第126話 怒りボルテージマックス

 死霊の群れの中を突っ切ってアリサはシエルとダリオスの二人と合流した。


「アンタばっかりにいい格好かっこさせないわよ!」

「ふふ~ん! 私がライさんを助けていっぱい褒めてもらうんです~」

「アンタってばホント……。まあいいわ! ライの元まで行くわよ!」

「当然です!!!」


 シエルの物言いに呆れるアリサだが、それでこそシエルだと笑って聖剣イグニスレイドを死霊の群れに向かって構える。その背中に並ぶようにシエルが拳を構えた。


 最強無敵のコンビといってもいい二人が暴れ出す。ライが封印されている場所へ向かって二人は突き進む。その後ろをついていくダリオスは手持無沙汰であるが、彼には地中に封印されてしまったライを解放するという重要な役目を持っているので、ここで無駄に体力を消費するわけにはいかないのだ。


 一方で勇者の中で飛びぬけた実力の三人が合流したことにスカーネルは苛立ちに顔を歪ませていた。


「ぐぎ……ッ! こうなったら、他の勇者に向けていた死霊を全てあの三人に向ける! 行け、我が下僕しもべよ!」


 ライを解放されるのだけはどうしても阻止したいスカーネルはなりふり構わず三人に死霊の群れをぶつける。

 しかし、三人はというよりアリサとシエルの二人にはまるで意味がない。彼女達は聖剣の炎で死霊を焼き尽くし、聖なる光で死霊を浄化していく。もはや、二人を止める手立ては存在しない。


「このような事があっていいものか……!」


 受け入れがたい現実にスカーネルは頭を掻き毟る。ガリガリと頭を掻き毟るスカーネルはどうにかして三人の進軍を止めようと必死に策を練るが、何も思い浮かばない。

 ライの様に明確な弱点があればいいのだが、あの三人にはそのようなものが存在しない。

 いや、弱点はあるのだろうが、残念なことにスカーネルはそれを知らない。情報収集は怠っていなかったが、今回ばかりは運が悪かったと言えよう。


「己ェ……!」


 こうなれば死霊を引っ込めて自身が前線へ出るしかないとスカーネルは動き出そうとした時、地響きと共に地の底から悍ましく身震いするような声が戦場に轟いた。


「オオオオオオオオオオオッ……!」

「なんだ、この声は!?」


 驚いたのはスカーネルだけではない。戦場にいたすべての者達がその声に驚いて固まっていた。


「この声……ライか!」


 いの一番に気が付いたのは最も付き合いが長く幼少の頃からライと遊んでいたアルであった。彼は死霊を聖槍ライトニングで薙ぎ払いながら笑っていた。


「ハハハッ! そう簡単にお前がやられるわけないもんな!」


 その通りだった。彼の言葉通り、ライは封印こそされていたが死んではいなかったのだ。

 彼は氷の牢獄に囚われた後も生きていたのだ。そして、封印されたことを利用して精神世界で修業に励んでいた。


 そのおかげでさらに限界を突破した。周囲から微量ではあるが闘気と魔力を吸収することが可能になり、自身を拘束していた鎖と氷の牢獄を破壊して地上へと舞い戻ってくる。


「スカーネルゥゥウウウウウウウッッッ!!!」


 地の底に封印されていたライは地面の中から飛び出してくる。その表情は兜によって隠されているが、間違いなく鬼神の如く顔を憤怒の一色に染めているだろう。


「バ、バカな!? アレを破ったというのか!!!」

「お前もヴィクターも殺す! 何が何でも殺してやる! 俺の両親を奪っただけでなく、その死まで利用したお前達は決して許しはしない!!! 覚悟しろ、スカーネルッ!」


 地上へと飛び出したライは剣先をスカーネルに向けて怒号を放った。そして、周囲の死霊を一掃すると姿勢を低くして地を駆ける。大地を抉りながら矢の如く駆けるライを見てスカーネルは躊躇うことなく死霊を全て爆破させた。


「これで!」

「その程度で俺がどうにかなると思ったか!!!」

「だったら、これでどうだ!」


 爆炎の中からライが飛びだしたところへ、スカーネルはライの両親とアルバ村の村人達を召喚した。これでライは止まるはずだと予測していたスカーネルだったがそれは悪手であった。

 再び対面した両親と故郷の人達を見たライは奥歯が砕けんばかりに歯を食いしばり、激昂の末に咆哮した。


「どこまでお前は俺を怒らせれば気が済むんだ!!!」


 両親をスカーネルの呪縛から解放することを決めたライは二人に向かって剣を向けるが、やはり脳裏にチラつくのは二人の顔。

 一体、どれだけ二人に助けられて来たか。どれだけ支えてもらったか。どれほどの愛情を注いでもらったか。そのすべてを理解しているライはどうしても二人を斬ることが出来ない。

 それでも二人を思うなら斬らねばならない。ライは覚悟を決めて二人に剣を振り下ろそうとした時、アリサとシエルが割り込んできた。


「ダメよ。いくら死霊とは言え貴方に両親を殺させないわ」

「ここは私達に任せてください。お義父さんとお義母さんは私達が救います」

「アリサ、シエル……。二人とも、ありがとう。父さんと母さんをよろしく」

「ええ!」

「はい!」


 二人を斬らなくて良かったと安堵する一方でアリサとシエルの二人に両親を任せてしまう事に罪悪感を抱いたライだが感謝するしかなかった。これで二人を手にかけず済んだのだから。

 もし違った未来があれば二人を両親に紹介したかったとライは涙を流しそうになりつつも、泣くのは全てが終わった後だと気持ちを切り替えて地を蹴って先へ進んだ。


「胸糞悪いわね。ライが簡単に捕まったわけが、まさが両親を利用されていたなんて」

「許せません。絶対に」

「本当よ。一体どれだけライが悲しんで怒ったか。それを想像するだけで腸煮えくり返るわ」

「私、ここまで怒ったのは初めてです。魔王軍は絶対に許せません。よくもライさんを苦しめてくれましたね。どれだけ惨い仕打ちか。その身に教えてやります」


 ライの過去を聞いていた二人はメラメラと怒りに燃えていた。もはや、慈悲など与えぬ。魔王軍の一切合切を塵芥にしてくれると決めた瞬間であった。


「お義父様、お義母様。本来であればもっと別の形でお会いしたかったですが、お許しを。ライは必ず私達が幸せにしますので、どうか天国から見守ってください」

「お義父さん、お義母さん。私もアリサと同じです。絶対にライさんを幸せにしてみせます。ですから、どうか祝福を。私達の未来が光に満ち溢れていることをお祈りください」


 死霊ではあるがライの両親に違いない二人へアリサとシエルは誓いの言葉を述べる。

 そして、二人をスカーネルの呪縛から解放するためにシエルが聖杖ルナリスを掲げて慈悲深く優しい聖なる光によって二人を浄化する。キラキラと二人が消えていく。アリサとシエルがその光景を見ていた時、微かに声が聞こえた。


「息子をよろしく頼みます」


 とても優しく、とても温かい声色をした二人の声が確かにアリサとシエルの耳に届いた。その声を聞いた二人は一筋の涙を流しながら頭を下げる。


「はい!!!」


 重なる二人の声にライの両親は満足そうに消えていった。幻聴だったかもしれないが、確かに二人はライの両親から託された。大切な愛息子をよろしくと、ならばその期待おもいに答えるのが妻となる二人の役目だろう。

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