくカーミラの心をかき乱した。


「く、来るなああああああッ!」


 氷柱を放っていたカーミラは半狂乱になりながら特大の炎を作り上げて、それをライに向かって撃った。

 炎はライを包み込み、彼を完全に消し去った。かに思われたが、ライは大火傷を負いながらも炎の中から飛び出して来た。その表情はまるで鬼を彷彿させるかのように歪んでいる。


「そ、そんなッ!?」

「取った! 死ね、カーミラ!!!」

「ぐぅあああああああッ!」


 ライの剣がクロスする。カーミラの胸を切り裂いた。血を吹き出すカーミラは後退り、斬られた箇所を手で押さえた。


「ぐぅ……! また妾の魔力を! 許さぬ、許さぬぞ、小僧! いや、ライ! お前の顔は覚えた! しかと覚えたぞ!」


 捨て台詞を吐いてカーミラは逃げ出そうとした。しかし、それを許さないライはカーミラを追いかけるが、彼女は氷の壁を作り進路を塞いだ。ライが氷の壁を壊した時、カーミラは洋館の天井を壊して空へ逃げていた。


「次に会った時、お前を殺す! この借りは必ず返すぞ、ライ!」

「次はない! 今ここで死ねッ!!!」


 翼を生やして空に浮かんでいるカーミラに向かってライは跳躍する。届くことはないとカーミラはたかをくくっていたが、ライは障壁を空中に展開してさらに跳躍した。


「なにッ!?」

「ここがお前の墓場だ! 死ね、カーミラアアアアアアアッ!!!」


 カーミラの上を取ったライが彼女に向かって剣を振り下ろした。油断していたカーミラは咄嗟に氷の盾を作って剣を防ごうとしたが間に合わないと判断し、後ろへ退いたが顔を斬られてしまう。


「ぐぎゃあああああああッ!」


 片目を失ったカーミラが苦痛の悲鳴を上げる。すかさずライは止めの一撃を放とうとカーミラへ距離を詰めるが、彼女は何百匹もの蝙蝠に姿を変えて逃げ出した。何匹かの蝙蝠をライは切り裂いたが、カーミラの声は聞こえなかった。


「絶対にお前だけは殺す! ライ! お前には死すら生温い! 妾の手で必ずや殺してやるぞ!」

「逃げるな、臆病者! 戦え! それでも魔王軍四天王か!」


 見え透いた挑発だが今のカーミラにとっては耐え難いものだった。しかし、思わぬ深手を負った上に魔剣の能力で魔力をかなり奪われている状況では戦うべきではないと、その場を逃げ出した。


「覚えておれ……! 必ず殺してやるぞ、ライ!」


 ギリギリと歯を食いしばり怒りを剝き出しにしたカーミラは北へ向かって飛んでいく。


 残されたライは悔しそうに奥歯を噛んだが、逃げられてしまった以上どうすることもできないと洋館に戻った。

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