第97話 定番なイベントは伝統である

 ライはついに帝都へとやってきた。復讐を誓い、アルバ村から飛び出して長い旅路を経て、帝都へと辿り着いたのだ。思えば長く険しい道のりであった。

 初めの頃は魔剣と聖剣を持っていようとも何の取り得もないライは苦難の連続であった。何度も死に掛けたし、何度も挫けそうになることもあった。


 しかし、それらを乗り越えてようやく帝都にまでやってきたのだ。感慨深いものがある。思わず涙が溢れ出てしまいそうになるが、まだ終わったわけではないとライは気を引き締める。


 そう。ここが中間地点だ。終着点はまだ遠い。


「凄いでしょ?」


 シュナイダーの背中に乗って感慨深そうに帝都の街並みを見詰めていたライにアリサが馬車から話しかける。ライはアリサの言葉を受け取って首を縦に振った。彼女の言う通り、凄いとしか言いようがないのだ。帝都の街並みは。


 今まで何度も同じような感想を述べてきたが、今回は今までの比ではない。正真正銘、桁が違うのだ。これまで見てきた街並みと。


「うん。本当にすごい」

「ふふ、まあ、ここは世界の中心というわけじゃないけれど、世界最大の都市なの。だから、ライがこれまで見てきた街はここに比べたら霞んでも仕方がないわ」

「なるほど。それは確かに思ったよ。人もそうだけど建物の数も大きさも桁違いだ。それに街の中にまだ城壁があるのも見たことがない」


 帝都は大きく三つの区分に分けられている。今、ライがいるのは一般人でも入れる歓楽街や商店街が立ち並ぶ商業地区だ。その一つ向こう側に居住区がある。

 そして、最奥には貴族や豪商といった富裕層の居住区に分けられている。


「これだけ広いと迷子になるだろうな~」

『こんなところで迷子になったら死ぬぞ』

『マスター。シエルかアリサと必ず一緒に行動しましょうね』


 聖都での悲劇を二度も繰り返してはならないと二人は戒めのように思っている。別に死にかけたわけでもないのだが、やはり迷子になって途方に暮れていたあの時は心に来るものがあったのだろう。


「(いや、まあ、それくらい分かってるよ)」


 ライ自身も前回のように迷子になりたくないと思っていた。だから、素直に言う事を聞いてライは街に行く機会があればシエルかアリサのどちらかに頼もうかと考えるのであった。それがどのような争いを生むかは、また別の話。


「まあ、残念だけど私達はあのでかでかと見えてる城に行くから。きちっとしなさいよ~? もし皇帝陛下に無礼を働いたら、その首切り落とされるんだから」

「ひえッ……!」


 悪戯娘のような笑みを浮かべてライを脅かすアリサは彼の悲鳴を聞いて悪戯が成功したかのようにニヤニヤと笑っている。それを聞いていたシエルが好感度を稼ごうとしたのかライにそのようなことはないと教えた。


「ライさん。アリサが言ってることは嘘ですから、気にしないでいいですよ。皇帝陛下は確かに礼儀を重んじますが、村人であるライさんにそこまで求めることはありません」

「あ、そうなんだ。よかった」


 シエルの話を聞いてライはホッと胸を撫で下ろす。正直村人であるライは皇帝と対面した場合どういった風にすればいいか分かっておらず、不安だったのだ。そこにアリサの脅しがあって会うのをやめようかと考えたが、シエルの助言で考えを改めた。


「ちょっと、シエル! 何簡単に教えてんのよ!」

「別にこれくらい、いいじゃないですか! 不安がるライさんを虐めて何がしたいんです、アリサは!?」

「面白いからよ! あとで嘘だってネタバラシする予定だったのに!」

「少なくともライさんは今さっきの本気にしていましたよ! どうするんですか! ライさんが皇帝陛下に会わずに逃げ出したら!」

「その時は私が捕まえるわよ!」

「今のライさんを捕まえられるんですか?」

「捕まえられるわよ! 多分……」


 実際、ライが本気を出して逃げ出したら流石のアリサでも捕獲は難しい。今のライは障壁を足場にして空中移動が可能なので普通に追いかけても捕まえることは出来ないだろう。逃げ出す瞬間に飛びつきでもしない限りはライの逃走を阻むことは出来ない。


 騒がしくなる二人を放置してライ達一行は城を目指して進んでいくのであった。


 ◇◇◇◇


「お前が白黒の勇者だって~? ダリオス様が認めていようともアタシはお前を勇者なんて認めねえ! 剣を抜け。そして、アタシに証明してみろ! お前が勇者足りうる強者だってな!」


 城についた途端、絡んできたのは褐色銀髪の美女。露出が多い服で美しい腹筋が晒されている。

 ライはいきなり絡んできた褐色銀髪の美女に戸惑っており、助けを求めるようにアリサ達へ顔を向けるが、何故かアリサとシエルは一発ぶちかましてやれと言わんばかりに応援していた。


「やっちゃいなさい、ライ!」

「鼻っ柱をへし折ってください、ライさん!」


 勇者と聖女であるとは思えないような発言だ。なによりもシエルが具体的過ぎて酷い。どんどん逞しくなっているシエルに誰もが嘆くだろう。彼女が本当に聖女なのだろうかと。残念ながら彼女こそ聖女だ。ただし、最近は脳内お花畑で暴力こそこの世の真理だと考え始めているが。


 味方のはずが味方ではないことにライは悲しくて泣きそうになる。どうして、このような事になったのだろうか。

 城に着いて皇帝陛下に謁見するはずだったのに、何故か道中にいた銀髪褐色の美女。ただならぬ雰囲気をしていたが、まさか喧嘩を吹っ掛けられるとは予想もしていなかった。


 もう断ることも出来ないライは渋々ながらも了承して稽古場へと向かうのであった。


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